レナ、さらに気を遣う
それから落ち着いたところで、三人はテーブルを囲み団らんの時間を過ごした。フィオナお手製の『ルチア・ドルチェ』はクレス、レナから共に好評であり、フィオナは本当に店のメニューに加えてもいいのかも、と考えたほどであった。
そんな可愛らしい木の形をしたケーキをフォークで口に運ぶレナが尋ねた。
「もぐもぐ…………ところでさ、二人は『光祭』の日はどうするの?」
「ん? それはもちろん……」
クレスがフィオナの方に視線を投げる。
アイコンタクトを受け取ったフィオナはうなずいて答えた。
「もちろん、クレスさんとレナちゃんと、三人で過ごすつもりだったよ。あっ、それともレナちゃんは何か用事があった?」
「ドロシーたちとパーティーするけど、夜はこっちにくるつもり。で、来てもいいのかなってききたかったんだけど……」
「なるほど。交友を深めるのは良いことだ。俺はそれで構わないが、フィオナはどうかな?」
「うんうん、もちろんいいよ~! ふふっ、そんなに改まって訊かなくてもよかったのに。わたしたちはそのつもりだったんだよ♪」
「ふぅん……そっか。じゃあデートしないの?」
「「えっ?」」
突然出た言葉に、クレスとフィオナは声を揃えた。
レナはケーキに乗った赤い『アイミーの実』のシロップ漬けをフォークで刺して言う。
「『光祭』の日って、恋人どうしはデートするものでしょ。アイネたちもそう言ってたし。てっきり二人もそうかとおもってた。だから、いちおう来ていいのかきいたんだけど」
幼くとも立派な気遣いを見せるレナに対して、クレスとフィオナはなんだか衝撃を受けたような顔をしていた。
「デ、デート……そうかッ! 確かに光祭は恋人の日でもある。ヴァーンからもいつか恋人が出来たら絶対誘えと言われていたのに、失念していたっ!」
「わ、わたしもいつかクレスさんとこの日をって……学生の頃から妄想していたのに、さ、最初から三人で過ごすことしか考えていませんでした!」
同じような思考の似たもの夫婦である。
恋愛経験の少ない二人にとって、『光祭』は家族で過ごすための日だった。それ以外の過ごし方を知らず、知らないままに出逢って結婚し、レナと家族を作った。ゆえに、恋人同士として過ごす選択肢が始めから頭になかったのである。それは二人がレナを本当の家族として迎え入れている証でもあった。
だからレナはちょっとむずがゆそうな顔でアイミーの実を咀嚼していたが、それをごくんと飲み込むと、新しいケーキをフォークでぶすっと突き刺す。
「――あのさぁ。二人とも、ラブラブ感が足りなくない?」
「「!?」」
レナのズバッと発言が二人にさらなる衝撃を与えた。
「二人ってさ、なんかもうずっといっしょにいた夫婦みたいで、初々しさがないね」
「「!?」」
「フツーの恋人どうしって、もっとすごいイチャイチャしてるし、一日中ベタベタしてるし、ところかまわずキスしちゃうし、いつもえっちなことばっかり考えてるってアイネたちが言ってたよ。でも、二人ってあんまりそういうのないじゃん。なんか、まじめだし。ほんとに愛しあってるの?」
全身にバリバリーンと雷が走る――くらいに、それは二人にとってショックな発言であった。
クレスはショックのあまり片手で顔を押さえながら壮絶な顔でつぶやく。
「ラブラブ感……や、やはりそうなのか……! 言われてみれば、ヴァーンは旅をしているときいつも欲望のまま街では女性とベタベタしっぱなしだった……オレには、あれが出来ていない……!?」
「ラブラブ感……そ、そうです! わたし、ソフィアちゃんにもよく言われてました! わたしたちはちょっと大人しいから、もっとイチャイチャしろって。若い夫婦ってそういうものだって。な、なのにわたし、クレスさんによく見られたいからって、気付いたら……食事のときにあーんしたり、いつもなでなでしたり、お風呂で身体を洗ってあげるくらいで遠慮しちゃって、貴重なラブラブの機会を逃して……うう~!」
フィオナもまた、大いに反省するように両膝に手を置いてぷるぷると震え出す。そんな二人の様子に、レナはケーキをしっかりと味わって飲み込んだ後、小さくため息をついた。
それからレナはジト目を向けてハッキリと言う。
「クレスのせいだね」
「くっ! やはり俺のせいか! すまないフィオナ俺は自分が情けない……!」
「ええっ!? そ、そんなクレスさんのせいではっ。レ、レナちゃんどうして~!?」
「だって、フツーは男の人がゴーインにグイグイいくんでしょ? クレスって男らしいとは思うけど、そういうことはしないじゃん。だからフィオナママがグイグイいかなきゃ。二人はそういうかんけいがあってるんじゃない? フィオナママの方がえっちなんだし」
「ふぇえぇっ!? そそそそんなことにゃっ、にゃ、にゃっ!」
「どうようしてネコさんになってる。まぁ、とにかく『光祭』の日は二人でデートしたら? 三人で集まるのは夜からで。それまで、二人でゆっくりしなよ」
そんなレナの提案に、真剣な顔のクレスと真っ赤な頬を手で覆うフィオナが顔を見合わせる。
二人は目をパチパチとさせて、それからお互いにつぶやいた。
「……よし。当日はデートしようか、フィオナ」
「……は、はい! デート、しましょう!」
手と手を合わせ、一転して明るい表情を見せるクレスとフィオナ。決まったら決まったで楽しみなようであり、特にフィオナはふにゃふにゃした笑みをこぼしていた。
こうして夫婦の光祭デートが大決定し、レナがやれやれとばかりに小さな息を吐く。けれども、そんな義娘の表情はどこか機嫌が良さそうだった。
「まったく、せわがやけるんだから…………ん?」
そこでレナの目に入ったのは、テーブルの隅に置きっ放しになっていた一通の封書――。




