光の国Ⅱ
すると彼は、大きな窓に近づいて手を差し向けた。
クレスとフィオナは、導かれるままそちらに向かう。
そして、大きく目を見開いた。
「これは……」
「わぁ……!」
窓に張り付き、思わず感嘆の声を漏らす二人。
どうやらここは塔の最上部のようで、曲面のガラス窓からは街の全貌を目の当たりにすることが出来た。
街中が煌びやかな『魔力灯』の光に包まれ、張り巡らされた水路もよくわかる。それらはすべてが規則正しく造られており、まるで絵画のようになっていた。
そして、街の周囲に広がるのは一面の海。
よく見れば、この円形の街は海に囲まれているようで、水路もすべて海と繋がっているようであった。その美しさは、水と国とも呼べそうなほどである。
横に控えるカボチャ男が話す。
『ここは光の国。お客様に、心より寛いでいただくための国。この街のすべてを、お二方は自由に楽しんでいただけます……』
「すべてを……」
「じ、自由に、ですか?」
『はい。お食事も、お買い物も、ご遊戯も、この街のあらゆるものがお二人の物であり、自由でございます。もちろん、代金は一切必要ございません。これよりご案内いたします別荘も、既にお二方のものでございます。すべて、お好きなようにお使いください』
街全体を示すように手を広げるカボチャ男。
二人は、あまりの展開にポカンとしていた。
街で見たすべてが、自分たちの物。
そんなことを言われても実感はなく、やはり夢のような場所に思えてしまう。
『それでは、お二方のコテージへご案内致します……』
カボチャ男が動きだし、再び最初の部屋の扉を開く。クレスとフィオナも、ただ彼に従うしかなかった。
――謎の動く部屋で下階層まで降りた二人は、そのまま外に出てカボチャ男の後を続き、街を歩く。道中で、勧められたあるレストランに寄ってみた。
最初に驚いたのは、店員が“影”だったことである。
顔も何もない、ただの影。闇そのものが人の形をしている。
喋らない……または喋ることの出来ない店員だったが、こちらが注文をすればスムーズに受け付けてくれた。メニューは豊富で、肉も魚も野菜もすべてが高級品であり、二人の舌と腹を満足させた。フルーツのジュースやデザートも美味で、これならばほとんどの人間は満足するはずの店である。そして驚くことに、やはり代金は必要なかった。フィオナが持ってきていたお金を支払おうとしたが、影の店員は何のリアクションもなくじっとしていただけであった。
そんな店を出た二人は、カボチャ男の案内で海の方へと向かう。
やがてたどり着いたのは、海のすぐ近くに建つ一軒のコテージ。温かみのある木造のモノであり、なかなかに豪奢な別荘である。中を見れば、室内の造りもしっかりしており、テーブルからソファ、ベッドまですべて備え付けだ。庭にはプライベートプールまであり、そこからは海が間近で眺められる。聖都で泊まったあの温泉宿泊施設のスイートほどの高級感はないが、少なくとも、二人で泊まるには十分すぎるところだ。
家の外で待っていたカボチャ男が言う。
『ご必要であれば、お好きな召使いを用意することも出来ますが、いかがなさいますか? 家事に夜伽に、ご自由にお使いいただけます』
「め、召使い? いや、それは……遠慮しておこうか……?」
「そ、そうですね。あの、わたしたちには必要ありません」
『かしこまりました。それでは、三日後にお迎えに上がります。それまで……どうぞ、ごゆっくりと……』
カボチャ男は頭を下げると、スススッと後ろに移動して闇に同化していくように消える。すぐにその気配もなくなった。
二人ぼっちになった二人は、呆然としたまま話す。
「……クレスさん。これって、どういうことなんでしょう……?」
「……わからない。だが、今のところ特に危険はなさそうだが……」
「そう、ですよね……。ただ、歓迎されているだけのような……」
「ああ……おかしなところではあるが、まるでリゾート地のようだ……」
「はい……」
海の方を眺める。
ざざん……と静かな波音だけが聞こえてきた。
フィオナがつぶやく。
「……ひょっとして、本当に、ただのパーティーの招待なんでしょうか……?」
一拍を置いて、クレスが答える。
「どう……だろうか。ただ、ひとまずは三日後を待つしかないか……」
「そ、そうですね…………あ、それじゃあ晩ご飯でも…………あ、た、食べたばっかりでしたね……」
「う、うん……」
ざざん……ざざん……。
静かで穏やかな空気に、二人はいつしかリラックスしていた。
「……あのう、クレスさん……」
「……うん?」
「もし……本当に、これが、ただのパーティーの招待なら……」
フィオナが、クレスの手を取る。
「三日の間は……その、ふ、二人っきりで……デート、みたい、ですね……」
「……デート」
そう言われて、クレスは少々呆然とした後にうなずいた。
「……確かに、そう、だね」
「ど、どうなっているのかよくわからないですけど……その、い、いっそのこと楽しんでみるというのも、あり、でしょうか?」
「楽しむ……」
手を繋いだまま、二人は顔を見合わせる。
それから、クレスがその表情からわずかに緊張を解いた。
「――そうだな。今のところ、俺たちに何が出来るわけでもない。あのカボチャの男や創造主とやらの敵意もない。ここは、素直に招待を受け入れておくべきか」
「クレスさん……それじゃあ……」
「うん。警戒はしておくべきだろうが……ひとまずパーティーが始まるまで三日間は、二人で『光祭』前のデートを楽しんでおくとしようか」
「……は、はいっ!」
喜びに表情を明るくするフィオナ。
それから二人は、コテージに戻ってゆっくりと話をした。キッチンの大型冷晶庫には食材や飲み物があれこれと詰め込まれ、レストランにいかなくとも食事には困らない。また、コテージ内には二人で浸かるのも楽な大型の温浴設備、露天風呂まで整っており、まさに至れり尽くせりであった。クローゼットには男女それぞれの礼装やドレス、水着までが用意されていて、衣服にさえ気を遣う必要がない。二人はさっそく水着を着て、夜のプライベートプールで泳いだりもしてみた。ピンク色の『魔力灯』や一面の星明かりがロマンティックなムードを演出する。
誰の邪魔も入ることのない、二人だけの空間。
まるで、この世界に二人しかいないのではと思えてしまうような夜。
あまりに贅沢な時間は――二人の警戒心をたやすく捨てさせた。
その晩、二人は大きなベッドの中で手を繋ぎ合っていた。
「……フィオナ」
「クレスさん……」
他に何を考える必要もなく、ただ、お互いのことだけを想い合っていられる至福の時。
二人は、朝までずっとそうしていた――。




