朝の情事
「…………ふぇっ!?」
クレスの素っ頓狂な発言に、素っ頓狂な声を出してしまうフィオナ。
クレスはフィオナの肩を掴んで言う。
「頼むフィオナ。君の胸を吸わせてくれないだろうか」
「ク、クク、クレスひゃん……!? な、なななっ、なに、なにを言ってっ」
フィオナが混乱するのも無理はなかったが、クレスは真剣に語り出した。
「あのとき君は言った。『おっぱいをのんでほしい』と。なぜフィオナがそれを望んだのか俺にはわからなくて、皆にそんな君の姿を見せていいものかと悩み、結果として拒否するような形になってしまった。しかし、あれが君の本音ならば、俺は君に応えたい」
「ク、クレスさん……」
「それが婚約者同士の行為としてふさわしいのかもわからないが……君があれだけ望んだことを無下にしたくはない。それに俺も、やはり君の身体に触れているのは好きだよ。」
「……すき?」
「ああ。だからフィオナ、君のおっぱいを飲ませてくれ!」
大真面目に懇願するクレス。
その瞳に、迷いはない。
魔王を倒すと決めたときのように純真無垢な瞳だ。一切の邪気がないゆえ、清々しさすら感じられるほどである。
フィオナも、まさか真剣にそんなことを言われるとは思っていなかったのか、真っ赤になりながら目を泳がせていた。
それでもクレスは、彼女から目を離さない。
やがて、フィオナはうつむきながらつぶやく。
「………………ぃ」
ぼそぼそと、今にも消え入りそうな声。
「………………はい。わかり、ました…………」
その顔は史上最高クラスに赤くなっており、これ以上ないくらいの照れようである。それでもフィオナは、クレスの願いを受け入れてくれた。
クレスは破顔する。
「良かった! それではお願いします!」
正座したまま背筋をピンと伸ばして待つクレス。
「で、でも少しだけ待ってください! こ、心の準備をさせてください……!」
「え? あ、ああ。わかったよ」
フィオナはその場でクレスに背を向けて深呼吸をし、自分を落ち着かせ始めた。
「すぅ、はぁ……。ま、まさか急にこんな……でも、せ、せっかくクレスさんがわたしを求めてくれて…………。そうだよね……見直してもらえるチャンスだよねっ。お嫁さんとして、こ、応えなきゃ……!」
クレスには聞こえないようにそうつぶやき、クレスの方へ向き直る。
「お、お待たせしました!」
「いや、君のタイミングでいいよ」
「は、はいっ。あの、は、はじめてなので……どうか、よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
正座で向き合う二人。
もし誰かに見られたら、一体朝から何をやっているのかと思われるような怪訝な光景だが、二人は真面目そのものである。
フィオナはまずエプロンを脱ごうとして、その手をぴたりと止めた。
「…………あ、あの。クレスさん」
「うん?」
「ふ、服は…………脱がなくても……い、いい、でしょうか?」
「え?」
もじもじと股を擦り合わせるフィオナ。羞恥心からか、既に身体が震えている。
「こ、こんなに明るいうちから……その、見られてしまうのは、恥ずか、しくて……。た、たくし上げるだけでも……いい、でしょうか……?」
「ああ……う、うん。もちろん。任せるよ」
「は、はい……」
フィオナは一呼吸置いたあと、服の裾を掴み、ゆっくりとたくし上げていった――。
――それからしばらくして。
二人の身体が離れる。
「……フィオナ」
「クレスさん……」
目が合う。
自然に、二人の唇が近づいていった。
そして、重なり合おうとしたその瞬間――
「おはようございます~。ご注文のベッドをお持ちしました。これなら新婚カップルさんにはぴったりのサイズで――」
玄関の扉を開けた家具屋の女性が固まる。
クレスとフィオナも、同じように石化していた。
家具屋の女性はにっこりと笑い、ゆっくりと下がっていく。
「……うふふ♥ 急いでベッドをお運びしますね」
そう言い残し、外へ去っていった。
フィオナがつぶやく。
「……お酒です」
「え?」
「お酒……お酒を飲みます。もう飲むしかないです。飲んで飲んで飲みまくってこの記憶を消去するしかないです。じゃないとわたし……これからあの街で生きていけません~~~!」
「えっ!? お、落ち着けフィオナ。ここに酒はない!」
「買いに行きます! 飲んだくれるしかありません! も、もう! それしか生きていく方法はないんですぅ~~~~~!」
「ま、待つんだフィオナ! 今日は祭り最終日で、ヴァーンたちとの約束も――フィ、フィオナー!」
涙目で走り出したフィオナを追いかけるクレス。
家から飛び出していった二人を見て、家具屋の女性がポカンとしていた。




