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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十二章 花婿の決着編

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ユメの終わりと始まり


「……自分は」


 アインは少しばかりの逡巡を挟んで、それから決意したようにクレスの目を見た。


「自分は、自分は貴方のおかげで生きていく力を得ることが出来ました!」

「……アイン」

「何も持っていなかった自分が生きてこられたのは、幼き頃よりその背中を追いかけ、憧れ続けたからです。一度も会ったことのない……決して会えるはずもなかった貴方にこうして出会い、言葉を交わせた奇跡に胸が震えます。そして今思う。やはり、貴方は“勇者”だった。自分の憧れた――最高の勇者クレスだと!」


 真っ直ぐな眼差しと、そこに込められた眩しいほどの光。


 彼がどんな生き方をしてきたのか、クレスにはわからない。知るための時間もない。


 それでも、アインの瞳と言葉だけでクレスには多くのことが理解出来た。

 だから、自分からアインの手を取る。


「君も勇者だ」

「!」

「“希望の勇者”。まさにその通りの活躍だった。どうか胸を張ってほしい。そして今一度。ありがとう、アイン。君に出会えてよかった」

「……クレス殿……!」


 アインは両手でクレスの手をしっかりと握りしめ、少しばかりうつむき加減に頭を下げた。


 ヴァーンが槍を支えにしながらエイルの隣に立つ。


「よぉ、未来のクレスってのはどうなってんだ? つーかオレ様は? ネーちゃんみたいなイイ女侍らせまくってんのかねぇ」

「あら意外。未来のことが知りたいようなつまらない人だとは思わなかった。良い女には偶然出逢うから面白いのではなくて?」

「ハッ、そりゃそうだ!」


 エイルの鋭い返答に手を打ってから笑い出すヴァーン。

 フィオナがちょっぴりそわそわしながら落ち着かない様子で話す。


「うう~、で、でもやっぱり未来のことは気になりますよねっ。どんな世界になっていて、クレスさんやレナちゃんや、わたしたちは、どうしているのかなぁって」

「そうね。けれど、きっとあっという間にそこまで辿り着いてしまうんじゃないかしら」

「そうだよフィオナママ。なにが起こるかわかんないからがんばるんでしょ。クレスのためにしっかりしなきゃ」

「! そ、そうだよねレナちゃん! もうわたしなんかよりレナちゃんの方がずっとオトナな気がするよ~!」

「ぷっ、やっぱりこの子まだまだ子供じゃーん。クレスはニーナがもーらおっと♪」

「あ~! どさくさまぎれにクレスさんを連れていこうとしないでくださぁいっ!」


 またフィオナとニーナがクレスの手を引き合うような形になり、そんなやりとりに他の皆が思わず笑い出す。


 やがてアインとエイルがそれぞれに身を引いた。


「エイル」

「ええ、アイン」


 二人が手を取り合う。

 それぞれの身体は、崩れゆく周囲の景色と同化するように大きく欠けた。


「さようなら。個人的にもう少しお話をしたい人がいたのだけれど……いいわ。これも土産話になるでしょうから」


 そう言ってエイルがチラリと視線を向けたのは、エステル。その意図がよくわからずにか、エステルは軽く眉をひそめた。


 今度はアインがクレスたちを見つめながら言う。


「皆さんの未来が、自分たちの帰る場所であることを心より願います!」


 クレスたちはうなずく。

 アインとエイルの身体が腰、胸元、首まで崩れていき、最後に顔だけが残ったところで。


「クレス殿。未来のことは話せませんが、最後に一つ」


 アインが、なんだか嬉しそうな表情で言った。


「赤子用のベッドは、大きめの物を用意しておいたほうがいいと思います」


 それだけを言い残して、二人の身体は完全に砕けて消えた。


 同じタイミングで、結界世界の崩壊も終了する。


 すべてが無に帰した後、クレスたちが立っていたのはある崖の上だった。

 空には本物の月と空。そして、唯一残っていたのは足元に広がる大量のコインだけ。


「――あーあ。これで遊びもおしまいね」


 そう言って、ニーナがパチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、大量のラビコインらは魔力の光を放って集まり、ポポポンッと軽い音を立てて次々に人の姿へと変わった。


「あっ、コイン化された皆さんです!」


 そんなフィオナの言葉で皆がそのことを理解する。

 あのカジノやコロシアムでコイン化した者たちが一斉に元の姿に戻ったのだ。彼ら彼女らは一体何が起こったのかもわからず、全員ポカンと崖の上に座り込んでいる。しかしお互いの存在に気付くと、カップル同士はしっかりと抱き合った。そんな光景にクレスたちはホッと胸をなで下ろす。


 ニーナの後ろに立っていたエリシアが言う。


「ラビちゃんはさ、結局他のことなんか全部どうでもよかったんだね。君はただ、自分に触れてくれる人を捜してたんだ」

「エ、エリシア様」

「でも、それはボクじゃなかった。あのときあれ以上触れていたら、きっとボクが危なかったんだね。だから君は逃げてくれた」

「やっ! あ、あれは単純にめちゃ驚いただけでですねっ!」

「まぁそういうことにしておこっかな? で、どうしよっかラビちゃん」


 にこ~っと笑いながら首を傾けるエリシア。ニーナの耳がピンと伸びる。


「このままボクと一緒に帰ってメルに怒られとく? さっきとは比べものにならないくらい大きな雷落ちると思うけどね~」

「うえぇっ! そ、それは勘弁してください! てゆーかあたしはもうクレスのカノジョなのでドーセーしないとだし? えっへへ新しいユメが出来たー♪」

「だからカノジョじゃないんだが!?」

「そうですそうです! ニーナさんこそいい加減にユメから醒めてくださーい!」


 再びクレスを巡る女の戦いが始まりかける中、ヴァーンがだるそうに槍を支えにしながらつぶやく。


「またかよオイ。つーかクレスよ、このメスガキバニーどうすんの? マジで愛人にすんならたまにはオレにも遊ばせてくれな」

「そんなわけないだろう!?」

「ヴァーンさんッ!!」

「げぇフィオナちゃんがマジギレしそう! にしてもよぉ、あいつらに説明すんのもクソめんどくせーぞ。ほらバニーちゃんに気付いて早速敵視してきてるヤツらもいるし」


 ヴァーンの言葉通り、コイン化から元に戻った者たちがこちらに気付いて動き始めている。特にニーナへ向けられた敵意は間違いなく危険なものであり、そのニーナと共にいるクレスたちにも疑いの目は刺さる。


「むぅ……確かにこれは困ったことに……」


 クレスがそうつぶやいたとき。



「――ほう。ならば妾がすべて綺麗に掃除してやろうか」



 時は止まり、世界が灰色に染まる。


 音の消えた世界でクレスとフィオナは瞬時に気付く。


 過去に同じ経験をしたから。


 あの海で。

 あの砂浜で。


“彼女”の魔力の波動を受けた瞬間、世界は【シャットダウン】された。


 コイン化から復活した者たちは石化したように制止し、クレスたちだけが動けるその世界で、闇の切れ目からその者が姿を現す。


 クレスの口からその者の名が漏れた。


「……ま、魔王メルティル……!」


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