変わりゆく街と人々
レナたちが入院している間に、魔術都市ノルメルトは大きな変革を迎えた。
「──そっか。シーナ先生、本当に辞めちゃったんだ」
放課後のリィンベル魔術学院。
担任のエイミから諸々の事情を聴いたレナが、日の差す廊下を制服姿で歩きながらそうつぶやく。この学院にもう学院長シーナの姿はなくなっていた。
「えっと、ベアトリスさんのお父様も、本当に市長を辞めてしまったんです、よね? ノルメルトは大丈夫……なんでしょうか」
隣のクロエが少々不安げに言い漏らした。既に眼帯は外されて両目は自由を取り戻しており、その前髪は少し短くなっている。
以前に病院でシーナが語ったとおり、彼女がリィンベル魔術学院を代表して正式に今回の件と事実を公にしたことで街は騒然。真実を隠していた街と学院に抗議する人々は多く、危険な街を離れようと決意する者たちも少なくはなかった。
そこでヴィオールを筆頭とする街の為政者たちが学院側に付き、街の人々へ危険は去ったと丁寧な説明を続けながら理解を求めるよう熱心に訴えた。
さらにはシーナが宣言通りに学院長の肩書きを返上。また、ヴィオール家現当主でありこの街で最も強い権力を持つベアトリスの父親が責任を取る形でトップから退くことで事態はようやく落ち着きを見せ始めていた。
そんな中、つい先日全員揃って無事に退院を済ませたレナたちもようやくこの学院へと戻ってこられたのである。
ベアトリスが神妙な表情で答えた。
「皆を説得するため、何よりも新たな街作りを始めるためにはやむなし、といったところなのでしょう。お父様もそうでしたが……特に学院長先生の決意は固く、子供を巻き込んでしまったという自責の念が大きかったようですわね」
「レナたちが自分で行きたいって言ったのに。オトナっていろいろ難しいね。ねぇ、ミュウもそう思わな……って聞いてないや」
足を止めるレナ。ミュウはいつの間にか立ち止まって廊下の窓から外をぼーっと見つめていた。相変わらず自由な彼女にクロエとベアトリスがくすっと笑う。
「──あ、そうだベア。レベッカはどんな感じ? レナは退院してから一度も会えてないし」
レナがそう尋ねると、ベアトリスはしっかりうなずいて返事をする。
「しばらくは停学処分期間となりますが、退院後も元気にしておりますよ。学院長との約束もしっかり守っておられます。少し見に行かれますか?」
そう言うベアトリスに、レナとクロエは顔を見合わせてからそれぞれ笑顔でうなずいた。
ミュウだけはお腹を鳴らしながらさっさと寮へ帰ってしまったが、レナたちは学院を出た後で学区から居住区へと徒歩移動。
石畳の街を多くの人が行き交う中で、リィンベルの制服を着た数名の女子生徒たちが頭巾やエプロンを纏って清掃活動に精を出していた。
たまに街の人々が声を掛け、赤髪の少女がそれに頭を下げる。中には攻撃的な視線を向ける者たちや、ゴミをあえて投げ捨てていくような者までいたが、彼女たちはそこから逃げることはなかった。ただ、せっせと仕事を続けている。
彼女たちの邪魔をしないよう、レナたちはあえて離れたところから見守る。
「レベッカさん……変わりましたね」
感動したようなクロエのつぶやきに、小さくうなずくレナたち。
目の前で懸命に清掃を行う赤髪の少女──レベッカの犯した罪は重く、本来であれば停学処分や清掃活動程度で償えるようなものではない。子供であろうとも自由を得られる身ではないはずだった。そのことはきっと、レベッカ自身が誰より解っている。
そこでベアトリスが鞄から頭巾とエプロンを取り出し、いそいそと身につけ始める。
「さて、それでは私もお仕事をして参ります。彼女たちだけでは早々に陽も暮れてしまいそうですから」
「うん。ベアも頑張って。あ、サボったらお姉様のゲンコツねって伝えておいてね」
「ベアトリスさん、レベッカさんのことお願いしますねっ」
「ふふ、承知致しました。それではまた」
笑顔で答え、ベアトリスはレベッカたちの元へ駆け寄る。そこでようやくレナたちの存在に気付いたらしいレベッカが、見られて気恥ずかしいのか目をそらした。
レナとクロエが小さく笑い出し、また二人で歩き出す。
「それじゃあクロエ、また明日ね。レナ、ママとパパのお見送り行くから」
「あ、そうですよね。フィオナ様たち、今日帰ってしまうんですよね」
と、思い出したようにつぶやくクロエ。レナを心配して駆けつけた彼女の両親は、レナの退院まではとノルメルトに滞在していたのだった。
「……あ、あのっ、レナさん!」
クロエはキュッと両手を握り締め、ちょっとばかり前のめりに言った。
「お見送り、わたしも一緒に行っちゃダメですかっ?」
「え?」
クロエの勢いにちょっと驚くレナ。しかし断るような理由も特にはなかった。
「別にいいけど。じゃ一緒に行こっか」
「はいっ!」
嬉しそうに顔を綻ばせるクロエ。
こうしてレナとクロエは、二人で飛行艇の発着場へと向かった。
そうして始まる両親と娘のお別れシーンは、やはりどうしても目立つものになってしまった。
「レナちゃん本当にもう大丈夫? 怪我とか痛いところない? わたしたちを安心させるために無理とかしてないっ?」
「してないよ。元気いっぱい。もう大丈夫。これ毎日言ってるよね?」
呆れたように答えるレナだが、彼女の母親は毎日訊くたび心配そうにソワソワしている。
「本当? で、でもしばらく通院は続けるんだよね? もしも辛かったらもっとずっと一緒にいるよっ! あっそうだレナちゃんの留学が終わるまでクレスさんとこっちに住んじゃえば」
「ダメ。ママとパパにはお店があるでしょ。それにあの子たちをいつまで保育士さんたちに任せるつもり? ちゃんと二人で育てなきゃダメだよ」
「うう……そ、そうだよね。早く帰らないとダメだって、わかってるんだけど……」
「む、そうだフィオナ。それなら俺だけが先に戻っておくという手はどうだろう?」
「わぁクレスさんさすがです天才ですっ! それならわたしはレナちゃんと一緒にここに残って──」
「だからダメ! 一人で頑張らないと留学しにきた意味ないの! パパはママを甘やかさない! クレスは甘やかされる方でしょ!」
義娘にぷりぷりと怒られてしまい、『ご、ごめんなさい……』と揃って謝る夫婦。その様子に周囲からくすくすと笑い声が漏れていた。その中にはすぐそばで見守るクロエの笑みも混じっている。
レナは両腰に手を当てて、ため息をついてから話す。
「はぁ。ていうかレナだってもうすぐ一学期終わったら帰るんだから。二人は心配せずにあっちに戻ってて」
というレナの何気ない発言に、背後のクロエが「え?」と小さなつぶやきを漏らした。
「あ、そ、そうだよねっ! うう、それじゃあ寂しいけどお家で待ってるからね! 元気に帰ってきてね! 何かあったらまたすぐ来るから連絡してね!」
「うんうん。わかったからじゃあね。ほら係員の人が早く乗ってって言ってるよ」
「あっうん! それじゃあ最後にもう一回だけギュッてさせてねっ。ギュ~~~♪」
搭乗口前でフィオナから愛情一杯のハグを受けるレナ。そこにクレスも混ざってきて、レナはもう諦めたようにされるがままになった。
やがてレナは──そんな両親の背中にそっと手を回した。
「貰った髪飾り、ごめんなさい」
「うぅん。ちゃんとレナちゃんのことを守ってくれたんだよね? それならよかった」
「ああ。想いはそれだけで力になる。モノが消えようとレナの中にはすべて残っているはずだ」
「……うん」
抱擁を終えた家族はまた離ればなれになり、レナの両親は飛行艇に乗り込む。
離陸した飛行艇は、ゆっくりと高く青い大空へ昇っていく。そしてノルメルトの空から離れていく様を、レナとクロエはしばらくその場で見送った。
クロエが空を見つめながら、笑顔でつぶやく。
「フィオナ様とクレス様には今回初めてお会いしましたけれど……やっぱり、素敵なご両親ですね」
「うん。でも家だともっとすごいよ」
「あはは……ちょ、ちょっとイメージは変わったかもですけど、それだけ愛情深いということですし、やっぱり素敵です!」
そんなクロエに、レナは晴れ晴れとした顔で言う。
「一緒に来てくれてありがと。じゃ帰ろっか」
「あ、は、はいっ。……あの、レナさん」
「なに?」
「えっと……さっき……」
クロエは少し言いづらそうに言葉を探し、そしてパッと笑顔になった。
「な、なんでもないですっ! それよりもうすぐ一学期最後のテストですよねっ! レナさんだったら、きっと本当に一番になれますよねっ!」
「あ、うん。そのつもり。一番になるって約束しちゃったから、できないとカッコ悪いもんね。けど、前より楽じゃなさそうだから頑張らなきゃ」
「え?」
「クロエもベアもすごく成長してるから。レナも負けない」
「レナさん……」
「だから勝負だよ。クロエも、もう誰にも遠慮しないで全力出してね。じゃないと友達として怒るから」
真っ直ぐな瞳でそう宣言するレナを見て、クロエの瞳にも強い感情が宿った。
「……はい! わたしだって、立派な魔術師になりたいですから!」
「うん。じゃあスイーツでも食べて帰ろ。ほら、前にクロエが気になるって言ってたお店」
「え? い、いいんですか? レナさんだったら、帰って魔術の勉強か訓練かなと思ったんですが……」
「だってレナたちはまだ療養してないといけないし。今は美味しいもの食べて元気になるための時間でしょ?」
そう言って、クロエの手を握るレナ。
「──そうですねっ。行きましょう!」
クロエは先ほどよりも明るく、本当の笑みを浮かべてレナの手を握り返した。




