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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十一章 神域のラブファイト編

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クレス・セルフィ



◇◆◇◆◇◆◇



 教会内の激しい光が収まる。

《シャインブライド》状態のフィオナは、杖を前に突き出したままで立ち尽くしていた。額から汗がしたたり落ち、銀髪からは大量の魔力の残滓が煌びやかに放出される。ボロボロになったウェディングドレスもまた粒子に還り、《ブライド》が解除されて、全身から力が抜けてぺたりと座り込む。すぐ後ろには女神と聖女のステンドグラスがあった。

 天井や聖女たちの柱がガラガラと音を立てて崩れ落ち、粉塵によって視界が遮られる中でフィオナがつぶやいた。


「…………どう、して……」


 フィオナは大きく動揺していた。

 あのとき、自分は全力を尽くして相手の魔術を凌駕した。自分を超えることが出来た。その確信があった。


 ――しかし、最後の最後にフィオナは魔術を自ら拡散させ、周囲に逃がした。


 そのせいで相手の魔術の直撃を受け、ドレスは破壊されて、教会内部もまた激しく崩壊した。壊れた教会はすぐに修復されてあるべき姿を取り戻すが、フィオナは裸のまま満身創痍となっていた。もう魔術を使えるような力は残っていない。


 顔を上げたフィオナは、あらためて我が目を疑う。しかし、見間違いではなかった。


 視界が晴れたその場所に立っていたのは――



「…………クレス、さん……」



 フィオナ・セルフィを庇って立つクレスが、そこにいた。

 信じがたい光景に愕然となるフィオナの前で、セルフィが破顔した。


『……クレスさん! 来てくれたんですねっ!』

『……フィオナ。ここは…………いや、そ、それより怪我はないかい?』

『大丈夫です! クレスさんが守ってくれたから…………クレスさんっ!』


 後ろから抱きつく裸のセルフィに、クレスは安堵したような表情を見せた。軽装の彼は腰にあの『聖剣』だけを持っている。


 フィオナの困惑は続く。


 ――なぜクレスがここにいるのか。


 ここは、聖女しか足を踏み入れることの出来ない聖域。神の領域。クレスが入ってこられる場所ではない。

 ならば、あのクレスは偽りの者(セルフィ)なのか?

 その自問に、フィオナはすぐに答えを出せた。


 ――本物のクレスだ。


 この距離でも間違えることはない。

 たとえ肉体が違っても、彼はクレスの魂を持っている。それだけはわかった。


 だから、涙が出そうになった。


 喜びと諦観。

 もう自分に(・・・・・)出来ることはない(・・・・・・・・)


 クレスがこちらを見る。


『…………フィオナが、もう一人……?』


 呆然とつぶやくクレス。

 彼は二人のフィオナを交互に見つめてから、慌てて目をそらす。


『な、なぜフィオナが二人……? まさか、二人で戦っていたのか? これは一体どうなって、そもそも俺はなぜっ、いや、それよりどうして二人ともそんな格好なんだ……!?』

『そんなのどうだっていいんですっ!』

『わっ。フィ、フィオナ?』


 寄り添うセルフィが背伸びをしてクレスの頬に口づけをした後、砕けた宝石の杖を投げ捨てて甘く微笑んだ。


『わたしももう、限界でした。けれどクレスさんが力をくれた。ありがとうございます。待っていてくださいね、クレスさん。わたしはもう一人のわたしを倒して自分を乗り越えます。そして、必ず一緒に帰りましょう。わたしたちの、光溢れる世界へ!』

『フィオナ……』


 そう言ってクレスの前に立つ、フィオナ・セルフィ。

 先ほどあれだけの魔力を消費したにもかかわらず、再び全身に青白い炎の魔力を灯す。頭部にはクインフォの耳が生え、《ブライド》の純白のドレスを纏う。


『……立てないのですか?』


 セルフィの言葉に、フィオナは何も返答できなかった。


『わかります。だって、クレスさんはわたしを守ってくれた。わたしを選んでくれた。このわたしを、です』


 フィオナの目の前で喜びに浸るセルフィ。彼女が胸を高鳴らせ、高揚の中で魔力を高めていることはよくわかった。


『こうなってしまえば、わたし(あなた)にはもう、戦う意味がないはずです。これ以上は、お互いに辛くなってしまうだけ……。だから、終わらせましょう』


 セルフィの両手に多重魔方陣が展開される。圧縮された魔力がキィィィンと高い音を発し、周囲にいくつもの青白い炎玉が浮かび上がる。

 二人のフィオナが向かい合い、決着をつけようとしている。その光景にクレスは大いに困惑していた。


 そのとき、フィオナとクレスの目が合った。


『……フィオナ…………』


 クレスが名前を呼んでくれる。

 セルフィが二人の視線を塞ぐように間に入った。


『心配しないでください。クレスさんは、わたしが誰よりも幸せにしてみせます。だからあなたは、どうかここで、永遠に、安らかに――』


 セルフィの周囲でいくつもの青い炎の玉が急激に膨れあがり、すべてを燃やし尽くすように激しく燃えさかる。


『――【ラル・アベリカ・ヴォルフレア】』


 すべての青い炎玉がフィオナを目標に飛び出す。

 クインフォ族のみが操るこの強力な炎魂の魔術は最上位クラスの攻撃魔術であり、一つ一つが山を消し飛ばす威力であることをフィオナはよくわかっている。そのすべてが自分に向かってきている。それでもよけられなかった。


 今のフィオナに、もう戦う力は残っていない。

 残っていたとしても、何も出来ない。攻撃なんて出来るはずがない。


 もう一人の自分の隣に、愛する人がいるのだから。



「クレスさん」



 ささやく。


 彼がこちらを見た。


 フィオナは、ただ優しく微笑む。クレスは大きく目を見開いた。


 そして最初の青い炎がフィオナに着弾しようとしたそのとき――



()ッ!!』



 一閃。

 フィオナの眼前で青い炎が二つに裂かれ、それが爆発を起こす寸前に視界が暗くなる。

 力強く優しい、愛する人の腕に抱きかかえられていた。


『――君は、俺が守るよ』


 刹那に、耳元で彼の声が聞こえた。

 直後、激しい爆発が連鎖してすべてを飲み込む。目の前の人は、それでもフィオナから離れることは決してなかった――。

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