真実
──これこそが、レナたちの本当の作戦。
その狙いに気付かれぬよう、あえて魔力の枯渇を狙った策だと認識させ、囮とし、真の目的を隠した。
レナの本気の一撃がどれほどの効果を発揮するかは賭けであったが、その賭けはレナたちの想定した以上の結果をもたらした。
『…………くく……くっくっくっく!』
パトリックは、ゆっくりと上半身を起こしてレナたちの方を見た。
『なるほど……初めから私ではなく、あの娘を取り込んだ《竜焔気》のみを狙っていたというわけか……』
彼の視線は、ミュウ、ベアトリス、クロエ、レナへと順番に向けられる。
『強力な結界術……私の攻撃に耐えられる囮役……時を止める妙技……。そして姿と魔力を隠して接近し、私の竜を屠る力……魔族の血によるものか。くっくっく。素晴らしい……人は手を取り合えばより大きな力を生み出せる。君たちを子供だと、どこかで過小評価していたようだ。子の成長とは実に早い』
興奮と感動を映すパトリックの瞳に底知れぬものを感じながらも、レナたちは次の行動を始めていた。
一度全員で視線を合わせ、うなずき合う。
レナの腕に再び闇のリングが一つ、二つと発生し、クロエは懐中時計を握って、ベアトリスは《竜焔気》の竜腕でレベッカを抱えた。
既に目的は達成した。これ以上この場に留まる必要はない。
「皆さん!!」
ベアトリスの掛け声で、レナたちは一斉に動き出す。
ミュウが植物による結界を解くと、外に溢れていた不死者たちが襲いかかってきた。
「邪魔だああああああああっ!!」
レナの魔拳が不死者たちをまとめて吹き飛ばし、豪快に道を切り開く。レナの後をクロエとベアトリスが追い、最後尾のミュウは魔力による植物を使って側部から近づく不死者たちを弾き飛ばしながら皆を守った。
「すごいです……! レナさんの魔力が、さらに大きく……!」
「不死者たちへの攻撃で魔力を吸収しているのですわね。まったく頼もしい力ですわ!」
「ごーごー」
そのまま地下研究所内を抜けだそうと突き進むレナたちの前に、しかしいつの間にか立ち上がっていたパトリックが素早い動きで立ちはだかる。その背後には再びオーラの竜が顕現していた。
「くっ、もう回復を……! レナさん!」
「任せて!! 止まらず行くっ!!」
レナの腕で闇のリングが四つ回転し、急速に魔力が集まる。脚を止めないレナは、その勢いのまま右拳を突き出した。
「4連!! 2発目っ!!」
放たれた闇の衝撃はパトリックの竜による防御を突き崩し、激しい爆発でもってパトリックの幽体ごと壁際まで押しのけた。
さらに威力を増すその攻撃にか、パトリックは己の腕を見下ろして驚愕する。幽体である彼の片腕が、吹き飛んでいた。
『素晴らしい……その力、魔術、研究し甲斐がある……!』
「みんな行って!!」
レナは後ろのクロエたちを先に行かせ、仲間がくぐった扉の前でパトリックと対峙する。彼の背後には数え切れないほどのリィンベルの亡霊が押し寄せていた。
「レナさん!? 一人で何を!」
「いいから行って!! 今のレナなら……イケると思う!!」
クロエたちは驚き、しかし脚を止めることなく走った。
レナの独断は作戦外の行動であった。しかし、クロエたちを確実に逃がすためレナは必要と判断した。
レナは右と左の拳を胸の前で突き合わせる。
両腕に闇のリングが一つ、二つ、三つ、四つずつ顕現する。計八つのリングは空気を振るわせ、地を揺らすほどの強大な魔力の振動を起こした。それに呼応するように、パトリックの纏うオーラが色濃くなっていく。
『その魔力量……実践での著しい成長……ああ素晴らしい! 本当に面白い子だ! その力、存分に見せてくれたまえ!』
「言われなくとも、そのつもりっ!!」
膨れあがった両の竜腕でレナを襲うパトリック。
レナはその竜腕を右手で一発、左手で一発ずつ殴りつけた。すると闇のリングが四つずつそれぞれの竜腕へと移動し、魔力爆発を起こして破壊する。
両腕を失ったパトリックの竜は叫ぶように口を開き、続けざまにその巨大な口腔から魔力エネルギーを放出。レナの全身を融かし尽くそうとする熱が吹き荒れる。
だがその炎熱の中で、レナは両腕で身体をガードしながら立っていた。
「──さっき見たときに思ったんだよね。これも魔力のエネルギーなら、ドレインして利用できそうって!」
ハッと目を見開くパトリック。
目映いブレスに包まれる中、レナの頭に魔族の角が現れ、背中には黒き翼、臀部で尾が揺れ、その瞳は血のように朱く光る。魔族の力を濃く発現したレナの全身を強い魔力が覆っていた。
そして両腕には再び四つずつの闇のリングが輝く。その身から放たれる魔力の波動は先ほどの比ではなかった。
そんなレナの姿を見つめるパトリックの瞳は、まるで欲しいおもちゃを目の前にした子供のように輝いていた。
「子供だって……やるときはやるんだよ!!」
レナがブレス攻撃そのものを左手で殴りつけると、空気の破裂するような衝撃音が響き、四つの闇のリングがブレスを通じてパトリックの竜体へ移動。それぞれが連鎖敵に爆発を起こしてすべてを吹き飛ばした。
さらに《竜焔気》を失ったパトリック目掛けて、レナは残った右手にすべての力を込める。
「レナの全部をあなたにあげるっ!! これで──終わりだああああぁぁぁっ!!」
レナの右手がパトリックの胸元へ到達する。
瞬間、闇のリングが続けざまの大爆発でパトリックを、不死者たちを、室内を燃やし尽くす業火を巻き起こした。
『──く、くっく──────すば──────ら────────!!』
呼吸さえ出来ぬ業火の中で、笑うパトリックの身体はボロボロと崩れ落ちていった──。
「──はっ、はっ……レナさん……レナさん……っ!」
先頭で研究所内を走るクロエが、何度も後ろを振り返りながら涙を堪えて走る。クロエたちが想定しなかったレナの行動に、少なからずの動揺があった。
「クロエさん、今は、レナさんを信じて進みましょう」
「ベアトリス、さんっ、でもっ」
「彼は今の私たちが敵う相手ではありません。しかし、意識的に魔力ドレインの行える今のレナさんは、全身を魔力で形作る彼にとってまさに天敵! レナさんも、先ほどの一撃でそのことを理解したはず。だからこそ一人残ったのでしょう」
その言葉に、ミュウも「へーき。すすむ」とクロエを促す。
「レナさんならば必ず戻ってきます! だから進みましょう!」
「でも……でもっ……」
それでもなお、クロエは後ろ髪を引かれ続けていた。
その直後──研究所内の最奥で凄まじい爆発音が響く。
「! レナさんっ!!」
その轟音に、クロエは足を止めてしまう。爆発はさらに何度も続き、研究所内がぐらぐらと揺れて天井や壁の一部が崩れ落ちた。
「クロエさん!」
ベアトリス、ミュウも少し先で足を止める。
「研究所を抜けるまであと少しです! チャンスは今しかありません! ここで止まればレナさんのお気持ちが……!」
そう言うベアトリスの表情もまた、苦しげなものであった。
今は進むべきときだ。
そんなことをわかっていても、しかしクロエはどうしても進めなかった。
大切な友達を信じる気持ちと、大切な友達を失ってしまう恐怖が、心の中で拮抗する。
ほんの少し。
ほんのわずかでいい。友達を待つための時間が欲しかった。
クロエが懐中時計をギュッと握りしめたそのとき──
研究所の奥から──一人の小さなシルエットが浮かんだ。
こちらに向かって走るその影が何者かわかったとき、クロエは目を輝かせる。
「レナさんっ!!」
煤けた顔のレナが、ニッと笑って親指を立てた。その姿は、いまだ魔族モードのままであった。
無事にレナとの合流を果たし、クロエたちは再び走り出す。
「レナさん! もう! もう! ばか! びっくりしたじゃないですか!!」
「ごめんクロエ! でもイケそうって思ったの! 実際イケた! アイツぶっ倒してきたから! パパ倒しちゃってミュウもごめん!」
「ええ!? あ、あの人をですかっ!?」
「まさか、魔力生命体の敵を打ち倒すとは……フフ、アハハハ! やはりレナさんはとんでもない方ですわ!」
「ほ、本当ですよぉ! とんでもなさすぎます!」
「でも魔力全然なくなっちゃった! 急いで帰ろ! 不死者たちはまだ追ってきてるから!」
レナたちの後ろには、まだ不死身の亡霊たちが迫ってきている。
しかし、研究所の入り口であり出口はもう目の前だった。
パトリックもいない今、ここさえ抜ければリィンベルの脱出は叶う。
「出口です! 行きましょう!!」
先頭のクロエが指を差す。
そして開いたままの扉を抜けようとしたそのとき──
「きゃあっ!?」
クロエの身体は、見えない扉に衝突でもしたかのように弾き返された。
「クロエ!?」「クロエさんっ!」
レナがその身体を支える。ベアトリスはその手で扉の方に手を伸ばし、察したように目を見開いた。
「これは、まさか……!」
「けっかい」
断定したのは、ミュウだった。
「けっかい。いきてる」
その発言に、レナたちは大きく動揺する。
「で、でもレナさっき見たよっ! あの人の身体、間違いなくボロボロに崩れて──!」
ここで、レナの言葉は止まった。
「──くっくっく」
レナたちは全員──愕然とする他なかった。
目の前に。
今まさに脱出しようとした入り口の外から、その男は姿を現した。
「結界を使えるのは君たちだけではないのだよ。──いや、その驚きようはまた別か」
汚れの一つもない白衣を纏い、パトリックは悠々と笑った。




