記憶の旅路Ⅱ
二人がレナと出会ったのは、それからしばらく後のことだった。
アカデミーの講師モニカの依頼を受け、レナをクレスとフィオナが預かることになったのである。いきなりの子育て体験は楽しくもあり、そして難しいものだった。
あのとき、レナを海へ誘ったのはクレスだった。
“反復経験”のため、二人はショコラの力を借りてあの美しい海へ再び訪れてみることにした。もちろん、あのときと同じようにレナと彼女のクラスメイトたち、そして保護者役のヴァーンとエステルも一緒に。
――変わらず美しいルーシア海岸の景色と暑い日差し。
皆で水着になり、たくさんはしゃいだ。今のクレスにとっては初めてとなるフィオナの水着姿は、今のクレスにとってやはりちょっぴり刺激的なものだった。
そんなクレスが一番驚いたのは、ここからである。
「うーん……呼べばくる、みたいなこといってたけど……」
レナがネックレスとして持ってきた小さな指輪。わずかに魔力を宿すそれに呼びかけてしばらくすると、大海原から大きなデビルクラーケンが出現。思わず戦う姿勢をとったクレスだったが、その必要はなかった。
大魔族の一人、『絶海のコロネット』との再会。約束通りに、彼女が迎えにきてくれたのだ。
かつてのように皆でバーベキューをして、海中を散歩し、美しい孤島『コロネットランド』にも行った。コロネットはまたあのずぶ濡れなゲームをやりたいと行ったが、レナやエステルたちが遠慮したことで完全再現とはならなかったが、それでも普通の水鉄砲を使って皆で遊ぶ時間はやはり楽しかった。一体普通でない水鉄砲では何が起きたのか。あのときのことは今思い出すだけでも恥ずかしかったフィオナだが、クレスはその話も興味深く、そして困惑しながら聞いてくれた。
――夜の砂浜。
魔王メルティルとの邂逅。
「本当に懐かしいです。あのときメルティルさんと再会してから、クレスさんはまた少しずつ変わっていったように思うんです」
「……そうか」
二人きりで、少し冷たくなった砂浜をのんびりと歩く。
今ここにメルティルはいないが、あのときから、倒したはずの魔王と再会したときから、クレスはまた大きく変わっていったのではないかとフィオナは語った。
かつて自分が信じていたもの。自分の芯となるモノの揺らぎ。
大切なモノを見つめ直すことで、クレスは新しい世界での新しい自分を受け入れ始めた。だからこそ、レナを本当の家族に思えるようになった。クレスの瞳が穏やかになっていくのを、フィオナはずっとそばで見てきた。そう話したとき、今のクレスは少し照れたように笑った――。
思い出が残るのは聖都ばかりではない。
ベルッチ夫妻からのプレゼントである気球に乗って、大陸のいろいろなところへ新婚旅行をしたこともあった。そして最後に向かったのは、フィオナの生まれ故郷。
二人はあのときのように気球で旅行をしてみることにした。今回は一日だけの小旅行とはなったが、休日を利用してレナも同行し、家族三人での時間を過ごすことが出来た。それは思い出巡りでもあったが、三人にとって新しい思い出にもなった。
クレスがここで一番驚いたのは、既に亡くなっているフィオナの母・イリアとフィオナクイズというものに興じたというものである。高得点を獲得し、無事イリアから認められたクレスだったが、フィオナにとってはやっぱりちょっと恥ずかしい思い出だ。
クレスにとって大切な存在――師であるシノと再会したのはその後。
あのときは突然の訪問に驚いたクレスだったが、それでもシノとの再会を喜んだ。そしてシノと共にダンジョンへ赴くことになったのだ。
そこではクレスとフィオナに大きな出番はなかったが、シノがまさかの女性であることを初めて知ったクレスが呆然としていたという話をしたところ、やはりクレスは呆然とした。どうしても信じられないらしく、この目で確かめたいと言うクレス。
そこでフィオナは決心した。
「……わかりました! それでは、シノさんに会いにいってみませんか?」
「師匠に……会いに? し、しかし、あの人は常に世界を旅して――」
「シノさん、一度故郷に帰らなきゃって言っていたんです。だからおそらく戻られているのかなって。以前、国のことも教えてもらいました。もしまだ故郷の国にいてくだされば、会えるかもしれません。ショコラちゃんの力を借りれば、きっとそう時間も掛からないはずです!」
「そ、そう、なのか? ……そうか、それならば……」
こうして二人はショコラの手を借り、シノの故郷――島国『マノ』へと向かうことにするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
フィオナの想像通り、シノは国に戻っていた。
『マノ』は島国ゆえ他国と比べて独特な文化を持つ国であり、衣食住も聖都のものとは少々異なる。一般的な魔術も『法術』と呼ばれ、その多くが自身の肉体や武器を強化・活性化するものだ。この国の党首は古くから聖女と繋がりがあり、そこから大陸の文化や言語が伝わったと云われている。今では貿易・観光の面においても方々から人気がある国だ。温泉が非常に多いのも特徴である。
そんな国の中心――からはだいぶ離れた郊外の田舎町にシノの暮らす屋敷はあった。
年の暮れが近いこともあり少々肌寒いところだったが、段々畑などの珍しい光景や多くの自然が残る風光明媚な場所である。広大な敷地は高い壁によって囲まれ、大きな正門を抜けると趣のある庭園が来訪者を歓迎し、その先をしばらく歩くとようやく邸宅が現れた。
壮年の奉公人らしき男性によって案内されたのはそこではなく、さらに奥に建てられた稽古場。すぐそばの竹林からは、竹刀を持った男たちが鍛錬に励む声が聞こえてきた。
彼らの方に頭を下げてから道場の中へ入る。シノは一人、落ち着いた色合いの和装姿で膝をついて座っていた。
ちょっとした緊張感の中、フィオナは横開きの戸口からそっと声を掛ける。
「こんにちはぁ……」
その声に反応し、目を閉じていたシノがパッとまぶたを開く。床に手をつき、座ったまま姿勢を変えてこちらを見た。
「入門希望者ですか? でしたらまずは父……にぇ!?」
そして大いに驚く。
「フィ、フィ、フィオナさんか!? なしてこげなとこにおるの!?」
「えへへ……来ちゃいました……」
照れ照れとはにかむフィオナ。その傍らからなにやらこちらも驚いた様子のクレスが顔を覗かせる。
「し、師匠……ご無沙汰、しております……」
「クレスまで!? なしてなして――あっ、ど、どうして二人がこちらに? コホン。ひ、ひとまずどうぞ、上がってください」
クレスがいるとわかって表情と態度を改めたシノだったが、驚きからか微妙に上手く出来ていない。相変わらずな彼女の様に、フィオナはちょっぴりだけ笑ってしまった。




