ミュウとチュウ
そのまま、レナにキスをしてきた。
『──っ!?』
これには思わず固まってしまうレナ。同じくクロエとベアトリス。
特にマウストゥマウスの口づけをされてしまったレナはその不意打ちに大いに動揺した後、ハッと気付いて抵抗しようとしたがすぐに止めた。
(……!)
自身の“善き変化”に気付いたからだ。
口と口。長い口づけ。そしてミュウの操る植物による接触。
それらの繋がりを通して──ミュウの新鮮で潤沢な魔力がレナの中へと注ぎ込まれている。どこか温かくて優しい、その不思議な充足感が己を満たしてくれているとわかったからレナは抵抗をしなかった。
──やがてミュウが口を離し、自由になったレナはそっと自身の唇に触れながらつぶやく。
「…………甘い。アイミーの味……」
それから、少々赤らんだ顔で目の前のクラスメイトを見る。
「ていうか……いきなりクラスメイトにチューしてきて、その顔……?」
普段通りのぼうっとした顔でこちらを見つめるミュウ。だがその意図がレナにはわかった。
「うん……やっぱりそうだ」
再び自身の手を、身体を見下ろすレナ。
漲っている。
全快と言っていい。ベッドで一晩ゆっくりと休んだくらいに力が戻っている。それほどまでにレナの身体には十分な魔力が巡っていた。
「びっくりしたけど……すごいねミュウ。そういうことも出来るんだ。ありがと。でも次からは前もって教えて」
ミュウはこくんとうなずいた。
そんな二人のやりとりを見て……。
「…………ほぇ?」
クロエが、ぼぼぼっと紅潮していく。
「え、えっと……あ、ああああのっ! も、ももももしかしておふたりはっ、そ、そそ、そういうご関係……!? あわっ、み、みみ見てしまってごめんなさいっっっ!」
両手で顔を隠して謝罪するクロエ。耳まで真っ赤になっており、ぷるぷると震えていた。
「いやクロエちが──あ」
レナが説明しようとしたとき、今度はクロエの元へと近づいたミュウ。覆い隠されていたクロエの手を蔦植物を使って強引にがばっと開き、
「──ふぇっ?」
困惑するクロエの口に、むちゅーっとした。
「…………? ?? ???? ~~~~~~~~~~っ!?!?!?!?!?」
しばし放心。やがて衝撃の大きさに大パニックを起こすクロエ。あまりの展開に思考回路が追いつかず、ショートしたかのように動けなくなってしまった。
やがてミュウが接触を止めると、湯でも沸かせてしまえそうなほど火照ったクロエはその場にへたり込んだままふらふらと身体を揺らす。さすがに心配したレナが声を掛けた。
「ク、クロエ? へーき?」
「…………き、き、き…………し、しちゃい、ました……? はじめて……わ、わらひ……はじめて、はじめての……ちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅうっ……」
「えーっと、とりあえず落ち着いてクロエ。あのね、ミュウは他人の魔力を回復出来るみたい。だからチューしてくれたんじゃないかな?」
「……ふぇ…………?」
「そうでしょミュウ?」
こくんと、ミュウはうなずいて肯定をした。
「なるほど……やはりそういうことでしたか。確かにレナさんにもクロエさんにも大きな魔力が戻ったのを感じますわ。初めは何をするつもりかと思いましたが……回復とは素晴らしい能力ですわね」
大変に感嘆とした様子でうなずき、納得するベアトリス。
そんなベアトリスの前に──いつの間にかミュウが立っていた。
その影に隠れたベアトリスが「あっ」とつぶやく。
「え、ええと……ミュウさん? あ、あのですね、私はその、ヴィ、ヴィオールの娘ですから」
思わず手を前に出し、一歩引いてしまうベアトリス。
だがミュウは二歩近づいてきた。そしてベアトリスの手足もまた植物によって縛られ、身動きがとれなくなる。
「お、お、お待ちくださいミュウさん! あっ、ち、違うのですよ! 決して嫌というわけではなくですねっ! ですがその、さ、さすがに私もこのようなことは経験がなく心の準備というものをはむぅっ──」
その口を塞ぐようにミュウからキスをされてしまうベアトリス。
ベアトリスの顔もクロエのようにぐんぐんと赤くなっていき、最初は「ん~ん~!」と慌てていたものの、やがて諦めたのか力を抜いて為すがままとなる。見てはいけないと思ったのか再び両手で紅潮する顔を隠したクロエだが、指の間からバッチリしっかり目撃していた。
口と口が離れたとき、ベアトリスもまたふらふらと力が抜けたようになってしまう。
「えーっと、とにかくこれで全員魔力は回復したみたいだね。ありがとミュウ。ほら、二人もお礼言わないと。たぶんミュウが魔力を分けてくれてるんだし」
「はうぅ……あ、ありがとうございましたぁ……」
「ええ……か、感謝致しますわ……。ですが……代わりに何かを失ったような気もいたしますが……」
まだ落ち着いた様子のレナに比べ、クロエとベアトリスのショックは大きいようである。だが乙女の、それも貴族令嬢の初めてを同性のクラスメイトに奪われたとなれば無理もないのかもしれない。
クロエがいまだに赤い顔のままつぶやいた。
「はうう……レナさん、こんな状況でも落ち着いていてすごいです……」
「レナもびっくりしたよ。でも初めてじゃなかったから」
「「えっ!?」」
クロエとベアトリスが驚愕の声を揃える。特にクロエの反応は大きかった。
レナは、自身の小さな唇にそっと触れながら言う。
「パパとママが、してくれたことあるから」
そういうことか、と一瞬ホッとした顔を見せるクロエとベアトリス。
だが二人ともすぐにハッとした。
ベアトリスが呆然と尋ねる。
「ち、ちなみにレナさんっ。その『パパ』と『ママ』は、どちらの……?」
それにクロエが同意するかのようにうんうんとうなずく。ちょっと鼻息荒くうんうんとうなずく。
レナはチラッと横目で二人を見やると、
「……内緒」
つぶやくその顔は、ほんのりと赤らんでいた。




