生命の園
「──これっ! なにっ!?」
苦しげなレナの口から困惑の声がこぼれた。
パトリックとの対峙中に突如身体に巻き付いた無数の蔦植物によって拘束され、身動きの取れない状態でどこかへと引っ張られている。植物たちの動くスピードは周囲の景色を目で追うのが難しいほどであったが、先ほどはしなる鞭のようになって周囲の不死者たちを弾き飛ばしたのがレナにも見えた。
「きゃ、きゃああああ~~~っ!?」
「レナさんクロエさん! お気を付けくだ──!!」
植物たちはレナ、クロエ、ベアトリスをそれぞれ別のルートから引っ張り上げているようで、その声を最後にレナからはクロエとベアトリスの姿が見えなくなる。どうやら路地裏、建物の隙間など入り組んだ場所に入ったようだった。
「クロエ! ベアっ!」
レナもまた建物と建物の間に吸い込まれ、他にはもう何も見えなくなる。高速移動に目がついていかない。
「うう……どこまで行く気っ……!」
植物たちの勢いは止まらず、やがてレナの身体は街の外れ──暗い森の中にまで吸い込まれてしまう。
(ダメだ……ほどけないっ! この植物、レベッカの鞭みたいに強い魔力が込められてる……うううっ……!)
もはや今のレナには抗う力もなく、そのままガサガサと木々を揺らしながら森深くに引きずり込まれ──そこでようやく植物たちが動きを止めた。地面に下ろされたレナの身体から、巻き付いていた植物たちがしゅるるとほどけていく。
ほとんど同じタイミングで、その場所にクロエ、ベアトリスも別のルートから到着。全員が解放されることとなった。蔦植物たちはしゅるしゅると森の奥へ消えていく。
「クロエ……ベア……! だいじょ……う、目がくらくらする……」
「れなしゃ……べあとりすしゃ……うう~ふらふらしますぅ~」
「お二人ともご無事ですか!? 目を閉じていたので私は多少楽ですが……一体何が……」
三人それぞれが無事を確認し合い、レナとクロエの視界揺れが収まってきたところで、三人は周囲に目を向けた。
初め、三人はそこを森だと思っていた。
しかしそれは誤りだった。
「この匂い……これってもしかして、全部アイミーの樹?」
リィンベルの街中よりも薄暗くよくは見えなかったが、レナが近づいた見上げた木の一本には今もそれらしきものが実っているようだった。現代のものとは樹木も実の形状も少々異なってはいたが、安心するような甘い香りがそのことを教えてくれる。
「ほ、本当ですね……。アイミーの樹があるということは、ここは……」
「ええ。おそらく果樹園か何かなのでしょう」
ベアが出した答えは、レナとクロエの考える答えとも同じだった。
とうに人の手を離れた樹木たちは自由に枝葉を伸ばし、今もこの地で生き続けている。
「もう、管理してくれる人は誰もいないはずなのに……植物って、すごいですね」
樹木に触れるクロエの素直な感想に、レナもベアトリスも同意した。
わずかに緩んだ空気は、しかし次の瞬間すぐに張り詰める。
──人の気配。
アイミーの木々の間から、その影が草木を揺らしながらやってきた。同時にその影からはしゅるしゅると先ほどの蔦植物らしきものがうごめいている。
すぐに警戒態勢をとったレナたちは……しかしすぐにまたその警戒を解くこととなる。
木々の暗がりからゆっくりと姿を現したのは──リィンベル魔術学院の制服を着た少女。
「え──ミュウっ!?」
三人の顔馴染みであるクラスメイト──ミュウ・ベリーであった。
レナ、クロエ、ベアトリスの三人はすぐさま彼女の元へと駆け寄る。
「…………」
相も変わらずぼうっとした眠たそうな顔のミュウ。今日は日傘こそしていないが、制服姿に白いオペラグローブと同色のタイツは変わらず身につけており、その表情はまったくいつも通りに平静である。
そして、彼女が操っていたのだろう植物たちが静かにミュウの影に消えていった。
レナは得心いった顔で言う。
「あ……そっか! その植物、ミュウの魔術だったんだ!」
こくんと、ミュウはうなずいて応えた。
「ミュウさん……た、助けてくれたんです、よね? あ、ありがとうございましたっ。す、すごくびっくりしましたし、ちょっぴり酔いましたけど……」
クロエの言葉にも、こくんとうなずくミュウ。
「私からも感謝を。おかげで死地を脱出出来ましたわ。──それよりもミュウさん、どうして貴女までこのような場所に……」
ベアトリスの方を見つめてはいたが、ミュウは何も答えない。
そこでレナが声を挟む。
「もしかして、レナたちについてきたの? ここどこだかわかってる? ていうか、よく一人でここまでこられたね」
ミュウはレナの方を見てうなずいた。
「ミュ、ミュウさんまで来てくれたのはすごく心強いですけど……これからどうしましょう……?」
ぼそっとつぶやくクロエ。ベアトリスが悩ましい顔つきで話す。
「……厳しい状況ではありますが、ミュウさんの存在は魔力の切れた私たちにとっては希望。四人で力を合わせれば、レベッカさんを救出することも出来るやもしれません」
「うん。けど今のレナたちじゃミュウの足手まといだよね。ベアのご先祖様なんていくらでも魔力回復するズルするしさ」
「そうですわね。せめて私たちも魔力を回復出来ればよいのですが……そのような時間はありませんし……」
「うう……わたしが時の魔術さえ使えれば……」
ミュウのおかげで危機は脱したものの、依然としてレベッカの救出は難しい状況にある。むしろ魔力欠乏の現状を鑑みれば、以前よりもさらに作戦難易度は増した。
「…………」
難しい顔をするレナたちをぼうっと見つめていたミュウは、やがて無言で歩き出した。
「ミュウさん? どちらへ?」
尋ねるベアトリスの言葉に、ミュウは一度レナたちの方を振り返ってから、またどこかへと歩き出す。
「……ついてきてってことかな?」
「よくわかりませんけど……ミュ、ミュウさんを一人には出来ないですよねっ?」
「そうですわね……この果樹園でしたら身を隠せそうですし、幸い不死者も見当たりません。ひとまずミュウさんについていってみましょう」
レナたちはうなずき合い、ミュウの後を追って果樹園の中を進み始めた。




