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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十一章 神域のラブファイト編

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灰になってもあなたと


 しばらくして業火の灼熱が収まったとき。

 自分を抱きしめていた人の手から力が抜け、ずるりとこちらにもたれかかってくる。

 ようやく開けたフィオナの視界。おそるおそる視線を下に向けると、クレスが、全身に大火傷を負った状態で自分に倒れかかっていた。


「――クレスさんっ!!」


 フィオナはすぐにクレスを仰向けにして膝の上に寝かせる。

 怪我の状態がひどい。右耳のイヤリングは吹き飛び、聖剣を落としたその右腕は、もう、二度と動くことはないだろうとフィオナにもすぐにわかった。


「クレスさん……クレスさん…………!」


 震える声で呼びかけるフィオナに、クレスは弱々しくまぶたを開いて尋ねた。


『……怪我はない、かな』

「クレス、さんっ……どうして……っ」

『……妻を守るのは、夫の、役目だろう』


 そう言って、クレスはいつものように爽やかに微笑んだ。


「クレスさん……わたしの、こと……」

『……愛する人を……間違えるはずが、ないよ……』


 フィオナの瞳から流れた涙が、クレスの顔に落ちる。

 クレスは左手を伸ばしてフィオナの頬に触れると、優しく涙を拭ってくれた。けれども涙が止められないフィオナは、そんな彼の手を両手で包み込んで嗚咽をこらえる。二人の左手で重なる結婚指輪が呼応するように光った。


「……あっ」


 短い声を上げるフィオナ。

 握っていた彼の手の感触が消えた。そのままクレスの腕、肩までもがキラキラと光る砂のように粒子となって溶け始める。


「ク、クレスさん……手がっ!」

『……愛する人(キミ)を守れた』


 クレスは満足げに笑う。


『フィオナ。自分で……自分を、否定することは、ない……。どのフィオナも……本当の、君だ。だから、もう、自分と戦う必要なんて……ない……』

「クレス、さん……」

『きっと……“俺”は、このために、生まれてきたんだろう。だから、何も心配は要らないよ……フィオナ。また、すぐに会える……』

「……はい。はい……!」


 何度もうなずいて答えるフィオナ。


 彼は間違いなく本物のクレスだ。

 しかし本物ではない。セルフィと同じ、彼の魂の反映。



『……君だけを、ずっと、愛している』



 フィオナは胸の奥で理解した。


 繋がりあった魂が教えてくれる。

 クレスが、時空の、次元の壁さえ越えて、“自分”を守りにきてくれたこと。そして今もなお、自分を安心させようとしてくれていること。愛を示してくれたこと。



「わたしも……クレスさんのことを、ずっと、ずっと、愛しています」



 だから、フィオナも涙をこらえて笑った。



 そんな二人を見つめるフィオナ・セルフィの瞳から、光が消えていた。



『………………愛……』



 セルフィの瞳から、一筋の涙が流れる。

 その声は震えていた。


『……クレスさんにとって、本当のわたしは……愛する、ひとは…………。なら、わたしは、フィオナじゃない……? じゃあ、わたしは、なんなんですか……?』

『……違う』


 即座に答えたクレスは、動かない右腕だけで身体を起こそうとし、フィオナがそれを支えた。

 なんとか立ち上がったクレスは、足を引きずるように前へ進む。


『違うんだ、フィオナ……君も、フィオナなんだ……』


 フィオナ・セルフィは、逆に後ずさった。

 そして頭を抱えながら青白い顔で叫ぶ。


『違う……? そうです、違うんです……。だってわたしは、わたしは、クレスさんを、大好きな人をそんな姿にしてしまった!』

『フィオナ……』

『わたしがクレスさんを傷つけた! 悲しませた! 一番しちゃいけないことをしたんです! そんなこと、おかしいよ……。本当のわたしは、そんなこと絶対にしない! わたしは本当のわたしじゃないっ!』

『待ってくれ、フィオナ……』

『わたしはフィオナなのに、フィオナになれなかった……。わたしじゃクレスさんを幸せに出来なかった……。そんなわたしは、存在する価値がないんです。だから、だからもう終わりなんですっ!』


 フィオナとクレスは驚愕に目を見開いた。

 セルフィの全身から溢れ出た異常な量の魔力が青白く燃えさかり、ドレスも何も纏わない、彼女自身を燃やし始めた。本来は自分を守ってくれる魂の魔力が命を侵蝕し、己の存在を否定する。


「ダメです! 命の灯火をそんなことに――っ!」

『フィオナッ!』


 セルフィがしようとしていることを察して止めようと叫ぶ二人。それでもセルフィはさらに熱量を上げて拒絶する。


『やめるんだ……フィオナ……っ!』

『いやっ! 来ないでください!』

『待ってくれ……すぐに、行く……!』

『ダメなんです! 来ちゃ、いけないんですっ!』


 頭を降って拒絶するセルフィに、しかしクレスはゆっくりと歩を進めた。粒子となって消えていく身体を引きずって、それでも着実に進む。


 彼は最後に一度だけ振り返り、フィオナに、優しく微笑みかけた。


『フィオナ……今行く……』

『来ないで!』

『そうはいかない』

『わたしはもういいんです! わたしじゃクレスさんを守れなかったから!』

『そんなことはない』

『お願い……来ないで…………来ないでくださいクレスさんっ!』

『君を…………独りに、出来るはずがないだろうッ!』


 クレスは叫び、最後の力を振り絞って走る。

 その足が、下半身が崩壊する寸前に、燃えさかるセルフィの身体へと飛び込んだ。


「――クレスさんっ!」


 フィオナが呼ぶ。

 青い炎はさらに轟々と強くなり、フィオナもその場所から一歩も近づけないような熱量になる。


 もう一人のクレスを、もう一人のフィオナがその手で抱き留める。

 しかし身体を支えきれずにセルフィは膝をつき、クレスはそんな彼女に上半身のみでもたれかかっていた。


『……ごめん、フィオナ。最期に、君を、抱きしめることも、出来ない……』

『どうして……どうして…………なんで……』

『君も、本当のフィオナだ。俺の愛する、たった一人の、女性(ひと)なんだ……。神様にも、誓ったね。俺は、君のために、生きると……』

『クレス、さん……だって、わたしは……ほんとうの……』

『……笑ってくれ、フィオナ』


 クレスが顔を上げた。



『俺はずっと、そばにいる。いつまでも、一緒にいるよ。君を、(こころ)から、愛している――』



 目を閉じたクレスは、もう、何も言葉を発しなかった。

 セルフィは炎の中でボロボロと泣き崩れ、強く、クレスを抱きしめた。


 ボボウ、と青い炎が大きな火柱を上げて教会の天井を突き抜ける。

 燃える二人の身体は魔力の粒子に還り、煌びやかに魂の輝きを放つ。


 すべてを見ているしかなかったフィオナに、セルフィが最後に視線を送った。


 自分(彼女)が、笑っていた。



『――どうか、わたし(あなた)は、クレスさんを、幸せに…………――』



 それだけを口にして、セルフィは、もう意識のないクレスへとキスをする。

 その瞬間に青い炎は弾け――二人は、完全なる粒子となってこの世界に溶けた。


 

 最後に残ったのは、燃え尽きた二つの木偶の灰だけだった――。


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