ユカタとアイスとペルシュと
それからしばらく風呂を楽しみ、脱衣場に上がったフィオナたち。
施設で販売する予定だというオススメの化粧品を試供品として使わせてもらい、お肌のケアはバッチリ。さらには入浴後のマッサージまで無料で受けることができて、フィオナたちは思う存分に疲れを癒やすことが出来た。皆、温泉の効能で肌はさらにツヤツヤになり、活力も満ちている。
その後は、施設が用意してくれた『ユカタ』なる服に着替えて、館内を散策しながら休憩をとることになった。
「フィオナちゃ~んおっそいよー! みてみてアイスいっぱい売ってるよ! 好きな味選んで選んでー! 聖女さまがおごってあげます!」
「はぁい! お、遅れてごめんなさい!」
既着替えに手間取ったフィオナは一人遅れて脱衣所を出ると、待ってくれていたメイドに案内されてソフィアたちと合流。
ソフィアがサービスとして作られていたアイスを山ほど注文し、さらに自らお金を支払おうとしたため、店員は大変に慌ててお金の受け取りを拒否していた。
そこには、既にクレスたち男子組の姿もある。
フィオナを出迎えたクレスが心配そうに話す。
「フィオナ、一人だけ出てくるのが遅かったね。脱衣所で何かあったのかい?」
「あ、い、いえっ! と、ととと特に何も! お待たせしてしまってごめんなさいクレスさん!」
「何もないならいいんだが……それにしても、その服も似合っているね」
「そ、そうですか? 着方がよくわからなくて、結局メイドさんに手伝っていただいたんですけれど……そう言ってもらえると嬉しいです!」
「うん、いつもと少し印象が違って素敵だ。俺もこれは初めて着たが、なかなか涼しくていいな」
クレスも自身の衣服に触れてその着心地に感嘆する。
二人が着用している『ユカタ』と呼ばれるこの服は、温泉が盛んな地域の中でも一部にのみ伝わる伝統の衣類らしく、通気性の良い薄布の素材で作られ、肌触りも良く、湯上がりにはぴったりの簡易的な略装なのだという。この施設では、入浴後にも館内で楽しむためのサービスとして客に使ってもらうようだ。フィオナたちは、いわばその体験をしているのである。もちろん、ソフィアやエステルたちも同じ格好をしていた。
「えへへ、ありがとうございます。着心地が良くて楽ですよね。ただ……ちょ、ちょっと、胸の形が目立ってしまうような気もしますけど……」
そうつぶやいて自分の胸元を見下ろすフィオナ。
『ユカタ』は中に下着をつけないのが普通であるらしく、そのせいかフィオナの豊かなバストラインがよくわかってしまった。元々胸の大きな女性には向かない服でもあるようで、うっかり谷間が見えてしまいそうになることもあり、クレスは紳士的に目を逸らしていた。
「セリーヌさんは着たことあるのかなぁ。男性のものも、なんだか落ち着いたデザインでいいですね。クレスさんも、とってもよくお似合いですよ!」
「そ、そうかな。ありがとう。よし、じゃあアイスでも食べて休もうか。聖女様も待っているしね」
二人でそちらの方をみれば、ソフィアが両手に三段重ねのアイスを持ったまま「二人ともー! 溶けちゃうから早くー!」と呼んでいる。ショコラなど五段重ねを美味しそうに舐めていた。
フィオナは大きくうなずいて言う。
「そ、そうですねっ。行きましょう。お風呂上がりは火照っちゃいますもんねっ。マッサージまでしていただいてしまいましたし」
「ああ、そういえば俺の方も店の人にやってもらえたよ。おかげで筋肉がほぐれた」
「ふふ、それはよかったです。でも、帰ったらわたしにもマッサージさせてくださいね? 夫の体調管理も、妻の役目です!」
「そうか。なら俺にもさせてもらおうかな。君はとても頑張ってくれているし、妻にはいつも元気でいてほしいからね」
「クレスさん……えへへへ。嬉しいです!」
こうしてクレスたちは開店前の温泉施設でのんびりと骨を休め、アイスを食べながら談笑。それからちょっとした軽食も振る舞われて、お腹を満たすことが出来た。
実は、ソフィアのためにと豪勢な料理で歓迎の用意もされていたらしいのだが、ソフィアは『聖女として来ているわけではないから、特別扱いをしないでほしい』と言い、結局クレスたちと同じ扱いを受けることとなった。
また、ここは宿泊施設も兼ね備えているため、クレスたち一行は施設側の好意でこのまま無料宿泊体験もさせてもらうこととなった。オープン前に実際に使ってもらい、その意見を参考にしたいのだという。
すると、ソフィアまで「わたしも泊まる!」と言いだし、それには関係者が大いに慌てることとなったが、結局最後にはソフィアの意見が通ったようである。ただし、施設の体験レポートを提出するという条件が大司教レミウスから進言され、ソフィアはクレスたちと遊ぶためにそれを受け入れたのだった。
それからクレスたちがやってきたのは、館内に用意された遊戯スペース。室内用のスポーツで汗を流せる部屋などもあり、クレスたちは食後の腹ごなしに遊んでいくことにした。
クレスたちが選んだ遊びは、長方形の台の上で小型の弾力性ボールを木板で打ち合う球技スポーツで、その名は『ペルシュ』。これも温泉が発展した地域で生まれた古い遊びらしく、浴衣で打ち合うのが決まりとのことだった。
「むう……見たこともない遊びだ。この薄い木板で打ち合うのか」
「なんだか楽しそうですね、クレスさん!」
メイドから配られたアイテムを興味深そうに見つめるクレス。
円形の扇のような木板に、手で握るための柄がついている。メイドが見本として木板を持ち、軽く壁に向かってボールを打つと、弾力のあるボールはぽんぽんと気持ち良い音を立てて跳ねた。
そこでソフィアが全員の視線を集める。
「みんなー聞いて! せっかくだからただ遊ぶだけじゃなくてさ、“勝った人が負けた人に好きな命令を下せる”ってルールにするのどうかなぁ? 前にクレスくんとフィオナちゃんの披露宴でやったゲームじゃないけど、それならみんな真剣になれるしさ。わたし、そういうのあった方が燃えるんだよねぇ!」
そんなソフィアの提案に、真っ先にノっていったのはヴァーン。そのままクレスたちも快諾。
こうして、湯上がりスポーツバトルが幕を開けた――!