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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十一章 神域のラブファイト編

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純白の言葉

 ――歌が終わる。


 しばらくの静寂の後、大きな拍手が鳴り響いた。最前列ではエステルとアリンも喜んでくれている。

 フィオナとソフィアはホッと胸をなで下ろした。自分たちに出来ることをやりきった上で、この街の人々の笑顔を見ることが出来たから。少なくとも、エステルの願いを叶えられたのではないかと思えた。


 そこで突然、人々の歓声がいっそう強くなった。

 皆が見上げていたのは――空。

 フィオナとソフィアもまたそこへ視線を向ける。


 輝くは、月と星。


 常に厚い雲に覆われていたこのエルンストンの街を、大きな月と瞬く星々が照らしていた。

 二人の口から感嘆の息が漏れる。

 その神秘的とも呼べる美しさに、皆が見とれていた。この街ではめったに見られない奇跡のような光景に、やがて人々を言葉をなくした。ただずっと、美しい夜空を眺め続けていた。



 次の瞬間――世界から音が消えた。



 同時に、景色が白一色へ変化する。この世界で正しい色を持っているのは、フィオナとソフィア。さらに頭上の月と星。その“異常”に気付いているのは、どうやら二人だけのようだ。


 そこでさらにもう一人――女神シャーレが二人の眼前に現れた。


「わっ! シャ、シャーレ様……!」

「今のはちょっと来そうだって覚悟してたからそんな驚かなかったもんね! ていうか、な、何これっ?」


 困惑する二人を無視して、シャーレは背中を丸めながら宙に浮かび、皆と同じようにじっと空を見つめていた。白い人々は女神の存在に気付くようなことはなく、家族や恋人と肩を寄せ合い、夜空を指さして笑いあっていた。そんな彼らの声も拍手も、もうこちらには届かない。まるで、世界が分かたれたようであった。


 シャーレが遠い目でつぶやく。


「……《レアリア》の月……《ユクトリシャ》の星……」


 その言葉の意味を、フィオナとソフィアは知っている。ミレーニアが創り上げた二つの歌で紡がれる詞だから。


 そして二人は呆然とした。

 夜空を見上げる女神シャーレの瞳から、一筋の光るものがこぼれた。

 二人は、何かとても神聖なものを目の当たりにしたような気がして、女神へ声を掛けることはためらわれた。それはしてはいけないことだと思えた。


 シャーレはそれからもしばらく空を見つめていたが、やがてゆっくりと目を閉じた。


「お前たちの歌など、完全には遠い。ミレーニアの天使の声(エンジェルボイス)には遥か及ばない。美しさを極めているとは言えない。それでも…………いいわ」

「「……え?」」

「あの月と星が見えたのなら、それでいい……」


 そう言って、女神シャーレはゆっくりと消えていった。


「……シャーレ様、泣いて、いた……よね……」

「う、うん……。ていうか、合格でいいの、かな?」


 何がどうなったのかよくわからない二人。しかし、どうやら二人の『美』は認めてもらえたようである。

 そのとき景色がぐにゃりと歪み、世界にヒビが入った。再現された過去の記憶が砕けようとしている。


 二人はすぐに意識を別のところへ向けた。


 崩壊する世界の中で、多くの人々が何も気付かずに頭上を見上げていたが、二人と目の合う者が一人だけ存在した。

 その少女――エステルがステージの方へ駆け寄ってきて、見えない何かに阻まれて尻餅をつく。何が起こっているのか理解していないだろうエステルは、何度もまばたきをして目の前の壁に触れる。


「エステルさんっ!」

「うわっ、ダメだよフィオナちゃん進めなくなってる!」


 ソフィアに腕を捕まれて足を止めるフィオナ。二人も彼女に近寄ろうとしたが、もう、ステージの先は白の崖と化していた。こちらとあちらの世界は断絶された。


 雪だけが降る世界で、エステルが必死に何かの言葉を発していた。しかし、もうその声は二人に届かない。何も聞こえない。


 すべてが幻想の彼方へ消えゆく中で――エステルは両手の前で手を組み合わせ、呼吸を整えた。


 そして顔を上げ、ゆっくりと、ある言葉を口にする。



『          』



 微笑むエステルの瞳から涙が流れたとき、彼女(過去)の世界は消えていった。

 真っ白な雪に、塗りつぶされるように。

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