戦友との再会
そこで、フィオナがなんだか少し言いづらそうにもじもじとした。
「……フィオナ?」
「あの……さ、早速お伝えしたいことがあるのですが……」
「うん、なんでもいいよ。教えてくれ」
「は、はい……えっと、あの……」
フィオナは胸元に手を当てながら呼吸を整え、ゆっくりと言葉を重ねる。
「じ、実はわたしっ、恋人同士の……ふ、夫婦のすることに、大変にっ、興味が、あ、ありまして……!」
「……夫婦のすること?」
「は、はい。その、えっと…………あの……」
月明かりと魔力灯のわずかな光しかない中でも、クレスにはフィオナが赤面していることがよくわかった。
よほど決心のいる発言なのかもしれないが、クレスには彼女の言いたいことがよくわからない。
だからクレスは自分から近づいた。
「フィオナ、すまない。俺はまだ経験が足りないせいか、君の言いたいことを察してあげられない。何がしたいのか、具体的に教えてくれないか」
「えっ……」
「君がしたいことなら、出来る限り応えたい。なんでも言ってくれていいよ」
「な、なん、でも…………!」
フィオナに顔を近づけるクレス。
彼女はますます赤くなっていき、その顔は今にも湯気が出そうなほど熱を持っていた。
すると──フィオナの頭にぴょこっと『クインフォ族』の耳が生える。
クレスの視線でフィオナもすぐ己の異変に気付いた。
「あ、あうっ! あの、こ、これはそのっ、ち、違うんです! あの、あのあのっ」
銀色の耳を押さえながらあたふたと当惑するフィオナ。
興奮しているのか、どうやら体内の魔力が不安定になっているようだった。彼女クラスの魔術師がそうなるのはよっぽど精神を乱している証拠である。
クレスは優しくフィオナの手を取り、告げる。
「フィオナ。何も隠すような必要はない」
「ク、クレスさん」
「君の、正直な気持ちを教えてくれ」
クレスの欲求は強まっていた。
──彼女のことを知りたい。
フィオナが何を考えていて、自分に何を求めているのか。
彼女が自分を幸せにしたいと言ったように、クレスもまたフィオナを幸せにしたいと思っている。
しばらくして、フィオナはクインフォの耳から手を離す。
クレスから視線を逸らしながら、それでも、勇気を振り絞るように言う。
「あ、あの……そ、それでは!」
「うん」
「……さ…………三回目、いい……でしょうか…………」
「三回目?」
クレスは一瞬だけ悩み、そしてすぐに気付いた。
「──うん、もちろんだ」
察したクレスはそう答え、フィオナの肩に手を乗せると彼女を優しく引き寄せる。
二人の顔が、再度近づく。
そのとき――
「オイバカそっち行くなって! カップルいんだろが!」
「え? どこにそんな破廉恥な連中が――」
声がした方に振り返るクレスとフィオナ。
そこに、一組の男女の姿があった。
「「「あっ」」」
三人の声が重なる。
そこにいた一組の男女と、そしてクレスのものである。
男にしては長髪の、よく鍛えられた肉体の人物がクレスを指差しながら次第に明るい表情になっていった。
「……うおーーーッ!! クレスか!? クレスだよな!? なんだよオイマジかテメェ! 何年ぶりだよ! 生きてたのか相棒この野郎っ!」
すごい勢いで駆け寄ってきた男がクレスの首に腕を回し、頭をわしゃわしゃと乱してきた。だが、クレスは驚きでそれどころではない。
「ヴァ、ヴァーンか? なぜこんなところにっ」
「それはこっちのセリフだ! お前、魔王を討伐した後でいきなりどっかに消えやがって! 死んだっつー話も流れてやがったからよ、さすがにこの氷結女も心配してたぞ!」
ヴァーンと呼ばれた男が親指でグイッと背後を差す。
すると、涼しげな表情の小柄な少女がスタスタと歩いてくる。彼女の周囲は不思議とほんのり冷たい空気が流れていた。
「クーちゃん、久しぶりね」
「エ、エステルまで……!」
「所詮は噂と思っていたけれど……元気そうな顔が見られて嬉しいわ」
わずかにだけ口端をあげる少女――エステル。
クレスは二人の顔を見比べて話す。
「二人とも、本当に久しぶりだな……。それにしても、よく俺だとわかったね」
「ハァ? 何言ってんだクレス?」
「いや、俺はこうして髪も切ったし、服装もだいぶ違うだろう。あの頃と比べれば体つきも細くなったはずだ。よく一目でわかったなと……」
言うと、ヴァーンが苦い顔をして肩をすくめる。
「あのなぁ。俺たちゃ二年近くも旅してた仲じゃねーか、んなもん見りゃあわかるに決まってんだろ? そこいらのヤツと一緒にすんな!」
「このおばかさんの言う通りよ、クーちゃん。戦友の顔を忘れるはずもないわ。一般の方はクーちゃんの顔の見るような機会もほとんどなかったでしょうから、気付かないのも仕方ないでしょうけれど」
「アァ~?バカとはなんだカチコチ女」
「あらごめんなさい。私、嘘がつけない美女だから」
「おうどうだクレス。相変わらず可愛くねークソまな板女だろ」
「ラブリーバストと呼びなさい。そのお喋りな口に手を突っ込んでのどちんこをガチガチにしてやってもいいのよ」
「ピンポイントにヤベェところ狙うのやめろやァッ!」
「ヴァーン……エステル……」
懐かしい顔と声に、見慣れた光景に、様々な記憶が思い起こされるクレス。
そこでクレスの袖が引かれた。
いつの間にかクインフォのキツネ耳がなくなっているフィオナがおそるおそる言う。
「ク、クレスさん……えっと、こちらの方たちは……」
「ああ、すまないフィオナ。この二人は、以前に俺と魔王討伐のパーティーを組んでいた冒険者だよ。二人とも、軽く紹介してもらえるか」
「おーっす。オレ様は最強無敵のカッケー戦士、『ヴァーン・ノイヴィ』だ。よろしくな嬢ちゃん!」
「『エステル・クライアット』よ。身分は旅する魔術師、というところかしら。よろしくね、キュートなお嬢さん」
「あ、は、はいっ! 『フィオナ・リンドブルーム・ベルッチ』と申します。よ、よろしくお願いします!」
握手をかわす三人。
そこでヴァーンがニカッと笑みを浮かべて言う。
「いやー二人きりでラブラブだったところワリィな! ついテンション上がっちまってさ!」
「いや、俺も二人に会えて嬉しいよ。……元気にしていたみたいだね」
「おう! ところでクレス、今日はせっかくの祭りだしよ、良かったら久しぶりに飲みに行かねーか? もちろんフィオナちゃんも一緒にな! 報奨金もらったばっかだし奢るぜぇ~!」
「え? わ、わたしもいいんですか?」
目をパチクリさせるフィオナ。ヴァーンは嬉しそうに答える。
「クレスの女なら当然だろ? よっしゃ、四人で夜のダブルデートとしゃれこもうぜ! 今夜は帰さねーぞ!」
「待ちなさい。それはつまり、私があなたの相手ということ? クーちゃんならともかく、特技『発情』男のお相手なんてごめんなのだけれど。彼氏面しないでくれる?」
「うるせぇオレだってお前はごめんだ! そっちの方がフィオナちゃんを誘いやすいと思ったんだよ! いいから黙ってついてこいっての!」
「ふぅ……強引に女を扱うのが格好良いと思っている馬鹿な男はこれだから……。クーちゃん、こういう勘違い男になっては駄目よ。女の子は優しく、丁寧に、ね?」
ウィンクをしてわずかにだけ微笑むエステルと、その隣で「うぜえええええ!」と叫ぶヴァーン。
クレスは、呆然としたままのフィオナに向けて言った。
「フィオナ。デートの途中ですまないが、どうだろう。二人がいれば、俺の昔のことも君に知ってもらえると思うんだ。だけど、もし君が嫌ならば断るよ。何も遠慮はいらない」
そんな提案に、フィオナはすぐに柔らかな笑みで応えた。
「クレスさんのお友達に会えるなんて、とても光栄です! 是非、ご一緒したいです!」
ヴァーンが「決まりだな!」と親指を立てた。




