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多数派工作

「なんですか?それは?」 


 翌日、少しばかり早く隊舎に到着した誠が目にしたのは、居眠りしている警備部の面々の横の郵便受けに大量に差し込まれた封筒を手にしたカウラだった。


「さあ……」 


 首をひねるカウラの手から一枚かなめはそれを引き抜いた。そして彼女は思い切り大きなため息をつくとそれをカウラの手に戻した。


「誰宛?それ」 


 アイシャは興味深げにそれを眺めるが差出人の項目を見たとたん興味を失ったようにハンガーに向けて歩き出した。


「カウラ、それ焼いとけ」 


 かなめはそういい残して立ち去った。


「誰から来たんですか?それ」 


 そう言いながら誠はカウラの手にある封筒を一枚手にした。それは司法局運用艦『高雄』の機関室責任者槍田司郎大尉からのものだった。誠の表情に引きつった笑いが浮かぶ。他の封筒もすべて槍田大尉の部下である機関室の技術下士官の名前が書き連ねられている。


「見ないでも内容は分かるなこれは。本当に焼こうか?」 


 カウラの微妙な表情で誠を見つめている。


 槍田司郎貴下の機関室の面々は管理部の菰田とはベクトルを反対側に向けた方向で誠の苦手な分野の人々だった。ともかくひたすら軟派な集団だった。室長の槍田自身も火器管制官であるパーラと付き合っていながら、『高雄』の母港のある新港基地近くの女子高生との不適切な関係で危うく逮捕されかけると言う事件があった人物で部隊の女性隊員の評価はきわめて悪い人物だった。


「ちょっと見るだけでも……」 


 そう言って誠は一枚の封筒を開けた。


『団地妻モノ希望』 


 誠はその文字を見るとカウラに封筒を返した。そしてもう一度別の封筒を開く。


『女子校生モノ希望』 


 今度こそと別の封筒を開く。


『とりあえずエロければオールOK』 


 誠はそのまま封筒をカウラに返した。


「あの人達にはちゃんと候補は決まってるって吉田さんが送ってるはずですよね」 


 そう言う誠に無駄だと言うようにカウラは首を横に振った。


「なにしてるの?あんた達」 


 ハンガーから出てきたのは技術部長許明華大佐だった。昨日の説教に疲れたのかあまり元気が無い彼女がカウラの手にある封筒の山に目をつけた。


「なにそれ?」 


 明華は不思議そうな顔をして近づいてきた。その後ろからは島田がコバンザメのようについてくる。


「機関室の面々から昨日のアンケートの回答が届いて……」 


「すぐに焼きなさい!」 


 カウラの言葉を聞くとすぐにそれだけ言って明華はハンガーに消えた。技術関係の隊員の頂点に立つ明華も時折表ざたにしたくないような女性関係の問題で引きずり出されていることもあって槍田達の話をすることは彼女の前ではタブーだった。


「知らねえぞ、槍田の旦那も……カウラさん。それうちで処分しますから」 


 諦めたような笑いを浮かべながら島田はそう言ってカウラの手の中の封筒の束を預かる。


「あいつ等は何とかならないのか?」 


 カウラは呆れたように島田に声をかけるが、白々しい笑みが島田の顔に浮かんだだけだった。実際、先月の運用艦『高雄』の出動の直後、槍田達の転属を願う署名が運行部の女性隊員から隊長の嵯峨に提出されたのは誠も知っていた。困ったような顔をしながらその署名を嵯峨が手元で抱えている理由が東和宇宙軍が技術スタッフの派遣に消極的で隊員の確保ができないからだ言う話はアイシャから聞いていた。


 ハンガーの前ではちょうど先に車を降りたアイシャがアンケート用紙を西高志兵長から受け取っているところだった。


「早いねえ、なんだ?まさか組織票とか……」 


 そう言うかなめの言葉に西は引きつった笑みを浮かべる。封筒の束を抱えて詰め所に消えた島田にかわり、明華が再び顔を出した。そしてそのままアイシャに挑戦的な笑みを浮かべて切り出した。


「ああ、うちはシャムの案で行くことにしたから」 


 きっぱりとアイシャにそう言うと明華はそのままハンガーの奥へと消えていく。


「技術部の組織票か。これは合体ロボで決まりかな」 


 カウラはどういう表情をしていいのかわからないらしく、あいまいな笑みを浮かべつつそう言った。だが、アイシャの顔には不敵な笑みが張り付いていた。


「おい、アイシャ。最大勢力の技術部の組織票が動いたんだ。諦めろ」 


 かなめはそのままアイシャの肩に手をやった。


「ふっふっふ……」 


 声に出して不気味な笑い声を出すアイシャにかなめは少し引いた表情を浮かべる。


「とりあえず機動部隊の部屋まで行くわよ」 


 アイシャはそのまま奥の階段へとまっすぐに向かっていく。


「馬鹿だねえ。人数的にはあと数を稼げるのは警備部ぐらいのもんだぜ。しかもマリアの姐御が組織票でアイシャに協力するなんてことはねえだろうが」 


 ぶつぶつとかなめはつぶやく。誠から見てもかなめの言うことが正解だった。その割にはアイシャの表情は明るく見えた。


「はい!管理部は全員一致でファンタジー路線に決めましたので!」 


 階段を上りきったところで突然飛び出してきた菰田がいきなりカウラにアンケートを渡す。だが、大勢が決まったと思っているカウラは愛想笑いの出来損ないのような微妙な笑みを浮かべてそれを受け取っただけだった。


「菰田、明華の姐御が動いたんだ。諦めろ。もうシャムの要望の合体ロボで決まりみたいだから。それに……」 


 かなめの響く声に気づいたのか、突然実働部隊詰め所の扉が開いてシャムが飛び出してきた。


「アイシャ!ずるいよ!」 


 そう言ってシャムはアイシャの首にぶら下がろうとする。


「ふっふっふはっはっはー!」 


 大爆笑を始めたアイシャに誠もかなめもカウラも何が起きたのかと戸惑いの視線をシャムに向けた。小さなシャムが両手を大きく広げて威嚇するようにアイシャを見つめている。その様はあまりに滑稽で誠は危うく噴出すところだった。


「だって同盟司法局本局とか東和国防軍とかから次々魔法少女支持の連絡が届いてるんだよ!確かにうちだけしか投票できないって決まってないけどさ」 


 シャムの言葉に誠は高笑いを続けるアイシャを覗き込んだ。


「この馬鹿ついに他の部隊まで巻き込みやがった」 


 かなめは呆れて立ち尽くす。カウラはその言葉を聞かなかったことにしようとそのまま奥の更衣室へ早足で向かった。


「だってあのアンケートの範囲の指定は無かったじゃないの。そうよ、勝てばいいのよ要するに!」 


 アイシャはそう言うとそのまま誠の右手を引っ張ってカウラに続いて歩き続ける。


「何で僕の手を握ってるんですか?」 


 突然の状況の変化に誠はついていけない。だが、そんな誠にアイシャは向き直ると鋭く人差し指で彼の顔を指差した。


「それは!誠ちゃんが魔法少女デビューを果たすからよ!」 


 先に更衣室の前で振り返ったカウラが凍りついた。かなめが完全に呆れた生き物でも見るような視線を送ってくる。シャムは手を打って納得したような表情を浮かべる。


 誠はなにが起きたのかまったくわからないと言うようにぽかんと口を開けていた。


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