一人か、世界か
レナの前で、クラスメイトの2人が泣きながら言った。
「それからレベッカがエイミ先生たちに話して、私たちも気になってついてきて、そしたら、そしたらレベッカが本当に鏡の中に消えちゃってっ!」
「最初は信じきれなかったしワケわかんなかったけど、でも先生たちから緊急避難指示が出て、すぐ本当だってわかった。だってレベッカ……私たちに嘘ついたことないのっ! 強引でめちゃくちゃなところあるし、嫌な子に見えただろうけど、違うんだよぉ……!」
彼女たちの悲痛な声を、レナはただ正面から受け止めた。避難指示が出ているにもかかわらずこの場に残っていた彼女たちの声が、心からのものであるだろうことは明らかだった。
レナは彼女たちの手をそっと握り返し、それからエイミの方を見た。
「救助には行けません」
何も言わずとも、エイミはそう断言した。途端にレベッカの友人二人は愕然としてしまう。
「お話を聞く限り、古代都市リィンベルの危険度は私たちが想定するレベルを遥かに超えていました。この街が侵蝕される前にここで食い止める他ありません」
「エイミ先生……でもっ!」
食い下がろうとするレナ。エイミは淡々と落ち着いた様子で話す。
「これは──私個人の判断ではありません。この学院の、そしてこの街の判断です」
続いてレナの視線が向いたのは、封印のための指示を続ける学院長──シーナの方だった。
シーナはレナたちの方を見ることもなく告げる。
「ヴィオールのご当主からも了承を得ています。この街を──生徒たちを守るためにも、これ以上封印を待つわけにはいかないのです」
「……お父様が!?」
「はい。例えあのままお嬢さんたちが戻ってこなくとも、私たちは封印を行ったでしょう。お嬢さんたちが奇跡的に帰ってこられたのは、その可能性を信じたエイミ先生のお力です」
レナとクロエ、ベアトリスはエイミの方を見た。エイミはただ、無言で眼鏡を持ち上げ直す。
シーナは続けて言う。
「ノルメルトの街は、それそのものがリィンベルを封印する魔術結界なのです。何も知らないノルメルトの民は、しかしリィンベルの歴史から逃れることは出来ません。だからこそ知っている我々には、学院の生徒や街の子供たちを守る責任があるのです」
「でも、でもっ……!」
「ハッキリと申します。封印を止めることはありません。もしもノルメルトが侵蝕されれば、この世界すべてが崩壊しかねないのです。ゆえにこの封印だけは絶対に守る必要があります。それが私たち講師陣の──この街に生きる大人たちの最も重要な役目なのです」
シーナの宣言に、レナはぐっと歯を食いしばって叫んだ。
「それじゃあ……レベッカはどうなるの!? レベッカは守る人の中には入ってないの!?」
シーナは……何も答えられなかった。
それが答えである。
例えレナやクロエが、ヴィオールの娘たるベアトリスが戻ってこなくとも封印は行われたのだ。レベッカ一人を優先することはない。
あまりにも無情な現実に。
レベッカの友人二人は、ぼろぼろと泣き崩れてしまった。クロエとベアトリスも沈鬱にうなだれる。
──しかし。
「『逃げるな、前を向け、魂を燃やせ』」
レナは、まじないの言葉と共に立ち上がった。
「それなら──レナが迎えに行く」
そして告げられた言葉に、その場の全員が揃って驚愕した。
「封印が終わるまでにレベッカを連れ戻せばいいんでしょ? それならレナが迎えに行く」
「レ、レ、レナさん……!? で、でもっ!」
クロエが怯えた顔でレナの腕を掴む。レナは穏やかに返した。
「大丈夫だよクロエ。だって一度は行って帰ってきてるんだし。もう1回やるだけじゃん。楽勝だよ」
そう言うレナに、今度はベアトリスが神妙な顔で言う。
「……本気、なのですか? 私たちは既に全力を出し切った後。もはやほとんど魔力も体力も残ってはおりません。そのような状態で向かうのは──」
レナは、ベアトリスの顔を見て微笑した。
「レベッカっていじめっ子だし、嫌な子だし、許せないこともしたからキライだけどさ。なんか、レナと似てる気がするんだよね」
「え……レナさん、と……?」
呆然とするクロエに、レナはうなずいて続けた。
「レベッカがなんであんなことしたのか今でもよくわかんないけど、レナだって、なんで小さい頃にあんなことしちゃったんだろうってよく思うもん。モニカ先生や、フィオナママや、クレスやドロシーたちがいなかったら、レナもずっとそうだったかも」
「……レナさん…………」
「それにね、ここでレベッカを見捨てちゃったらパパやママに胸を張って会えないもん。もう後悔したくない。もう弱い自分に戻りたくない」
そう話すレナに。
クロエもベアトリスも、エイミやシーナも何も言えなくなっていた。
するとそこで──シーナが一度大きく息を吐き、エイミの方に目配せをした。
「エイミ先生、こちらを」
「はい」
すぐにシーナの意図を察したのだろう。シーナの元へ駆け寄ったエイミは、彼女の足元になった革袋を掴むとレナの元へと運んだ。
「エイミ先生? シーナ先生? これって……」
疑問を浮かべるレナに、シーナは一度うなずいた。
レナが受け取った革袋を開けてみると──




