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プロポーズ

 魔物の脅威から逃れた人々は、それぞれに思い思いの感情を吐き出す。



 ――フィオナはすごい。勇者より強いのではないか。


 ――やっぱり勇者がいなくても問題ないな。


 ――ぜんぜん平和になってないじゃないか。勇者は本当に魔王を倒したのかよ。


 ――クレスたちは無責任だ。ちゃんと魔物を全部退治してからいなくなってくれ。


 ――騎士や魔術師もちゃんと働け。ああいうのを倒すのが仕事だろ。


 ――まだ魔物がいるなら安心できないわ。


 ――街がめちゃくちゃだ。潰れた店はどうしてくれるんだ。誰か責任を取れ。


 ――本当に平和な世界になったのかよ。聖女は何やってるんだ。



 男は、それらの声に静かに目を伏せた。



 すると少女──フィオナは先ほどの笑顔から一転。


 とても、寂しそうな表情(かお)をした。


 そしてつぶやく。



「……やめてください」



 少女が地面に杖をついて立ち上がり、人々の方へ振り向く。彼らの声はピタリと止んだ。


 少女が、涙を流していたからである。


「あなたたちは、いつまで他人(だれか)に自分の命を委ねるつもりなんですか」


 その言葉には、静かな怒気が孕んでいた。

 少女の手に力がこもる。


「わたしは知ってます。勇者クレスは、誰よりも強く、誇り高く、最後まで戦った本当の英雄です」


 男の顔が上がった。

 少女の声は徐々に大きくなる。


「皆さんだって知っているはずです。彼は、皆さんのために戦ったんです。平和な世界でみんなが笑って暮らせるように、自分の命をかけて戦い抜いたんです。身も心もボロボロになって、最後には戦えなくなっても……!」


 彼女の言葉は、強く響く。


 周囲の人々の心に。


 そして、未だに起き上がることも出来ない男の心に。


「そんな彼を、どうして悪く言えるんですか? どうしてそこまで身勝手なことが言えるんですか? 皆さんは、彼が守り続けた誇りなんです。彼が一番大切にしていたものなんです。彼の誇りを――穢さないで!!」


 綺麗な顔からぽろぽろと涙をこぼして、想いのこもった瞳で、少女は訴えかけた。


 男にはわかった。


 彼女が、自分のために叫んでくれていること。

 自分のために泣いてくれていること。


 少女は涙を拭って話す。


「この世界は、まだ本当の意味で平和になったわけじゃありません。魔王がいなくなっても、魔物たちが滅びたわけではないんです。人をよく思わない魔族たちだっています。だから、本当の平和な世界にするために、わたしたちがみんなで力を合わせなければいけないはずです。強き者に頼るだけではなく、自分たちの力で平和を作らなきゃいけないんです。勇者クレスが導いてくれたように。それが、本当の平和です!」


 少女はそう締めくくって、倒れたままの男の方に振り返る。


「ごめんなさいっ、お怪我は大丈夫ですか? お家にまでお送りします。早く帰りましょう!」

「あ、ああ。ありがとう……」


 その場で少女から簡易的な回復魔術をかけてもらい、止血をして、男は少女の肩を借りる形で街を後にする。


 街の人々は、二人の背中を黙って見送っていた――。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 そして、男と少女は森のログハウスへと帰宅。


「はは……またキミに助けてもらってしまったな……」

「気にしないでください。あ、珈琲でも用意しましょうかっ。そちらで休んでいてくださいね。キッチンお借りします。あ、体調がよろしければごはんも作っちゃいますね! 体力つけなきゃです!」


 少女はパタパタとキッチンに掛けだし、珈琲の準備を始めながらこちらを振り返って言った。


「あの……それとっ! さ、先ほどはとてもかっこよかったです! 今でもあの剣を使うことが出来るんですね!」

「え? ああ、これかい」


 疲労困憊状態の男は、テーブルに立てかけていた剣を見やる。


 ――『聖剣ファーレス』

 

 “絶えぬ光”という名を持つこの剣は、今代の『聖女』から授かった特別な品である。


「格好なんてよくないさ。どんなに見事な武器だろうと、もう、俺にはろくに扱うことも出来ないんだ。キングオーガ程度の相手なら、たいして手こずることもなかったんだけどな……」


 ほとんど力の入らない右手を握りしめる男。剣を見つめる瞳はどこか寂しげだった。


 かつて男が使っていた、聖なる力の込められた剣。一振りすれば星が落ちるとさえ云われる伝説の剣。

 これは『騎士国ヴァリアーゼ』より献上された至上の一品に『聖女』の祈りが込められた神聖なる聖剣であり、『勇者』の資格と相応の力を持つ者にしか扱えないシロモノだ。当然、この世に一本しか存在しない。できない。


 そして、今の男にはこの剣の本当の力は引き出せない。となれば、ただの重たい鋼の塊だ。


 男はつぶやく。


「……ありがとう」

「え?」

「さっきは……俺のために怒ってくれたのだろう? 少し、嬉しかったよ」


 少女は少しだけキョトンとした後、何も答えずに微笑む。


 そのまま男の元へやってくると、また男の前で正座をした。


「…ん? どうしたんだい?」


 男が不思議そうに尋ねると、少女は再びもじもじしながら何度か咳払いをする。


 続けて、何度も深呼吸を繰り返し。


 パッチリと目を開いて。


「勇者クレスさん!」


「う、うん?」


 男の目を見ながら、こう言った。




「わ、わたしを…………あなたのお嫁さんにしてくださいっ!!」




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