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法術特捜

「相変わらず愛想の悪いオヤジだな」 


 かなめはそう言うと何度かドアを蹴る真似をする。


「たぶん次のレースの締め切りが近いんじゃないのか?」 


 そんなことを口にしたカウラをアイシャとかなめが驚愕の目で見つめる。カウラは人に介入することなどめったにないと思っていた。そう言う風にカウラを見ていた道楽組みのアイシャとかなめだがドムの無類のギャンブル好きを知っていることに目を見開く。その驚いた顔が面白くて誠は微笑みながら言葉を継いだ。


「そう言えばこの前二人で日野競馬場に行ったんですよね」 


 誠がカウラに向けて放ったこの言葉が、かなめの手を操るようにして誠にチョークスリーパーをかけさせた。


「おい、先週の話か?先週だな?実家に戻るって話しは嘘だったんだな?しかもこいつと競馬場デートか?お気楽なもんだな……」


 かなめはぎりぎりと締め上げる。誠は息もできずにただばたばたと手を振り回すばかり。 


「止めなさいよ!」 


 頚動脈の締め付けられる感覚で気を失いかけていた誠をアイシャがかなめから引き離した。


「それで、二人で何をしていたわけ?」 


 膝をついて呼吸を整えようとする誠にアイシャは思い切り顔を近づけて詰問する。


「カウラさんが競馬を見たいと言うから行っただけの話ですよ」 


 誠は息を切らしながら答える。カウラも大きくうなづいている。


「シャムが乗馬が楽しいと言うからな。それに節分の時代行列でまた馬が乗れるお前達に大きな顔をされたくないからな」


 そう言うカウラだが、アイシャとかなめは信用するそぶりも無く頭を横に振る。


「日野って行ったらホテル街で有名だよなあ。その後テメエが『ラブホテルの中が見たい』とか言い出したりしてるんじゃねえのか?」 


 そう言って特徴のあるタレ目でカウラを見つめるかなめだが、カウラはかなめの言いたいことがわからないというように首をひねっていた。


「まあいいわよ。それよりあれはなあに?」 


 アイシャはそう言うとまっすぐハンガーへと続く長い廊下の途中にある巨大な茶色い塊を指差した。時々ひょこひょこと動きながらゆっくりと実働部隊の詰め所に向かっている巨大な猛獣。


「アイシャ。現実を認めろ。あれはグレゴリウス16世だ」 


 かなめがアイシャの肩に手を置いて慰める。グレゴリウス16世と言うすさまじい名前を持つコンロンオオヒグマの子供がこの司法局実働部隊に住み着くようになってからもう2ヶ月が経っていた。


 シャムの遼南内戦の時の相棒であるコンロンオオヒグマの熊太郎と言う雌熊は、遼南人民軍のマスコットとして人民英雄章を受けた名熊である。その息子のこの熊グレゴリウス16世は、シャムが自然に帰った熊太郎が大けがをしたことで野生では生きていけないという熊太郎の判断で預けられた小熊だった。小熊と言ってもコンロンオオヒグマは地球の熊の比ではなく大きいもので10メートルを超えるものもいると言う熊である。グレゴリウス16世もまた、生まれて2歳くらいと言う話だがすでに体長は3メートルを軽く超えていた。


「でも誰だよ。あれにグレゴリウス16世なんていかつい名前をつけたのは……」 


 そう言って笑うかなめの頭が軽く小突かれた。


「んだよ!」 


「何?俺のネーミングセンスに文句があるの?」 


 かなめが振り向いたところにいたのは嵯峨だった。グレゴリウス16世の母の熊太郎と言うネーミングも、オスかメスかを確かめないで嵯峨がつけたのは有名な話だった。だが強気なかなめは不機嫌そうな様子の嵯峨を見てもひるむどころか逆に皮肉めいた笑みを浮かべて睨み返した。


「いや、叔父貴を見てると茜の普通の名前でよかったなあと思うけど……エリーゼさんがつけたのか?」 


「ああ、そうだ……俺のセンスについちゃあ自信がないからな。何とでも言えよ」 


 死んだ妻の名前を告げられて口をへの字に曲げた嵯峨はそう言うとそのまま隊長室に消えていく。そのドアの音を聞いてグレゴリウス16世とその継母であるシャムが誠達の存在に気がついたと言うように駆け足で近づいてきた。


「みんな!元気してた!」 


 さっき分かれたばかりだと言うのに元気にアイシャとハイタッチをするシャム。なぜか猫のような長い尻尾を制服のタイトスカートからはやしているわけだが、いつものことなので誰一人突っ込まない。


「元気って……さっき別れたばかりだろうが!」 


 そう言ってそのままシャムの頭を抱えようとしたかなめにグレゴリウス16世が体当たりをかました。


 かなめの130kg以上ある軍用の義体も相手が巨大な(ひぐま)となればひとたまりも無く、顔面から司法局実働部隊に間借りしている遼州同盟機構司法局法術特捜隊の壁に激突する。


「なにをしていらっしゃるの!?」 


 そう言いながら顔を出したのは司法局実働部隊隊長嵯峨惟基の娘であり、法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警視正だった。


「ああ、アンケートを配りに来たんだけど」 


 アイシャはそう言って倒れているかなめから二枚のアンケート用紙を奪い取って渡す。それを受け取った茜はそのまま倒れこんでいるかなめを無視してかなめがぶつかった壁を丹念に点検した。


「それにしてもこの二枚の紙を渡すために壁にひびを入れるとは……経済観念と言うものが無いのかしらね、かなめさんには」 


 そう言って茜は口に手を添えて笑う。その独特のポーズに誠の目が集中する。だが、すぐにいぶかしむような茜の目が突き刺さり誠は頭を掻いた。


「何ですの?神前曹長。私の顔に何かついていて?」 


「いやあ、口にそう言う風に手を添えて笑うお嬢様をはじめて見たもので……」 


 その一言に茜が凍りつく。


「ああ、そうね。私もこれで二人目ね、見るのは……かなめちゃん!いい加減に起きなさいよ!」 


 アイシャはそう言って転がっているかなめを蹴とばした。


「……っテメエ等!」 


 かなめがすばやくアイシャの足を取ろうとするが、すばやくアイシャはその手をかわす。


「じゃあそこの壁の修理に関する書類は実働部隊で作って高梨参事に出しておいてくださいませね」 


 それだけ言うと茜は扉を閉める。


「ああ、どうすんのよ。これ」 


 そう言ってアイシャは壁に入ったひびを撫でてみせる。


「大丈夫ですか?」 


 誠はようやく立ち上がったかなめに手を寄せる。だが、元々格闘戦を前提に製造された体の持ち主であるかなめにダメージがあるはずも無かった。かなめのにらみつけた先では、継母であるシャムを守って見せたと得意げに彼女に甘えた声ですり寄るだすグレゴリウス16世がいる。


「オメエ等……!」 


 そう言ってかなめはシャム達に襲い掛かろうとする。今度は不意を打てないと踏んだグレゴリウス16世とシャムはそのまま廊下を駆け抜け、実働部隊の詰め所に飛び込んだ。彼女達を追ってかなめが部屋に飛び込む。


「オメー等!静かに出来ねーのか!」


 呆然とその有様を見つめていた誠とアイシャとカウラの耳にすぐさま司法局時実働部隊副隊長のクバルカ・ラン中佐の怒鳴り声が響いてきた。


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