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聖女とメイド

 完全に日が落ちた頃に大聖堂の会場に戻った一同は、披露宴を再開。


 イベントで腹を空かせた皆々に豪勢な料理が振る舞われる中、ケーキ作りが趣味であるリズリットが裏でずっと作り続けていた巨大ウェディングケーキが完成。その大きさは実にリズリット四人分というほどの高さであった。

 はじめての共同作業としてケーキに入刀したクレスとフィオナが全員の分を切り分け、デザートに。味も大変好評で、リズリットは魔術師よりもそちらの方が向いているのではと多くの人にからかわれた。


 それからは、フィオナが皆に今日のお礼として魔術を利用した光のフラワーアートを披露し、小さな花束を作って女性客たちへプレゼント。テンションの上がった聖女ソフィアも『星の魔術』を使って来賓を喜ばせ、大変に盛り上がる。


 ついに披露宴もクライマックスを迎えると、最後にはフィオナが両親へと感謝の言葉を述べ、切なくも温かいしっとりとした雰囲気の中、クレスが来てくれた人々に全員に礼を告げて、パーティーは終幕を迎えた――。



「クレスくん、フィオナちゃん! お疲れ様、今日は本当におめでとう! ぜったい幸せになってねっ!」


 大聖堂入り口。

 すべての来賓を見送ったところで、最後に残った聖女ソフィアが主役二人の手を取ってそう言った。


 クレスとフィオナもソフィアの手を握り返す。


「聖女様。今日は俺たちのためにありがとうございました。いろいろなことがありましたが、良い式になったと思います」

「はいっ。わたしもクレスさんと同じ気持ちです。聖女様、本当にありがとうございました! この思い出は……ずっと大切にします!」


 幸福に満ち足りた表情を二人を見て、ソフィアは穏やかに微笑む。


 だから。

 もう、ソフィアはそれ以上何も言わなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



 すべての仕事を終えたソフィアは、いつものように『聖女の間』から庭へと出て夜風に当たっていた。安心するとどっと疲れが押し寄せる。


「ふぁ~~~ぜんぶおわったぁ~~~。もうドレスの下が汗でべとべとだよ~!」

「ソフィア様、大変お疲れ様でした。シスターたちが浴室の準備をしておりますゆえ、少々お待ちください」

「ん~ありがと~。あなたも休んでね~」


 椅子の背を前にして、もたれかかるようにぐったりしながらパタパタと手で胸元に風を仰ぐソフィア。冠と杖はメイドの手によって隣の椅子に置かれていた。


 一方、まるで疲れた様子のない専属のメイドがきびきびと紅茶のセットを運び戻ってくる。


「クレスくんとフィオナちゃんは、今頃お家で二人っきりかな~。いいないいなぁ。きっとラブラブでキラキラなんだろうなぁ~。もう気持ちが高まってあんなことしちゃったり……あーん!」

「お羨ましいのですか」

「羨ましいに決まってるよ~! 聖女わたしだっていちおうは女の子なんだからね! ……でも、ちゃんと二人で幸せになってくれたらいいなぁ」


 まるで自分のことのように穏やかな目をして語るソフィア。

 そんな言葉を聞きながら、丁寧に紅茶を注いでいくメイド。その紅玉色の液体を見つめながら、ソフィアが口を開く。


「あのさ」

「何でしょう」

「わたしより、フィオナちゃんの方が聖女らしいかな? やっぱりわたし、聖女には向いてないかな~」


 じっと紅茶を見つめるソフィアの発言に、メイドは動じることなくカップをソフィアの方に差し出した。ソフィアが甘い香りを楽しんでへにゃ~と顔を崩す。


「大司教様のお言葉を気になさっているのですか」

「少しだけ。だって、小さい頃からレミウスにはガミガミ言われっぱなしだし。まぁそのおかげでここまで来られたけどね。わたし、『聖女』になってるときはたぶん完璧だろうけど、あれってさ、わたしであってわたしじゃないんだよ。わかるかなぁ。わかんないよねぇ。――あ、これオイシイ!」


 くぴくぴと紅茶を飲んでいくソフィアに、小さく頭を下げるメイド。


 初代の『聖女』は、女神の生まれ変わりだと云われている。

 彼女には、すべてを見通す瞳の力があった。完全なる『天星瞬く清浄なる瞳プリミティア・ライラ・オクルス』は魔力だけでなく、他者の心さえ正しく理解し、ゆえに、人々の傷を癒やすことが出来た。身体だけではなく、心も。それは魔王が支配する混沌の時代において、何より大きな救いだった。

 そんな神の御業は、『聖女』の血を引く乙女にのみ受け継がれ、残り二つの『神聖宝セフィロト』である『綺羅星の聖冠(アルス・ミトラ)』と『綺羅星の聖杖(アルス・ルーナ)』と共に世代を、時代を超えた。


 ()と、冠と、杖。


 三つの『聖女の証(レガリア)』が揃うとき、『女神シャーレ』に昇華したと云う初代聖女の魂が憑依することで聖女は聖女たり得る。 


 メイドは涼しい顔で話す。


「『お姉様(・・・)』の方がふさわしいとお考えですか」


「……え?」


「聖女の証たる冠を被れば、血と魂の導きによって神が応える。フィオナ様が身に着けてどうなっていたかはわかりかねますが……『聖女』はこの世にソフィア様ただお一人。貴女様は、立派に責務を全うしております」


 スラスラと紡がれる言葉に、ソフィアは呆けたようにカップから手を離す。

 メイドはすぐに新しい紅茶の準備を始めた。


「ソフィア様は大変に賢いお方。そも、初めから――おそらくは最初にフィオナ様を視たそのときから、こうなることをわかっておいででしょう。ご自分を試すような真似をなさる必要はございません。ただし、お遊びはほどほどになさってください」


 ソフィアの隣に立つメイドは、静かな瞳で淡々と手を動かし、おかわりの紅茶をカップに注ぐ。

 そして背後から冠を――土まみれになっていたそれを取り出して磨き始めた。そのたびに冠は元の輝きを(・・・・・)取り戻していく(・・・・・・・)


 ソフィアは、じっとメイドを見つめて言った。



「……なんで(・・・)わかったの(・・・・・)?」


「ご主人様をお側でお支えすることが私の職務です」



 ソフィアはしばらく言葉もなくしていたが、立ちのぼる紅茶の良い香りがソフィアの鼻腔を抜けたところで、ソフィアは思わずくすりと笑った。その瞳が、魔力を帯びてわずかに光る。


「あなたって、本当に優秀なのね。ねっ、良かったらずっとわたしのそばで働いてくれないかな?」

「大変光栄なお言葉ですが、私の一存で契約を決めることは出来かねます。それに、近々一度本国(ヴァリアーゼ)に戻り、残っている職務を片付けねばなりません。あちらには、ずいぶんと手の掛かる後輩がおりますゆえ」

「そっか。じゃあ、それが終わったらまた呼んでもいい? レミウスにお願いしてみる。お給与はずむよー!」

「お待ちしております」

「うん。待っててね!」


 晴れやかに微笑みかけるソフィア。メイドは静かにその傍らに立つ。


 空には、ソフィアの瞳とよく似た満天の星が瞬いていた。


「あのさ」

「何でしょう」

それ(・・)、絶対ヒミツだからね? 特にレミウスにバレたらうるさいに決まってるんだから。って、もうちょっとは気付かれてたかもだけど……。とにかくっ、二人のことは静かに見守ってあげたいの。わたしだけがわかってる、それでいいんだから。それが聖女っていうものよっ」

「承知致しました。もとより、メイドが主人の情報を外部に晒すことはありえません」

「フフッ。あなたってやっぱり優秀ね。だって、紅茶を淹れるのも上手いもん」

「恐縮です」

「ねぇねぇ、次はさっぱりした味がいいなっ。柑橘系のやつね! あとあと、お風呂でもっとあなたの話も聞かせてよ!」

「私事は承知しかねます」

「ええ~けちぃ~~~!」


 二人は、そうしてしばらく聖都の夜空を眺めていた――。


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