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花の楽園

 ショコラの魔術――【暗黒の散歩道ナイト・キャット・ウォーク】によって作られた亜空間を進むクレスたち。

 森で闇に包まれたときと同じような漆黒の世界に光はなく、足の着く感触がないため、フィオナは多少怯えることにはなったが、それでもクレスたちが一緒にいてくれることは大変に心強かった。


「みんな、ちゃんとついてきてるかにゃー? はぐれたら大変だし、ちゃんとウチについてきてねー!」

「ああ、大丈夫だ。フィオナも平気かい?」

「は、はい! クレスさんに掴まってますから!」

「オレも問題ねーぜ。夜の戦いには慣れてっからなァ。つーかショコラちゃんよ、はぐれたらどうなんの?」

「ずっとここから出られなくてしんじゃうだけだよー!」

「すげぇ怖ぇことさらっと言うなオイ!」

「フィオナちゃん、左右に氷で線引きをして道を作ってあるわ。万が一のときはそれを道標にしてちょうだい」

「あ、ありがとうございますエステルさんっ」


 そのまま夜目の利くショコラを先頭に、暗黒の世界を進んでいく一同。

 長い時間は掛からないとのことだったが、その間、ショコラは楽しそうに歌を歌いながら歩いていた。


「一歩でぴょーん! 二歩でぴょぴょーん! 十歩進めば山のむこ~! 百歩進めば海のむこ~! きょーおもっおさんぽたのしーにゃー!」


 続くクレスやヴァーン、エステルたちも躊躇もなく、まるで道が見えているかのように歩いていくため、まだほとんど何も見えないフィオナは困惑していた。

 ショコラの愉快な歌と皆の声、握るクレスの手のみを頼りに進んでいる自分とは違い、クレスたちには闇など大した問題ではないのだ。ここでも冒険者たちの経験に感嘆としてしまうフィオナである。


「なんだか……情けない、ですね」

「フィオナ? どうした?」

「あ、その……小さくなってしまったクレスさんを、わたしがちゃんと支えなきゃって思っていたのに、むしろ、わたしの方が支えてもらってしまっていると思いまして……」


 自分を鼓舞しようとしても、どうしてもクレスと繋ぐ手に力が入る。心理的な不安がそうさせていた。


 すると、クレスが小さく笑った。


「フィオナは暗闇が苦手なのか」

「ご、ごめんなさい。ここまで暗いとどうしても……あの、こ、子供っぽいですよね?」

「いや、そんなことはないさ。誰にでも苦手なことはあるだろう。それに、君は普段がしっかりしている分、こうして頼りにされることは嬉しいよ。いつもは、何にしても俺の方が世話になってばかりだからね。支え合うのが夫婦だ。いつでも頼ってくれ」

「クレスさん……えへへ、ありがとうございます……」


 小さくなっても頼もしい夫の言葉に、フィオナの胸はじんと温かくなった。クレスを甘やかすことは大好きなのだが、こうして自分が甘えるのも悪くないと思える。ただ、優しくされればされるほど、フィオナはもっと彼を優しく包みこみたいと思っていた。


「心配はいらない。お姉さん(・・・・)は俺が守るから」

「え? お、お姉さん?」

「ん? ……ああいや、フィオナのことだよ。すまない。んん、なぜ俺はそんな風に呼んでしまったのだろう」


 隣でクレスが眉をひそめていたが、その顔はフィオナにはよく見えない。


 そこで突如、前方から目映い光が差し込んだ。

 見ればショコラが暗闇の中で扉を開けており、その先から光が届いていたのだった。ただし、あまりのまぶしさに何も見えないほどである。


「ハイ、ついたよー! この先が『花の楽園』です! 入って入って~!」


 ショコラに促され、クレスたちは意を決して扉をくぐる。


 そして光をくぐり抜けると――



「――わぁ!」



 思わず声をあげて手を組んでしまったのは、フィオナ。


 そこに広がっていたのは、色とりどりの花々が咲き誇る美しい世界だった。

 見渡す限りが花畑となっていて、他に確認出来るのは雄大な山のみ。どうやら山々に囲まれた盆地のようであった。

 太陽の日差しは温かく、心地良い風に花びらが舞い、それはフィオナたちに華やかな香りを届ける。


「ハイとーちゃーく! どうどう? イイところでしょ! ここが『花の楽園ミスティオラ』だよ!」

「うっはぁ、こりゃまたずいぶんメルヘンな場所についちまったな。こんなとこにいる魔族ってのはどんなヤツなんだかね」

「ミスティオラ……聞いたことはあるわね。周りが山ばかりで場所がよくわからないけれど、ショコラちゃん、ここはあの森からどのくらい離れているのかしら」


 尋ねたエステルに、ショコラは軽く口をすぼめて答える。


「うーんとねー、たぶん山が七個ぶんくらいカナ? 森はずっとあっちのほうだよー」

「そ、そんなに? その距離をあの短さで……さすがナイトキャットね」

「にゃーホメられたー!」


 尻尾を揺らして喜ぶショコラ。

 美しい光景に目を輝かせていたフィオナが言う。


「すごいです……クレスさん、とっても綺麗なところですねっ」

「そうだな。それよりお姉さん、手を離してくれないか?」

「え?」


 隣から返ってきた言葉に、フィオナが驚きの声を上げてそちらを向く。


 クレスはフィオナの手からするりと抜けて、キョロキョロと辺りを見回した。


「それにしても、ここはどこなんだ? そもそも俺は、なぜこんなところに? お姉さんが俺をここに連れてきたのか?」

「え、え? あの、クレスさん? な、何を……」


 困惑するフィオナ。

 二人の様子を見て、ヴァーン、エステル、ショコラも近づいてきた。


「おいおいどうしたフィオナちゃん」

「クーちゃんの様子がおかしいようね」

「どうかしたのかにゃ? ――あれ? クレスのニオイがちょっと違うカモ?」


 くんくんと鼻を動かして困ったような顔をするショコラ。

 心配する四人の前で、クレスは顎に手を当てて真剣に頭を悩ませる。


「どこかでお姉さんと会っていたかな? 確か、昨日は師匠との修行を終えてから久しぶりに村に帰って、母と食事をして……いや、違う。母はもう…………んん? そもそも師匠とは誰だ……? なぜこうなっているのかぜんぜん覚えていない。それに、そちらの三人は……誰だろう?」

「ハァ? オイオイ何言ってんだお前。ホントにガキにでも戻ったか?」

「……っ! クーちゃん……貴方、まさか……」


 ヴァーンの言葉でエステルが息を呑んだ。


「クーちゃん? それは俺のことだろうか? ええと、君は俺と同い年くらいかな? よくわからないが記憶が混乱しているようだ。一体何があったのか教えてもらいたい」


 要領を得ない様子のクレスに、フィオナたちは全員が同様に嫌な予感を覚えた。


 エステルが尋ねる。


「……クーちゃん。貴方、今の年齢はいくつかしら?」


 その問いに、



「十二だ」



 そう答えたクレスによって、フィオナたちの予感は合致した。



 クレスは、中身まで本当の(・・・・・・・)子供に戻って(・・・・・・)しまったのだと(・・・・・・・)




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