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酒とすれ違い

『会議室』、『図書館』、『資料室』などと美化して呼ばれることが多いこの寮の壁を三つぶち抜いて作られた部屋にアイシャ達は集合していた。モニターが汚いシミだらけの寮の壁と不釣合いな清潔感をかもしだす。周りには通信端末やゲーム機、そして漫画や写真集が転がっている。この部屋はアイシャの寮への引越しによりさらにカオスの度合いが高まっていた。


 以前は男子寮らしいエロゲーの集積所だったこの部屋はアイシャによりもたらされたさらに多数のエロゲーと乙女ゲーが女性隊員までも呼び込み、拡張工事によりさらにゲームや同人誌が積み上げられると言う循環を経て司法局実働部隊の行きつけのお好み焼きの店『あまさき屋』と並ぶ一大拠点に成長していた。


「カウラ、最近この部屋について騒がないのね」 


 部屋に入るとすぐに端末を占領してゲームを始めようとしたところをサラに止められて不機嫌そうにしていたアイシャがそう言いながら端末の電源を落す。カウラは最初のうちは野球部のミーティングをここでやろうとするアイシャやかなめを露骨に軽蔑するような目で見ていたが、今では慣れたというようにたまに山から崩れてきたエロゲーを表情も変えずに元に戻すくらいのことは平気でするようになっていた。


 だが、この部屋に慣れていない住人も居た。


 近くのマンションに暮らしているがこの部屋に入るのが今日がはじめてと言う嵯峨かえで少佐と渡辺要大尉だった。


「クラウゼ少佐。この部屋にはいくつこういうものがあるんだ?」 


 そう言ってかえではアイシャに手にした人妻もののエロゲーのパッケージを見せる。従者の渡辺は照れながらちらちらとヌード写真が開かれたままになっている週刊誌に視線を向ける。


「かえでちゃん、なに硬くなってるのよ。仕事が終わったんだからアイシャでいいわよ」 


 そう言いながらアイシャはパーラから渡された書類を並べる。


「そうか、じゃあ僕のこともかえでと呼び捨ててもらった方が気が楽なんだ。ちゃんづけは……」 


 そう言いながらかなめを見つめるかえでにかなめは身をそらした。


「ああ、お袋を思い出すのか。まあ、あの生き物の前じゃ叔父貴も『新ちゃん』だからな」 


 そう言いながらすでにかなめの手にはラム酒の瓶が握られていた。誠は引きつるかなめの表情を見逃さなかった。噂に聞く西園寺康子。かなめとかえでの母にして部隊長嵯峨惟基特務大佐の戸籍上は姉、血縁では叔母に当たる人物。薙刀の名手として知られ、胡州に亡命した軟弱な廃帝と思われていた嵯峨を奸雄と呼ばれるまで鍛え上げた女傑だった。


「何持ってんのよ!」 


 アイシャの言葉にかなめはむきになったように瓶のふたを取るとラム酒をラッパ飲みした。


「どうせまともな会議なんてする気はねえんだろ?それにあちらは今はシャム達はあまさき屋でどんちゃん騒ぎしているみたいだぞ」 


 そう言うとかなめは珍しく自分から立ち上がって通信端末のところまで行くと襟元のジャックから通信ケーブルを端末に差し込んでモニターを起動させる。そこには時間を逆算するとまだ三十分も経っていないだろうというのに真っ赤な顔のレベッカにズボンを下ろされかけている西の姿があった。


「やばいな誠。脱ぎキャラがお前以外にも出てきたぞ」 


 ニヤニヤ笑いながらかなめは誠に飛びついてヘッドロックをかける。130キロ近いサイボーグの体に体当たりを食らって誠は倒れこんだ。カウラはそれを見ながら苦虫を噛み潰すような表情でわざとらしくいつもは手も出さないエロゲーのパッケージを手にとって眺めている。


 誠が何とかかなめを引き離して座りなおすとかえでがいつ火がつくかわからないと言うような殺気を込めた視線を送ってくる。


「なるほどねえ。あっちが動いていないならこちらから何かを仕掛けるわけには行かないわね」 


 あっさりとそう言ったアイシャだが、この部屋に居る誰もがこのままでアイシャが終わらないと言うことは分かっていた。


「なに余裕ぶっこいてんだよ。なんか策でもあるのか?」 


 明らかに泥酔へと向かうようなペースでかなめはラム酒の瓶を空けようとしている。だが、アイシャはただ微笑みながらその濃紺の長い髪を軽くかきあげて入り口の扉を見つめていた。


「まあね。今この場所に入りたくてしょうがない人がもうすぐ来るでしょうから」 


「はあ?なんだそりゃ?」 


 かなめの言葉を聞くと誰もが同じ思いだった。アイシャが嵯峨や吉田に次ぐ食えない人物であることは司法局実働部隊の隊員なら誰もが知っている。この場の全員の意識がアイシャが見つめているドアに集中した。


 ドアが少しだけ開いている。そしてその真ん中くらいに何かが動いているのが見えた。


「なんですか?もしかして……」 


 そう言いながら渡辺が扉を開いた。


「よう!元気か?」 


 わざとらしく入ってきたのは小さい姐御ことランだった。


「なあに?中佐殿もお仲間に入りたいの?」 


 つっけんどんに答えるアイシャだが、ランはにんまりと笑うと後ろに続く菰田達に合図した。彼らの手には大量のピザが乗っている。さらにビールやワイン。そしていつの間にかやってきたヨハンが大量の茹でたソーセージを手に現れた。


「なんだ。アタシもそれなりにもてなされたからな。その礼だ」 


 かなめやカウラの目が輝く。パーラはすでに一枚のシーフードビザを自分用に確保していた。


「すみませんねえ、中佐殿。で?」 


 アイシャは相変わらず無愛想にランを見つめる。


「そのー、なんだ。アタシ達も仲間に入れてくれって言うか……」 


 その小学校低学年の体型で下を向いて恥らう姿に、『ヒンヌー教』三使徒の一人で手にたくさん割り箸を握っていたソンが仰向けに倒れこんだ。周りの整備兵達がそれを引きずって外に出て行く、廊下で『萌えー!』と叫び続けるソン。だが隣ではもう一人の三使徒の一人ヤコブがコブシを握り締めてじっと誠をにらみつけてくる。それが明らかにカウラの隣に自然に座っている自分に向けられているのに気づいた誠は冷や汗をかきながら下を向いて目を背けた。


「なあにいつでも歓迎ですよ!コップとかは?」 


「持って来てますよ!」 


 しなを作りながら落ち着かない誠の隣にコップを並べ始めるのはアンだったがそれを見てさらに一歩下がってしまう。


「神前先輩!一杯、僕の酒を飲んでください!」 


 大声で叫ぶアンだが、彼は数人を敵に回したことに気づいていなかった。



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