聖なる星の魔力
「……なるほど、どうやらよほど怒らせてしまったらしい。謝罪の機会があればいいが」
のけぞっていた体勢から、ぐるんっと頭を前に持ってくるパトリック。レナの一撃によって崩壊していた顔はすぐに元通りに修復され、パトリックはどこか嬉しそうに笑った。
レナたちの優位は崩れない。
それでも。
「くっくっく……」
身体が消し飛ぶほど、燃えさかるほど、崩れるほどの攻撃をどれほど受けても。
パトリックの余裕は消えない。
一方で、一心不乱に攻め続けるレナたちの方が鬼気迫る苦しい顔つきをしていた。
どれほどの攻撃力を持ってしても、パトリックの《魔力生命体》は超回復を果たして復活する。彼の魔力が完全に尽きればその限りではないだろうが、その前にレナたちが限界を迎えることは明らかだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……うあああああっ!」
「ふぅ、ふぅ、くっ……はあああああっ!」
レナたちの息が上がる。
人間の身では、常に全力を出し続けることは出来ない。追い詰められ、100%を越えた力に到達することが出来ても、その力の上限を出し続けて戦うことは不可能だ。
レナの、ベアトリスの動きは次第に鈍る。クロエのサポートを、ミュウの回復を受けても、少しずつ行動に隙が生まれ、精彩を欠いていく。
レナたちは最初から解っている。
決め手がないこと。
パトリックを相手に有利をとれたところで、《魔力生命体》をどうにか出来なければ勝つことは出来ない。
そして何よりも──時間がない。
「……美しい」
そうつぶやくのはパトリック。
彼の瞳からは、涙が流れていた。
「負けない、負けない、負けない! レナたちは絶対負けないんだっ!!」
「そう! 私たちは勝つ! 明日を迎えるために!」
「諦めたりなんてしません! みんなで帰るんですっ!」
レナたちは、絶対に諦めない。
勝機が見えずとも、この戦いを諦めない。
必ずどこかでチャンスが生まれる。
そう信じて、それぞれの力を信じ合って、未来を掴み取るために懸命に運命に抗い、己を鼓舞して戦う。そんなレナたちの生命力と強い意志こそがパトリックの心を震わせた。
「これほどの感動は……リィンベルのあらゆる戯曲にもあるまい」
防戦一方。そう思わせるほどにまったく手を出さずにいたパトリックは──ようやく攻撃へ手を移す。
「ぐぅっ!」
痛みに顔を歪ませるのはベアトリス。
パトリックの竜がその首を伸ばし、ほんのわずかな隙をついてベアトリスの足先を噛み砕いた。
「ベアトリスさんっ! すぐに治し──」
クロエが即座にベアトリスの時間のみをわずかに戻し、回復させようとする。
しかし──そこでクロエの瞳から血の涙が伝った。
「……え?」
がくん、と膝をついてしまうクロエ。
時の魔術は、あらゆる魔術を超越する絶対的な力を秘める。パトリックですら、覚醒したクロエを相手にすれば何もすることが出来なくなる。
ただし、クロエが人である限り限界はくる。
「劇とは……いずれ終わるものだ」
パトリックは涙を流したまま、巨大化した竜を操り、その竜腕をクロエへと伸ばした。
「──!! クロエっ!!」
すぐに気付いたレナがクロエの元へ走る。
パトリックの竜腕は、勢いよくクロエへと迫った。
立ち上がることが出来ないクロエは──その目を見開いて叫んだ。
「レナさんダメっ!! 狙いはレナさんです!!」
その言葉にハッと振り返るレナ。
避ける間もなく振り下ろされたのは、レナの小さな身体を覆い尽くせるほどに太く逞しい竜の尾。
「──あうっ!?」
鞭のようにしなった筋肉質の尾で地面へと叩きつけられたレナは、何度か弾むほどの衝撃を受けてクロエたちの元へ転がる。
「……ぐ、うぅ……!」
視界がくらくらと歪むほどのダメージに、レナは起き上がることが出来ない。
「レナさん!!」「レナさんっ!!」
叫ぶクロエとベアトリスの一瞬の動揺を見逃さず、もう一人のパトリックが背後から竜の鉤爪で二人を襲った。冷静を保っていたミュウが二人を庇ったものの植物ごと斬り裂かれ、三人とも倒れ伏す。そのままもう一人のパトリックが操る竜の両腕と尾によって、クロエ、ベアトリス、ミュウはがっちりと拘束、締め上げられていく。
「君たちは本当に素晴らしい子供たちだ。だが、ゆえに行動が読みやすい。経験が足りないのだ」
一歩、一歩とゆっくり歩み寄ってくるパトリック。
必死に起き上がろうとするレナであったが、もう一人のパトリックの竜がその大口でレナに噛みついた。
「うあああっ……!!」
苦しい声を上げるレナ。
レナに噛みついたままの竜の口腔が、闇色のエネルギーで光り始める。
「肉体が完全に消滅した後でも、時の魔術でなら蘇生を果たすことは可能なのか? ──興味深い、試してみるとしよう。君たちも見ていたまえ」
「やめ……やめて…………やめてぇっ!!」
瞳に涙を浮かべるクロエは、ベアトリスは、必死で叫んだ。それでも皆、竜の拘束から逃れることが出来ない。
レナは。
「……あきらめ、ない……」
まだ焦点の定まらない目で、それでもパトリックを見据えていた。
「レナは……ぜったい……! あきらめ、ない──っ!!」
声は震え、レナの瞳には涙がにじむ。
「素晴らしい……」
パトリックは心底感心したような顔でそうつぶやき、そしてもう一人の自分と容赦のない判断を共有する。
コピー体のパトリックが操る竜は、溢れんばかりの魔力を口腔へ集中。
「レナさん……レナさぁぁぁぁんっ!!」
クロエの悲鳴と共に、間違いようもなくレナの命を奪うための一撃が放たれた──次の瞬間。
レナの星形の髪飾りが、白く発光して辺りを包んだ。
「──っ!?」
予想しない展開だったのか、パトリックの本体が目をくらませながら注視する。
そして、パトリックは衝撃の事実に目を見開くことになった。
「……な、に…………!?」
もう一人のパトリックが倒れ──その肉体は崩壊していた。
「…………え?」
と困惑するレナは、目の前に落ちていた星の髪飾りに手を伸ばす。それは、今も聖なる光を発し続けている。
コピー体のパトリックだけではない。彼が操っていた竜──《竜焔気》も、魔力の粒子と化して崩壊していた。そのためレナやクロエたちの身体も既に解放されている。
「い、いったい、なにが……!?」
呆然とつぶやくベアトリス。クロエもミュウも同様であった。
倒れたもう一人のパトリックは──もう、起き上がることはなかった。残った半身も魔力の粒子に──自然に還り溶けていく。
「私の《魔力生命体》が……回復、しない……? これは……!」
パトリックは、初めて“真の動揺”を見せた。
レナの髪飾りから放たれる神々しい光は、絶えることなく彼女たちを導く。
「馬鹿な……馬鹿な……ありえん!! これは……聖なる魔力! セントマリアの聖女だけが持つ、星の魔力……!!」
『!!!』
クロエ、ベアトリス、ミュウたちもそれぞれに大きな衝撃を受ける。
レナは。
『──ソフィアちゃんみたいな力はないけど……レナちゃんの無事を祈って、みんなで想いを込めたんだよ。きっと、レナちゃんのことを守ってくれるからね。うぅん、絶対!』
『──ああ。たとえ離れていても、俺たちはすぐそばでレナのことを見守っている』
涙で顔を濡らしながら、理解した。
「フィオナママ……クレスパパ……みんな……!」
──守ってくれている。
──みんなが力を貸してくれている!




