想いを一つに
──“もう一つの作戦”。
それはミュウの見つけた温泉で、レナたちがひとときの休息を得た後のこと。
全員で湯から上がったときに、クロエが不安げな顔をしていた。
『──…………』
『……クロエさん? いかがなさいました?』
『あっ、す、すみませんっ。えっと……その、少し心配、で……』
『心配って?』
ミュウが持ってきた巨大な植物の葉で身体を拭き(しかも保湿にいいらしい)、制服に着替えていたレナたち。そこでクロエがぽつりとそう不安を吐露した。
『先ほどの作戦のこと……です。魔力の枯渇を狙うのはいいと思うんですが……どれくらい魔力を使わせればいいのかもわかりませんし、も、もしわたしたち全員の魔力が先に尽きてしまったら、って……。あ、ご、ごめんなさい! 不安になるようなことを言ってしまって!』
わたわたと謝るクロエに、ベアトリスは神妙な顔つきで答える。
『……いえ、クロエさんの不安は当然ですわ。私たちの作戦は危険な、それも分の悪い賭けであることに間違いはありません』
『言われてみればそうかもだけど……でも、他に作戦なんてあるの?』
『正直にお答えして、どうしようもありません。ですからもしも作戦が上手くいなければ……そのときは、諦める他ありません。私たちだけで、ノルメルトへ戻ります』
ベアトリスが何を諦めようとしているのか。そしてどんな思いでその言葉を口にしたのかよくわかっているのだろう。レナとクロエに是非はなかった。
そこで、ミュウがぼそりとつぶやく。
『──りゅう』
その一言に、レナたちが『え?』と彼女を見る。
ミュウは、自身の魔力で生み出した植物を使って大きな竜のようなものを形作る。まるでベアトリスやパトリックの《竜焔気》の真似事をするように。
『たたく』
ちょいちょい、と明らかにレナを手招きするまだ素っ裸のミュウ。そして植物の竜に向けてヘロヘロなパンチのモーションをした。
『レナに殴ってって言ってるの?』
こくんとミュウはうなずいた。
『まりょく。たたく。ぶーん』
よく意味のわからないレナであったが、とりあえず着替えをストップし、拳に軽く魔力を集めてミュウの竜をぺちんと叩いてみた。
するとミュウの竜はしゅるしゅるとほどけて普通の植物状態に戻り、そのままミュウの背後に消えていった。
今のやりとりに何の意味があったのか。
レナたちが顔を見合わせてポカンとする中、ミュウがレナを指さした。
『ふえる』
『え?』
『たたく。ふえる。すいとる』
ミュウのつぶやきに、真っ先に大きな反応を見せたのはベアトリスだった。
『……!! なるほど……そういうことだったのですねミュウさんっ!』
『え? な、なになに? どういうこと?』
突然テンションの上がったベアトリスに、レナはさらに困惑する。
ベアトリスは希望に溢れた瞳でレナを見た。
『今、ミュウさんの植物を叩いたことでレナさんの魔力はかすかに増大しました。私と戦ったときもそうだったのです! あのとき私は、消耗していく自分とは裏腹にパワーを増すレナさんの魔術に恐怖しました。レナさんの魔拳は──戦う中でその威力を増す。それはおそらく、相手の魔力を吸収しているためではありませんか!?』
『……あ!』
ベアトリスの発言で、レナは思い出した。
己の中で『夢魔』と『吸血鬼』の血が混ざっていること。
そしてその二つの種族に共通する能力こそが、“対象の魔力を吸収できる”こと。
『そういえば前にモニカ先生とエステル先生も言ってた! レナ、無意識にそういうことしてるから、ちゃんとコントロール出来るようになればすごい力になるって!』
『ええーっ!? そ、そうだったんですか!? す、す、すごいですよレナさん! そんなことまで出来るなんて!』
『私がパトリックと戦っている最中に魔力を保てなくなったのも、その前にレナさんからドレインを受けていた影響があるのかもしれません。でなければ、あのように突然魔力切れを起こしたりはしないはずです』
『そっか、ごめんベア。でも、まだちゃんと意識してコントロールとか出来なかったし……そういうのもこっちで教わろうと思ってたから』
『謝る必要などありませんわ。レナさん。その能力はきっと私たちの希望に繋がる糸口となります。新たな作戦へ切り替えましょう!』
まだ着替え終わっていないにもかかわらず、その場で即座に思案しつつ新たな計画を練るベアトリス。レナとクロエは少し食い気味に話を聞く。
『ミュウさんに結界を張っていただき、不死者たちとの分断を狙う作戦はそのままで。パトリックの魔力を枯渇させることが目的であるかのように振る舞います。おそらく彼はすぐに気付くでしょう。いえ、それしかないともう解っているやもしれません』
『それって、さっき考えた作戦を囮にするってこと?』
『はい。そのまま最初に私が彼と戦います。私は負けるでしょう。そこで私が皆さんに『逃げろ』と宣言します。それが新たな作戦の合図です。クロエさん、迷わずに時の魔術を使ってパトリックの動きを止めてください』
『え? そ、そんなすぐに使ってしまっていいんですか?』
驚くクロエに、ベアトリスはこくんとうなずく。ベアトリスの確信めいた瞳を見て、クロエもまた大きくうなずいて応えた。
『レナは何をすればいいの?』
『レナさんは私たちの後ろに隠れておき、姿を消して彼の背後に接近しておいてください。そしてクロエさんが時を止めたタイミングで、持てる最大の一撃を』
『で、でもベアトリスさんっ。いくらレナさんの魔拳が強くても、ドレイン能力があっても、あの人には効果が──』
『はい。ですから彼の竜を──《竜焔気》そのものを叩くのです』
『!!』
ベアトリスの発言に、レナとクロエはびっくりして顔を見合わせる。
『私たちの勝利とは、彼を倒すことではなくレベッカさんを救出すること。そしてレベッカさんが捕らわれているのは彼の魔術そのもの。レナさんの全力を込めた一撃であれば……ドレイン能力を存分に発揮できれば、わずかな間でも《竜焔気》を破壊できるやもしれません。枯渇を狙うよりもずっと可能性は高い!』
あえて言い切ったベアトリス。その自信に満ちた表情を見てか、レナとクロエは息を呑んだ。
『今です』
ベアトリスは断言する。
『私たち今、ここで成長しなくてはなりません。重責を背負わせてしまうことになりますが……レナさん。私たちの希望を──貴女に託します』
ベアトリスがレナの手を取る。そして真っ直ぐな瞳でレナを見た。
『……わたし、自分のことは、まだ上手く信じてあげられないけど……。──でも! 友達のことなら信じられますっ!』
クロエもまた、そう言ってレナの手に自身の手を重ね、笑った。
『いける』
わずかにそうつぶやいて、ミュウも自分の手をレナの手に乗せた。
三人の意志。希望。未来。
すべてが、レナのその手に託された。
『ベア……クロエ……ミュウ……』
レナはしばし三人の顔を見つめた後、深く呼吸をし、逆の手でそっと頭の髪飾りに触れながら“魔法の呪文”を唱える。
『──『逃げるな、前を向け、魂を燃やせ』。──んっ!』
そして、ベアトリス、クロエ、ミュウたちの顔を見て言う。
『わかった! 絶対成功させる! それで、みんなで帰ろう!』
四人は手と手を取り合い、想いを一つに決意を固めたのだった。




