懇親会
成績発表が終わった後、生徒たちは寮へ戻ることはなく、そのままの足でリィンベルの校内カフェテリアへと移動した。
各テーブル上には豪華な料理の数々と、色とりどりのフルーツにデザート、多様な飲み物が並ぶ。集まったのは中等部のレナたちだけではなく、高等部・初等部含めたリィンベルの生徒たちが多く揃っている。
毎学期終わりに行われる、恒例の“懇親会”である。
「このアイミーカレーっていうの、ちゃんとアイミーっぽい甘さとコクがあって美味しい!」
目を輝かせながらもりもりとカレーを食べ進めるレナに、隣のクロエが笑いながら話を続ける。
「ふふ、アイミーカレーは毎回人気のお料理なんですよ。普段は提供されていなくって、懇親会だけのお楽しみなんです」
「そうなんだ。普段から出してくれればいいのに。でもすごい量あるね。やっぱり全生徒が集まってるから?」
「それもあるんですけど……一番の理由は……」
チラ、と視線を動かすクロエ。
レナはすぐに納得した。
カレー鍋の前で不動の体勢を取るのは、見知った一人の美少女。彼女はその場で食べ終えてはおかわりを繰り返すフードファイターと化していた。
クロエが苦笑いを浮かべながら言う。
「あはは……ミュウさんが来てからは、作る量が一気に増えたみたいで」
「もうジュースみたいにカレー飲んでない? ていうか一緒にアイミーのジュースも飲んでるし……ほらミュウ、そこにずっと立ってたら他のみんなが食べられなくて困っちゃうよ」
やれやれとミュウの元へ向かうレナ。振り返ったミュウは口いっぱいにもぐもぐしながら『なに?』みたいな不思議そうな顔をする。
そんな光景を見ておかしそうに笑っていたクロエの元へ、ベアトリスとレベッカが近づいてきた。
「クロエさん。遅れましたが、中等部一位のご成績おめでとうございます」
「ベアトリスさん……! あ、ありがとうございますっ。まさかわたしが一位なんて……び、びっくりしちゃって、いまだに実感がないです」
「そうですか? 私は驚きもしませんでしたよ」
「え?」
「それだけ励んでおられましたから。悔しい思いはありますが、お見事でした」
ベアトリスはグラスのジュースをまるでワインかのように上品に飲み、話を続ける。
「それに……どうしても一位が取りたいのだと、そんな意志を強く感じるほどでしたよ」
その言葉に、クロエはハッとしたように目を大きく開いた。
まるでクロエの心情を察しているように、ベアトリスはレナの方を一瞥して言う。
「何か、彼女にお伝えしたいことがあるのではないですか?」
「え、っと……そ、それはその……っ」
「彼女なら、どのようなことでも受け止めてくださると思いますよ。それはきっと、クロエさんの方がよくおわかりでしょう?」
「ベアトリスさん……」
微笑むベアトリスに、クロエはうなずいて微笑み返すことが出来た。
「それから、レベッカさんもお伝えしたいことがあるようで」
「……え? レベッカさんが? わ、わたしにですか?」
「さぁ、レベッカさん」
ベアトリスに促されて、レベッカはわずかに逡巡しつつも一歩前に出た。
赤髪の少女は──ひらひらでフリフリな愛らしいメイド服を着用していた。
「……え? レ、レベッカさん? その格好は……」
「うるさい。給仕役なんだよ。これも“仕事”」
とぶっきらぼうに言って視線を逸らすレベッカ。クロエは「あ──」とすぐに納得したようだったが、珍しい姿につい凝視してしまう。
「…………」
「……え、ええっと? あのう……レベッカ、さん?」
黙り込むレベッカに向けて、おずおずと名前を呼ぶクロエ。
レベッカは口元をムズムズさせた後、つぶやいた。
「……アンタはさ、落ちこぼれなんかじゃなかったよ」
「え?」
「おめでとう。じゃあな。あといつまでもおどおどすんなよ“友達”なんだろ」
口早にそれだけ言い残すと、レベッカはくるっと身を翻して立ち去ってしまう。ベアトリスが堪えきれないとばかりにくすっと笑いを漏らした。
「……レベッカさん…………」
クロエは、胸元で手をギュッと握りながら嬉しそうに微笑む。
そんなクロエを見て、ベアトリスは少々わざとらしく「コホン」と咳払いをした。
「クロエさん。来期よりは貴女もハッキリとライバル視させていただきます。今後も、お互いに切磋琢磨してまいりましょう」
「──あ、は、はいっ!」
ベアトリスが差し出した手に応えるクロエ。
クロエはベアトリスの目をしっかりと見つめながら言った。
「わたしも……負けませんっ!」
「ふふ。まったく、本当に素敵な瞳をするようになりましたわね。これは私も気合いを入れなくては……」
と話している最中、懇親会の場が少しだけざわつき始めた。入り口の方で、多くの生徒たちが驚いたような声を上げている。
「なになに? どうかしたの?」
そこで、絶対にアイミーカレーの皿から手を離さないミュウを連れて戻ってきたレナ。
一同の視線の先に見えたその姿に、レナたちもまた驚きの声を上げた。
「え……シーナ先生っ!?」
現れたその人物は、学院長の座を降りたシーナであった。
「ご歓談のところ申し訳ありません。ご迷惑をお掛けした皆様に、せめてもの労いと挨拶をと思いまして」
そう言って笑みを浮かべるシーナの胸ポケットには、華やかなピンク色の花が添えられていた。
──それからシーナは、生徒たちへと改めて謝罪を述べた後、現在自分が古代リィンベル探索特別チームの責任を追う立場にあると説明。リィンベルの生徒たちとこの街に住む人々が今後も安心して暮らしていけるよう、力を尽くすと約束した。
そんなシーナに、生徒たちからは温かい拍手が送られた。特に高等部の生徒の中には探索チームへの協力を申し出る者たちもおり、シーナはそれぞれに感謝の言葉を伝えていた。
シーナは早々にカフェテリアを後にしたが、レナとクロエ、ミュウ、ベアトリスの四人は彼女を追いかけた。空はもう薄暗く、月がよく見える。
「シーナ先生っ!」
「おや、皆さん。もうすっかりお元気になられたようですね。エイミ先生から聞きましたよ。今期はそれぞれ素晴らしい成績を残したようで」
そんなシーナは、なんだかスッキリしたような明るい顔つきをしていたため、レナたちは顔を見合わせて安心した。
だからレナも笑って言う。
「シーナ先生、今も忙しいんだよね? でもなんだか楽しそう」
「そうですか? ふふ、確かにそうかもしれませんね。何事も自分で動けるというのは、身軽でやり甲斐があり楽しいものですよ」
そう言って笑うシーナの満足そうな顔に、レナたちは笑い合った。
続けてベアトリスが話す。
「学院長……いえ、シーナ先生。古代都市リィンベルの探索についてはいかがでしょう? 先日公開された近況報告だけは目を通しておりますが……」
その疑問は、レナたちも一様に気になっていたことだった。
シーナの率いる探索チームは、『星天鏡』を利用して既に一度目の古代都市探索を行っていた。それはあくまでも現状の古代都市を視認するための軽い探索に過ぎなかったが、多くの人々の関心を集めたニュースだった。ただしそこには、不死者などの危険な存在の確認は記されていなかったのである。
シーナはうなずき、答える。
「出来る限りに警戒を強め、狭い範囲での軽い探索でしたが、皆さんが以前ご報告くださったように不死者たちの存在は確認出来ませんでした。おそらくですが……初代当主パトリックが統一管理を行っていたのでしょう」
「そ、それじゃあやっぱり、レナさんがあの人を倒したから、もう古代都市の方には危険はないってこと……でしょうか?」
そんなクロエの発言に、シーナは再びうなずいた。
「チームではその仮定で話を続けています。まだずいぶん時間は掛かるでしょうが……いずれあの街も取り戻せる日が来るのではないかと期待しています」
「そうですか……そのようになれば、ヴィオールの一員としても嬉しく思いますわ」
ベアトリスが感慨深くつぶやく、レナたちも同じ思いでうなずき合った。
そこでシーナが「ああ」、と何かを思いだしたように言う。
「そうでした。先日の第一回探索で、ちょっとしたモノを持ち帰ることが出来まして。お会い出来れば渡そうと思っていたのです」
そう言って、彼女は胸ポケットからピンク色の花を一輪手に取る。
「どうぞ。枯れずに残っていた、とても不思議なお花です」
花を差し出されたのは──ミュウ。
ミュウはいつもより少しだけ大きく目を見開き、そっとその花を手に取った。花は、生き生きと美しい色を付けたままである。
「…………」
そっと花に顔を近づけたミュウは、優しい可憐な微笑を浮かべた。
穏やかな空気の中で、レナが尋ねる。
「そういえば気になってたんだけど、ミュウとシーナ先生ってどういう関係なの? シーナ先生、ミュウのことずっと知ってたんだよね?」
「そうですね。私とこの子は、遠い親戚のようなものですから」
「え? そ、そうだったんですかっ!? それじゃあもしかしてシーナ先生も、ヴィオールの血筋……!?」
驚くクロエに、微笑みで応えるシーナ。
「現在のヴィオールとは少し離れてしまいましたが、私の家系にはずっと“ある言葉”が受け継がれてきておりまして……皆さんのおかげでようやく役目を果たせました。改めて感謝致します」
そうして頭を下げるシーナ。クロエやベアトリスは『ある言葉?』と疑問を浮かべていたが、レナだけはグッと親指を立ててリアクションを取り、シーナが口元を抑えて笑う。
「それではまたいずれ。今後も皆さんが我がリィンベルの誇りを背負ってくださること、心から願っています。良き夜をお過ごしください」
最後にそう告げて、シーナは学院から去っていった。
元学院長を見届けたレナたちはきびすを返す。
「じゃ、パーティーに戻ろっか。レナ、まだ食べたいものいっぱいあるし……ってあれ、ミュウは? ──あっもう先に戻ってる! ミュウ! カレー残しておいてよーっ!」
「ふふっ。ベアトリスさん、わたしたちも戻りましょう」
「ええ。そろそろ講師の皆さんもいらっしゃる頃合いでしょうから、ご挨拶を致しませんと。私も、メイド服を持参してまいりましたので」
「えっベアトリスさんも着るんですか!? ……ちょ、ちょっと見てみたいかも……!」
こうしてレナたちは、しばし姦しい時間を楽しむのだった。




