甘い物はほどほどに
少し歩くと、開けた場所に到着した。
「わ……おっきい……!」
そこで足を止めたレナたちが見たものは、小さな丘のようなところに立つ一本の大樹。その幹は今でも太くしっかりと地に根付いていて、周囲の樹木と比べれば圧倒的な存在感を誇る。
「実が成ってますけど、あれもアイミーの樹なんでしょうか……?」
「それにしてはあまりに大きいですわね。まるでファティマの木のようです」
どうやらミュウはその巨木へと向かっているようで、レナたちは再び足を動かして彼女の後に続くと、巨大なアイミーの樹の下へとたどり着いた。
少女四人など悠々と覆い隠せてしまうほど立派な枝葉が広がり、青々とした葉や赤い果実が栄養を蓄えていることがよくわかる。思わず幹に触れたレナたちは、太陽の光が届かなくなった街でも息づく木々の生命力を感じ取っていた。
そこでレナが「あっ!」と気付く。
「わかった! このアイミーを食べて魔力を回復しろってことでしょ? ミュウ」
「わ……なるほどです! そういえば理事長先生から貰ったバナナも、古代リィンベルのアイミーの種だって言ってましたもんね」
「確かに……これほど立派なアイミーの果実であれば、他のものより効率よく自然の魔力を取り込めそうですわね。とは言っても古代種……こちらを食べても問題はないのでしょうか」
「ないと思うよ。ほら」
そう言うレナが示す方では、ミュウが既に落ちていた実をもぐもぐと食べていた。
「ひょっとして……ただお腹が空いていただけなのでしょうか」
と苦笑するベアトリスに、思わず笑ってしまうレナとクロエ。おかげで緊張感が解けた。
「こっちの方にはオバケたちいないみたいだし、今のうちに食べて少しでも回復しよ」
「そ、そうですね。どのみち、魔力を回復しなきゃ何も出来ませんし……」
「仰るとおりですわね。しかし落ちているものは痛みもありそうですし、実っているものを採りたいところです。私の《竜焔気》を使えればよかったのですが……」
するとそこで、ミュウの影から数本の蔦植物がしゅるしゅると出現して伸び、頭上に実るアイミーの実を器用に摘まんで収穫。それをレナたちへと渡した。
「あ。ありがとミュウ」
お礼を言って、レナは実を軽く手で磨いた後にかぶりついた。
「……美味しい!」
溢れ出る果汁は甘く、瑞々しく、それでいてさっぱりとした酸味が身体に染み渡る。しゃくっとした食感の果肉は風味良く、味わいも濃厚で水分量も多い。
「……んん! ほ、本当に美味しいです~! それに、なんだか良質な魔力が詰まってるような気がします!」
「ええ。現代のモノよりは少々硬めですが……美味ですわね。このように直接囓っていただく機会はありませんでしたが、ミュウさんのお気持ちが少し分かる気がしますわ」
そんなレナたちの反応にか、ミュウは食べる手を止めると普段よりわずかにだけまぶたを大きく開き、再び蔦植物を頭上へと伸ばす。そしてアイミーの果実を次々に落としていった。
「え? ちょっ、わわわ! 待ってよミュウ!」
「わ、わ、わ~っ!? いっぱい落ちてきます!?」
「ミュウさんストップですわ! お気持ちは嬉しいですがいくらなんでも多すぎます! 食べきれませんわ! というかキャッチしきれませんわ~!」
「…………!」
それでも次々にアイミーの実を落としまくるミュウ。制服の裾やスカートを引っ張って必死に受け止めまくるレナたちに比べ、ミュウはどこか興奮した様子……だったかもしれなかった。
「──うう。も、もう食べられましぇん……」
ちょっと泣きそうな顔でそうつぶやいたのはクロエ。
アイミーの巨根に座って休憩するレナたちは、ミュウの収穫したアイミーの実を食べ続けていたが……すぐに限界がくる。
「美味しいけど、そんなにいっぱいは食べられないね」
「え、ええ……数個も食べれば十分ですわ……」
レナもベアトリスも甘いものは好きな方ではあるが、既にいっぱいいっぱいである。胃袋にはまだ余裕があるものの、アイミーのような甘い果実だけをそう何個も食べられるものではない。
「私たちと比べて……ミュウさんはすごいですわね……」
それには大いに同意してうなずくレナとクロエ。
一方、『何が?』とでも言いたげにこちらを見て首を傾げ、もぐもぐもぐもぐとアイミーを食べまくるミュウ。その手は一切止まることなく、既にレナたちの何十倍もの量を食べまくっていた。先ほど収穫しまくった実は、レナたちのためではなく自分で食べるためだったのかもしれない。
レナは自身の胸元を見下ろしながらつぶやく。
「うーん……やっぱりあれくらい食べられないと、ミュウやフィオナママみたいになれないのかな」
「レナさん? 何のお話でしょう?」
「あ、うぅんなんでも。それより少しは魔力が戻った感じするけど、これじゃ全然足りないかな。クロエはどう?」
「そうですね……たぶん、時の魔術をちゃんと使うにはまだまだ……」
「ふぅ。ミュウさんのように量を食べることが出来れば違うのでしょうが、さすがにこれ以上は身体が悲鳴を上げそうです。この程度の魔力量で何が出来るか……」
うーんと困ったように話し合うレナたち。
「…………」
するとそこで、ようやく収穫したアイミーを全て食べ終えたミュウがレナの元へ近寄ってきた。
「? ミュウ? どうかし──」
レナが彼女に気付いて声を掛けようとした瞬間。
ミュウの影から伸びる蔦植物たちが──レナの手足をぐるぐると掴んで拘束した。
『──!?』
突然のことにレナたちは息を呑み、手に持っていた果実を落とす。
ミュウは無表情のまま、さらにレナへと近づく。その際にずっと身につけていた白いオペラグローブをすっと外した。
「なんで……まさか! ミュウも敵っ!?」
クラスメイトが敵対者である可能性に気付いてしまったレナは、なんとか拘束を逃れようと試みるものの、やはりミュウの魔力が込められた植物はほどくことが出来ない。
クロエとベアトリスがレナを助けようと動き出したとき、既にレナの眼前にいたミュウはレナの両頬に素手で触れると、その顔を近づけてきて──




