もしも恋に落ちた二人が雨の日に電話したら…………
「もしもし?」
「なぁに?」
彼からの久し振りの電話に、受話器を持つ手に力が入る。
時は六月外は雨、中は湿気で昨日干した洗濯物は乾く気配が一向に見えない。私は受話器のコードをクルクルと指で弄りながら、落ち着き無く布団の上に座り込んだ。受話器の向こう側からも雨の音が聞こえており、向こうも同じように湿気っぽそうだ。
「もしも、もしもだよ? もしも高身長高収入高学歴の人に洒落た車でデートに誘われたら……どう思う?」
「顔による」
不意に訪れる沈黙。急にそんな事聞かれても困るわ……。
高校生に言われたら「十年早いわよ!」って言うだろうし、オッサンだったら通報するか股間を蹴っておこうかしら?
「もしも、もしもだよ? クリスマスケーキの中に指輪が入っていたら……どう思う?」
「ダイヤは油に馴染みやすいのよ? そんな事したら大変な事になるわ。間違って飲み込んだらどうするのつもり?」
受話器の向こう側から静かな雨の音だけが聞こえてくる。
「もしも、もしもだよ? もしも石油王が―――」
「さっきから何を言いたいの?」
私は彼の言葉を遮るように強めの口調で話した。
受話器の向こう側からは更に強い雨の音が聞こえてくる。
「俺さ……友達も居ないし、会社の人はジジババばっかだし、相談できる人が……いなくてさ…………」
急に歯切れが悪くなり、何やら神妙な空気が受話器の向こうから流れ込んでくる。軽く鬱陶しい……。
「やっぱり本人に聞くのが一番かなって…………」
「何をかしら?」
受話器を肩で押さえ込み、私はテーブルの上の台拭きで手を拭いた。生臭い臭いが手に着いたが汗は拭えた。受話器を左手に持ち替えると生暖かい受話器が私をうんざりとさせる。
「どんな告白のされ方が好きなのかなって…………」
「あー…………」
私は言葉に詰まってしまった。
さて、どこから直してやろう……。
「―――あのね」
「あ、ああ……」
今度は私の部屋に流れる冷たく重い空気が受話器の向こうへと流れ込んでゆく。
「そういうのは、間違っても聞いちゃダメなの。誕生日プレゼントとは訳が違うのよ? 『世界一周旅行が当たりましたけど、どうやってお知らせしたら嬉しいですか?』って言われたら、何だかガッカリしない?」
「…………」
「特別と格別を同じにしちゃダメ。そこまで深い仲じゃない人を落とし込むなら格別なプレゼントで一気に責めるのも良いわよ? でもね、愛し合う二人にはそんなのは要らないわ。特別な日になれば良いのよ。そこにお金は要らないわ」
「………………」
「トラックの前に飛び出さなくても、ウエディングドレスで観覧車に乗らなくてもいいわ。間違っても木馬に乗ったり髪の毛舐めちゃダメよ? ナットの指輪はノーセンキューよ」
「……………………」
「さっきから何か書く音が聞こえてくるけれど、何をメモしてるのかしら?」
「だ、大丈夫だよ……」
これはダメね。
まあ良いわ。最悪、パロスペシャルかキャメルクラッチで四角いジャングルを真っ赤に染めてやるわ。
「じゃ、そろそろ水戸黄門始まるから切るわよ」
「お、おう……」
受話器を置いた私は、生乾きの洗濯物にうんざりしながら、テレビのリモコンに手を掛けた―――。
「それで!? じーちゃんはどうやってばーちゃんにプロポーズしたの!?」
7歳の孫が目をキラキラさせながら私の顔を覗き込む。
「聞きたい?」
「うん!」
「あのね、カップケーキの中に玩具の指輪を入れて、薔薇を咥えながら白いスーツで花束を持ってきたのよ。『歳の数だけ包みました』とか言って薔薇の花束を手渡したけれど、よく数えたら3つ多かったのよ? 殺してやろうと思ったわ!」
「何も学んでないね♪」
私は懐かしむ様に遠くを見つめ、あの日のように洗濯物を眺めた。
「それで、どうしてばーちゃんはそんな酷いプロポーズを受けたの?」
「……その場でボコボコに殴ったら、何だかスッキリしちゃってね。ポケットから出て来た本物の指輪が可愛らしかったから、そのまま役所へ行ったわ。役所の人はビックリしてたけどね!」
ははは。と軽く笑い飛ばす隣で孫が渋い顔をしていた。
「後悔しなかったの?」
「したわ。でもね、あの人は三日に一度……夜だけは優しかったのよ? ふふ、分かるかしら?」
首を傾げる孫を余所目に私はお茶をすすりながら水戸黄門の再放送に意識を戻した。夜七が爆発で重傷を負うシーンだ。
「おーい、ばぁさん!」
「ほれ、噂をすれば……」
ゲートボールの練習から戻ったじーさんが、テコテコと覚束ない足取りで居間へと上がってくる。
「聞いとくれ! 今日、トメ吉さんからナウなヤングにバカウケなホットなニュースを聞いたぞい!?」
「はいはい」
私は夜七の安否が気になりそれどころではない。
「今、若者の間で『壁ドン』なる物が流行っているそうじゃ!」
「はいはい」
「え!? 私聞いたことあるよ! じーちゃんやってみせてよ!」
孫が興味を示したことでじーさんのやる気が漲ってしまった様だ。
「よしよし、見とれよ~…………はっ!」
―――ボロン!!
じーさんが手を着いた先の壁に掌サイズの穴が空き、じーさんは悲しそうな顔でこっちを見た。
「家もじーさんも古いんだ。無理はするな」
「…………ひゃい」
穴の空いた場所にカレンダーを移すじーさん。一週間もすれば忘れるだろう……。
「ねぇ……じーちゃんはどうしてばーちゃんと結婚したの?」
おっと、孫よ。それは私も聞いたことが無いぞい?
聞きたいような今更聞きたくない様な…………。
するとじーさんはニヤリと笑って金の差し歯を光らせた。
「三日に一度の夜だけ、最高の女になるからさ♪」
…………くそじじぃめ……。
「やっぱり大人ってよく分からない。だめだこりゃ……」
読んで頂きましてありがとうございます!
私の祖母の家では黒電話が今でも元気に稼働しております(笑)




