“責任”
それからすぐにやってきた医者によってレナのメディカルチェックが行われ、クロエたちと同様に大きな問題はないが絶対安静だと強く念を押された。
全員長時間眠っていたこともあり、いきなりしっかりめの食事を取ることは推奨されなかったため、 皆でアイミーといった果実など、まずは食べやすく消化の良い朝食をとりながら話をする。
「よ、よかったですねレナさん。はぁ……本当によかったぁ……」
「ふふ。なんだか診察を受けたレナさん自身よりも、クロエさんの方が安心なさっていますわね」
「そ、そうですか? で、でもそれは、だって、た、大切な親友、なので……」
と、徐々に声が小さくなっていくクロエ。
和やかな空気に包まれていた病室に、コンコンとノックの音が響く。
レナたちの視線がそちらへ移ると、既に開いていた病室の扉の代わりに壁を叩いていた人物──リィンベル学院長シーナの姿があった。
「あ、シーナ先生」
「おはようございます。留学生のお嬢さんも無事に目覚められたとのことで、何よりです」
そう言って病室へと入ってくるシーナ。クロエやベアトリス、レベッカさえも頭を下げたため、レナも習って同じようにする。ミュウだけは我関せずともぐもぐ継続である。
シーナは見舞いの手土産であるという菓子折──自慢のバナナを使ったお菓子やジュースなどを棚へ置いてから、レナのベッド横にある椅子に膝を揃えて腰掛け、穏やかな表情で言う。
「お嬢さん、具合はいかがですか?」
「まだちょっと頭がぼーっとする感じです。全身はなんかピキピキするけど……でも平気です。お医者さんも大人しくしてれば大丈夫だって」
そんなレナの返事に、シーナは安堵したように「そうですか」と微笑んだ。
「それでは皆さんの無事を確認出来ましたところで……ご負担にならない程度に、少々お話などよいでしょうか? お伝えしたいこともありまして」
「はい。みんなもいいよね?」
レナが一応皆への了承をとる。クロエたちはすぐにうなずいてくれた。
「ありがとうございます。皆さんが無事で本当に……」
シーナは目を瞑って静かに深く呼吸をし、それから目を開いてレナたち全員の顔を見つめて言った。
「まずは、改めましてお礼を。このリィンベル魔術学院の──ひいてはノルメルトの、この国に生きる皆の未来を守ってくださったこと、誠にありがとうございます」
そうして深く頭を下げるシーナ。レナたちはどう反応していいものかと、皆で顔を見合わせているしかなかった。
頭を上げたシーナは、柔らかく笑いかけて話す。
「どうか誇ってください。このノルメルトが抱える負の遺産を、歴史を払拭するなど、どれほど優秀な魔術師や研究者であろうと出来なかったことです。皆さんの功績は、必ず後世に語り継がれるべきもの。それほどの奇跡を成したのです」
学院長からの言葉で自分たちのしたことを自覚し始めたのか、レナたちの瞳に明るい光が宿る。
そこでベアトリスが手を挙げる。
「学院長先生。古代リィンベルのことは……」
「はい。お伝えしたいのはそのことについてです。今回の件はヴィオールやフランベルグといった名家だけに収まらず、一般の生徒たちまで危険が及んだ事で既にリィンベル学院内部、そしてノルメルトの街中にまでも噂が広まっています。もはや隠し通せるものではなくなりました。……いえ、元より隠しておくべきではなかったのかもしれません」
そう自嘲気味に言って、シーナは神妙な顔つきで続ける。
「そのため我が学院としては、古代都市リィンベルの存在とその歴史、そして今回の件を近いうちにすべて公表するつもりです」
『!』
シーナの発言に、レナたちは大きく驚くことになった。
「学院長先生! し、しかしそれでは先生たちが──!」
「よいのです、ヴィオールさん。古代リィンベルの上に成り立っていたこの街の平和と歴史は、ここに住む皆が正しく識らなければならないもの。その上でどうするのかを、皆で決めていかねばならないもの。どれほど恐ろしい真実だとしても、受け入れて未来へ進む。それが本来の正しい姿のはずです。そうは思いませんか?」
「学院長先生……」
不安げなベアトリスに、シーナは優しく微笑みかける。
「今後、我々リィンベルの魔術師を筆頭に古代リィンベルへの調査隊を結成することになっています。本格的に調査が進めば、いつかあの街を取り戻すことが可能かもしれません。ヴィオール家ご当主にも、既にご了承をいただきました」
「調査隊……そうですか、お父様が……」
「そのときには是非、皆さんにも情報という形でご助力を願えればと思います。もちろん今度は我々が立ち向かう番ですから、ご心配は要らないですよ」
皆の心情を察したのであろうシーナの発言に、クロエがわかりやすくホッとした顔をして皆が思わず笑い出す。
「我々が過去と向き合うきっかけをくださったのは、皆さんなのです。古き脅威が消え去った今だからこそ、我々はようやく前に進めます。ですから皆さん……ありがとうございました」
シーナの言葉に込められた想いは、しかしレナたち幼き少女が受け取るにはあまりに重たいものだった。
さらにシーナは、申し訳なさそうに話す。
「続けて、謝罪を。皆さんは、本来そのような役目を背負わせてはならない我が学院の何よりも大事な生徒です。今回は想定外のトラブルがあったとはいえ、制止する力と権限を持ちながら即座にそれを行使しなかったことは私の責任。もしも皆さんが命を落としていれば……到底償えるものではなく、お詫びのしようもありません」
「え。でもシーナ先生はレナたちを信じて行かせてくれたから。そのおかげでみんな助かったんだし」
「そ、そうですよシーナ先生っ。わたしたちはみんな無事に帰ってこられたので、それで──」
レナとクロエが口を挟むも、シーナは静かに首を横に振る。
「結果論に過ぎません。学院長としては、確実な犠牲を払ってもあのとき皆さんを止めなければならなかったのです。それが出来なかったのは、ひとえに私の未熟さ。そのせいで、皆さんの身体と心に深く大きな傷を与えてしまいました。教職としてありえないことです。すべては学院長たる私の責任。すべてを発表した後で私は学院を去ることになりましょうが……今は心より、謝罪を申し上げます」
そう言って、シーナはさらに深々と頭を下げた。レナたちはさらにどうしていいものかと動揺する他ない。
「待ってください。責任というなら──私にあります」
そこで重たい口を開いたのは──レベッカだった。
シーナが頭を上げ、皆の視線がベッド上のレベッカへと向く。
レベッカは真っ直ぐにシーナの方を見つめて言う。
「フランベルグの娘という立場を、ヴィオールに近い者の立場を利用して、至宝『星天鏡』の鍵を盗んだのは私です。その鍵で禁忌を破り、ベアたちをあの地獄へ送ったのも私。裁かれるべきなのは私だけです。到底許されることではありませんが、その“責任”は私だけが負うべきものです」
「レベッカさん……」
隣のベッドで不安に見つめるベアトリス。
レベッカはベアトリスの方を一瞥した後、再びシーナの方を向いた。
「私みたいなバカ一人で到底償いきれるものじゃないですけれど、でも、そうするべきです。両親にはすべて話します。リィンベルも辞めます。それにどれくらいの意味があるかもわからないですけど…………ハハッ、その後もどうしていいのかわかんないや。アタシってやっぱバカだったんだな」
「レベッカさん! 学院を……っ!?」
「何? 当たり前でしょ? てゆーか、もう捕まった後は一生外に出られないかもね。ま、アタシにはそんくらいがお似合いか」
話の内容とは裏腹に、どこか晴れ晴れとした顔をしているレベッカ。レナとクロエは困惑から何も言えずにいた。
すると、ベアトリスが眉尻を上げて意を決したように自らの胸を叩いた。
「ならばその責任、私も共に背負わせていただきます」
「……はぁっ!?」
突然の発言に、レベッカがすっとんきょうな声を上げた。




