秘湯のガールズトーク
こうして、ミュウのおかげで魔力を回復することが出来たレナたち。ついでに腹も膨れて気分はずいぶんと上向いてきた。
レナが取り出した懐中時計を見ることなく、クロエが少々慌てながら言う。
「あ……残り時間、も、もう一刻を切ったところですよね。急がないと、です」
「あ、ホントだぴったり。すごいねクロエ、見なくてもわかるの?」
「え? えっと、感覚で……」
「クロエさんは時の魔術を扱う魔術師ですから。時間感覚は人より優れていらっしゃるのでしょう」
「そっか。じゃあもしこれが壊れても安心だね。それでベア、何か作戦とかある?」
「ええ。今考えられる唯一の策が。大変難しいでしょうが、皆で協力をすれば…………と、ミュ、ミュウさん?」
神妙な雰囲気の中ですっくと立ち上がったのは、口元や素手が果汁でべとべとになっていたミュウ。
無表情の彼女は話を聞くつもりなどないのか、またどこかへ歩き始めてしまった。
「ちょ、ちょっとミュウ待って。今協力しようって話……ってもうっ! 今度はどこ行くのっ!」
「ミュ、ミュウさ~ん! 待ってくださ~い!」
「……どこに行っても変わらないミュウさんのマイペースさは、時折羨ましくもなりますわね……」
仕方なく話を中断し、慌ててミュウを追いかけるレナたち。
「ねぇミュウ、だからどこ行くのっ? もうあんまり時間がないから、ちゃんと作戦立ててみんなでレベッカを──」
レナが隣でそう話しかけても、ミュウは何も答えることなくスタスタと歩き続ける。クロエやベアトリスも困惑する他なかったが、先ほどのこともあるため強引にミュウを止めることも出来ないでいた。
やがて果樹園を抜けたところで、ようやくミュウの足が止まる。
「──え? ここって……!」
驚愕の声を上げたのはレナ。クロエ、ベアトリスも同様の反応を見せた。
「こ、これって池……じゃない、ですよね?」
「え、ええ。この独特な香り……まさか……温泉?」
そう。
四人の目の前に広がるのは──湯けむりを上げる無色透明の天然温泉であった。
「ふーん、こんなところに温泉……あ、ちゃんと温かい」
屈んでお湯に手をつけてみるレナ。少々とろみのある手触りと温もりがあり、その手を鼻に近づけてみるとほのかに硫黄のような匂いがする。
「び、びっくりしました。まさか果樹園の隣に温泉があるなんて……」
「アイミーは温暖な地域での栽培が主ですし、ひょっとすると、ここの果樹園は地熱などを利用した栽培を行っていたのかもしれませんわね。この熱に透明度。どうやらまだ新鮮な湯が沸き出しているようです」
それぞれに観察を行うクロエとベアトリス。
レナが屈んだままでミュウの方に顔を向けた。
「ミュウ。もしかしなくても目的って……あ、やっぱり」
話し終える前に納得して言葉を止めるレナ。
軽快な衣擦れの音と共に、ミュウはスポポポーンとあっという間に生まれたままの姿になった。
「え、ええー!? ミュ、ミュミュミュウさん!?」
ぽぽぽっと顔を赤らめたのはクロエ。
普段は必ずしっかりと制服を着用し、グローブやタイツで手足までしっかりとガードして、日傘まで用いるミュウの霰もない姿にクロエもベアトリスも驚いたようだった。
まるでわずらわしいものを取り払ったかのようなミュウは、その長い髪を払うと他者の視線など気にする素振りもなくそのまま天然の露天風呂に足を踏み入れ、肩までじっくり浸かり始めた。その無表情がほんのわずかに緩んだ……かもしれない。
レナがやれやれといった様子で立ち上がり、脱ぎ捨てられたミュウの制服を手早く畳むと、自身の汚れた制服も脱ぎ始めた。
「とりあえず、作戦会議はここでやらない? 時間もあんまりないし、それに……くんくん……レナもお風呂入ってさっぱりしたいなって」
「考えている時間も惜しいです。そうする他なさそうですわね」
状況把握の早いベアトリスもさっさと服を脱ぎ始め、残ったのはクロエのみ。
「え? え? レ、レナさんもベアトリスさんも入るんですかっ!? こんな状況で!? み、みんな裸で……!?」
「みんなで脱げば恥ずかしくないよ。それにほら、ミュウのことだからこの温泉にも何かヒミツがあるのかも」
「温泉は古くから大地の豊富な魔力が溜まる竜脈──“マナスポット”とも言われます。おそらくミュウさんはそこまでわかっておいでなのではありませんか?」
「…………」
レナやベアトリスのフォローを受けても、特に何も答えずぼーっと温泉に浸るミュウ。「……私の考えすぎかもしれません」とベアトリスは苦笑し、レナと共に湯の中に足を浸した。
「うう……ひ、一人だけ残っちゃうと逆に恥ずかしいような…………そ、それならわたしも入ります~っ!」
というわけでクロエが恥をかき捨てたところで、結局、全員揃って温泉タイムとなるのであった。
「──はふぅぅ~~~…………すっごくきもちいいお湯ですねぇ…………」
で、なんだかんだ一番気持ちよさそうに温泉を堪能するクロエ。ほっこりと癒やされきった顔にレナもベアトリスもつい笑ってしまう。心なしかミュウも満足げであった。
クロエはすぐに「はわっ!」と慌てだした。
「ご、ごごごめんなさい! そんな場合じゃないですよね!」
「うぅん、意外とそんな場合かも。決戦前にじっくり休むのも大事じゃん」
「ええ……ずっと気を張っていましたからね。ここらで英気を養っておきましょう」
「あ、ありがとうございます……。えへへ、なんだかみんなで遊びにきてるような感じがして、急に気が緩んじゃいました……」
照れたように笑うクロエであったが、もちろん気が緩んだのは彼女だけではなく、レナとベアトリスも同じである。
だが、いつまでも秘湯でガールズトークに花を咲かせているわけにはいかない。
湯に浸かったまま、レナが口火を切る。
「──ベア。それで作戦って?」
「はい。結論から言えば戦いを避けることがベストでしょう」
ベアトリスは迷いなく答え、続けた。
「もう一度戦ってみてよく解りました。たとえ魔力が全快になったところで、私たちでは異質な存在となった彼に敵いません。当初の目的通り、レベッカさんの救出と帰還にのみ全力を尽くすべきでしょう」
「そ、そうですよね。強引に戦ってもしも誰かが……なんて、絶対嫌ですっ。レベッカさんを助けるだけなら、私の魔術でなんとか出来るかも、ですし……!」
クロエの発言に、レナもベアトリスも同意してうなずいた。
真正面からやりあっても勝ち目はない。そもそも相手はまだ本気すら出しておらず、どんな力を隠しているかも不明だ。
ならばパトリック相手でも有用に働くクロエの時の魔術を用いたレベッカの救出に専念する。それしか手はない、という共通認識で一致していた。
「しかし……一切戦わずに、というのは難しいでしょう」
「うん。だってレベッカはアイツの竜に呑まれちゃってるもんね。そこから攻略しなきゃ」
「そ、そっか……まずはそこから……でも、ど、どうやって……」
クロエが顔を伏せてしまう。
それはあまりにも難易度の高そうな作戦に思えたからだ。




