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控え室のひととき

 クレスとフィオナの結婚式当日。

 見事な晴天の下、聖エスティフォルツァ城には早朝から大勢の人が集まっていた。ただし大聖堂内には人数制限があるため、二人に縁のある者のみが中に入ることを許可され、他の者たちは外でクレスとフィオナが出てくるのを待っている状況である。


 そんな大聖堂の控え室で、クレスは既に準備を終えていた。


「ブァッハッハ! いやー似合わねーなオイ!」

「そ、そんなに変だろうか?」

「金髪はぴっちりだし、スーツは真っ白だしよ。かっこつけすぎてる感じがすげーわ! やっぱお前には戦場の鎧が一番おにあむほっ――!?」


 座っているクレスの横で、腹を抱えて笑っていたヴァーンの口が瞬時に氷結される。

 背後から、エステルから目を細めてつぶやいた。


「貴方……この日くらい静かに出来ないの……」

「むごごごごごおーーーー!」


 呼吸は出来るようあえて鼻は塞がなかったエステルだが、その冷たさに悶絶するヴァーンは部屋をごろごろ転がって出て行き、廊下でシスターが悲鳴を上げていた。


「はぁ。式の前にごめんなさいね、クーちゃん」

「いや、むしろ緊張が解けてよかった。エステルも来てくれてありがとう」

「クーちゃんとフィオナちゃんの晴れ姿を見るためだもの、当然でしょう。それから彼はああ言っていたけれど、その格好、とても似合っているわよ。貴女たちもそう思うでしょう?」


 エステルが視線を向ける先には、二人の少女の姿がある。


「ええ! なんたってあたしが一から作り上げたとっておきなんだから! 似合ってもらわないと困るってものよ! もうバッチリっ!」

「クレスさん……と、とってもお似合いです。キラキラ、してます!」


 自慢げに胸を張ってウィンクするセリーヌと、静かに手を叩くリズリットだった。


「セリーヌさん、リズリットさんも、今日は来てくれてありがとう。三人の格好もよく似合っているよ。素敵だね」


 改めて三人の姿を見つめるクレス。

 来賓であるエステルたちはそれぞれにドレスで着飾っており、普段とは違う煌びやかな印象があった。もちろん、主役の花嫁よりも目立たぬよう控えめなドレスではあるが、クレスの目にはとても新鮮に映る。転がっていったヴァーンも、さすがに今日はスーツ姿だ。

 

 エステルがクールに髪を払って言う。


「ありがとうクーちゃん。けれど、それはあまり褒められたセリフではないわね」

「え?」


 セリーヌも眉尻を立て、前屈みになりながらエステルに続いた。


「そうよークレスさん! この晴れの日に花嫁以外の女の子褒めちゃってどうすんの! まだまだ勉強が足りなーい!」

「あ、ああ……そうか、なるほど……!」

「ク、クレスさんは本当に真面目な方ですね。あの、フィオナ先輩、リズなんかよりとってもとっても綺麗でしたから、た、楽しみにしていてくださいね!」

「そうか……うん、わかったよ。ありがとう」


 エステルたちは先にフィオナの控え室にも顔を見せにいったのだが、今はベルッチの家族だけにしてあった。そのため、こうして親類のいないクレスの元に来てくれたのである。


 じきにフィオナとの式が始まる。


 クレスは姿見に映る自分を見て改めて覚悟を決め、気持ちを引き締めていた。

 ようやく氷の溶けたヴァーンが戻ってきたところで、立ち上がったクレスは四人に向けて言う。


「皆。今日まで、本当にいろいろ勉強させてもらって感謝する。本当にありがとう。そしてどうか、これからも俺とフィオナを見守ってほしい。お願いします」


 素直に頭を下げるクレスに、エステルたちはそれぞれ笑みを浮かべて応えた。


 するとそこへ一人のシスターがやってきて、時間が来たことを教えてくれる。


「んじゃオレらは先にいくか。しっかし、これでクレスも女房持ちかよ。オレもフィオナちゃんみてーな天使すぎる巨乳美少女と結婚してぇなぁ! おおそうだっ、なんならセリーヌちゃんとリズリットちゃんはどうよっ? 乳は……まぁこれからに期待ってことでよ! オレ、結構イイ男だと思うぜ!」

「――は?」

「――ふぇっ?」

「フッ、世界中のどこにでも連れてってやんぜ?」


 オールバックで決めているヴァーンは両手でセリーヌとリズリットの手をそれぞれ掴み、キザったらしく笑う。

 まさかの控え室でのナンパ行為にセリーヌが不信感でいっぱいなジト目を向け、リズリットは真っ赤になって震えていた。


 エステルがヴァーンの手に氷柱を突き刺す寸前で止める。


「そこのケダモノ。二人に手を出したら二度と軽口が叩けないようにしてあげるわよ」

「チッ、ここにはマジでヤベー女がいるんだった。よし、んじゃ会場に良い子いねぇか見てくっか! なんなら清純シスターさんとの禁断の恋でもいいしな! うほほほ燃えるぜ!」

「待ちなさい。フィオナちゃんの晴れ舞台を穢すなら処刑するわよ。彼女は私の妹になる子なのだから」

「ハァ~妹~~~? オイオイまたその話かよバーカ! つーかよエステル、お前やっぱオレに気があんだろ? だから嫉妬で止めるんだよな? なぁなぁ? そうならそうと言ってくれりゃあオレも一晩くらい付き合ってやってもいいんだぜ?」

「判 決 死 刑」

「うおおおおッ!? ちょ、やめろバカ! お前が晴れ舞台ぶっ壊す気じゃーねぇかあああ!」


 数え切れないほどの氷の矢が発生し、それらは必死に廊下を逃げていくヴァーンを追いかけ続ける。エステルはクレスを一瞥して小さく微笑み、そのままヴァーンに続いた。


「クレスさん、個性的な友人がいるわよね……。と、ともかく私たちも行くわね。それじゃあクレスさん、しっかりね! 存分に招待客を泣かせなさい!」

「クレスさん。本当におめでとうございます。リズたちも、応援してお祝いします!」

「ああ、ありがとう」


 セリーヌとリズリットも控え室を出て大聖堂へと向かう。


 一人になったクレスは、静かになった部屋で手元の指輪を見下ろす。


 ――ブライダルリングだ。


 かつてクレスがフィオナに贈った婚約指輪ではなく、式で使うペアの結婚指輪である。これに聖女の祈りが込められ、それを交換することで誓いの契約が結ばれる。


 当日になって、皆に会って、ようやく実感が強まってきた。

 この式を経て、クレスとフィオナは正式に夫婦として認められる。クレスは彼女の夫となり、生涯彼女だけを愛する誓いを立てる。


 不安はなかった。

 多少の緊張こそあるが、むしろ誇らしく高揚してすらいる。

 自分がここにいられること。仲間たちに祝福されること。

 何よりも、フィオナと共に人生を歩んでいける。それ以上に望むものなど、クレスにはない。


 立ち上がる。


「どうか……見守っていてくれ、母さん」


 クレスは、胸を張って歩き出す。


 その耳元には、耳飾りが光っていた。


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