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誓い

 フィオナは、何も言えずにまばたきすら忘れている。


「君がなぜ俺の元に来てくれたのか、俺のそばにいたいと言ってくれたのか、俺にはわからなかった。そして君を受け入れた自分の気持ちさえ、俺は理解していなかったんだ。でも、今は君の気持ちがわかるよ」

「……気持ち?」

「うん。今、俺は君と一緒にいたいと思っている。誰に言われるわけでもなく、そう感じている。きっと、君も同じ想いなのだろうと思ったんだ。そばにいてくれるだけで心が軽くなる。君の笑顔を見るだけで優しい気持ちになれる。他には何もいらない。ただ、一緒にいられるだけでいい。それが愛だというのなら――」


 クレスは箱から指輪を取り出し、それをフィオナの左手の薬指にそっと嵌める。


 フィオナはその左手を見つめ、それからクレスの方を見た。



「――俺は、君を愛している。だからフィオナ、俺と結婚してほしい」



 フィオナの瞳から、流れ星のように綺麗な涙が頬を伝って落ちた。


 その唇は小さく震えながら開く。


「……これは、夢、ですか……?」

「いや、夢じゃないよ」

「誰かに、教えてもらって……?」

「違うよ。俺が俺の気持ちに従っただけだ」

「だって……クレスさんが、わたしを、愛しているって……」

「正直な気持ちだ」

「わたし、まだ、なにもしてあげられていないと……」

「そんなことはない。俺はもう、君にたくさんのものを貰ったよ」

「……本当に」

「うん」

「本当に、わたしで……いいん、でしょうか……?」

「君だから結婚したいと思った。フィオナ以外の誰かにプロポーズを考えたことはない。これからもない」

「クレス、さん……」

「俺のような男でいいのなら、どうかそばにいてほしい。何も知らない俺を、隣で支えてくれないか」


 見つめ合う二人。


 フィオナは涙を拭うこともなく、微笑んだ。


 もう、震えはない。



「……はい! わたしも、あなたを愛しています。結婚してください!」



 クレスの胸元に手を添えて、背伸びをするフィオナ。


 二人の唇は、自然に重なった。


 以前フィオナが強引にしたものとは違う、想い人同士の口づけ。


 少しだけ時間が止まる。


 そっと、身体が離れた。


「……えへへ。わたし、これが二回目のキスでした……」

「俺もだよ」

「え? そ、それじゃあ……あのとき、わたしとが、はじめて、だったんですか……?」

「ああ。フィオナと同じだね」

「同じ……そう、なんですね。えへ、えへへへへっ。それじゃあわたしたち、これから一緒にすることも、きっと初めてのことばかりでしょうか」

「そうだね。俺は知らないことばかりだから、いろいろと教えてほしい。その代わりというわけではないが、俺は命を懸けて君を守り続ける。ご両親に誓ったことは忘れていないよ。そしてこれからも決して忘れることはない」

「クレスさん……ふふっ」


 フィオナは嬉しそうに微笑んだ後、少しからかうような声色でささやいた。


「嬉しいです。でも、それではダメです」

「え?」


 クレスの頭をそっと自分の胸元に抱き寄せるフィオナ。

 そして、フィオナはクレスの頭を撫でた。


「言いましたよね。わたしが、あなたを守ります。もうあなたが戦わなくていいように、あなたが守ってくれたものも、今度はわたしが守りたい。あなたを、幸せにしたいのです」

「フィオナ……」

「クレスさんはたくさん頑張りました。ずっとずっと頑張ってきました。だから、もう頑張らなくていいんです。もっと、わたしに甘えてください。どんなわがままだっていいです。あなたの気持ちをすべて教えてほしいです。わたしはこれから、ずっとあなたのそばにいます。それが、わたしの誓いです」

「…………そうか」


 フィオナに身体を預けたまま、クレスはゆっくり目を閉じる。


 クレスは以前、女性に頼るのは男として情けないのではと思っていた。


 だが──今は少し違う。


 フィオナに教えられた。男も女も関係がないのだと。


 ──“愛する人を守りたい”


 その想いはきっと、どちらも同じはずだ。

 お互いがお互いを支え、守るのが夫婦であると。


 だから、彼女に守られてもいい。

 彼女の優しさに包まれてもいい。

 すべてを委ねて構わない。

 きっと、それが心を許すことだから。


 クレスは目を閉じたまま、安堵の言葉をささやく。


「……フィオナに抱きしめられていると、心地良いな。撫でられていると、とても落ち着く。なぜ、君に触れるとこんなにも穏やかになれるのだろう」

「ふふっ。それじゃあ、たくさんしてあげますね。よしよし……なでなで……♪」

「君の透きとおるような声も好きだ。それに、フィオナはいつもどこか甘い良い匂いがするね」

「そ、そうですか?うう、褒められてばかりだと照れてしまいます……。でも、わたしもクレスさんの声や匂いが好きですよ。あ、知っていますか? 男女の関係というのは、お互いに良い匂いを感じるほど相性がバッチリなんですよ。アカデミーでフェロモンのことを習ったときに知りました」

「そうなのか。なら、きっと俺たちの相性は良いのだろう。……もう少し、こうして甘えていてもいいかな」

「はい。誰も見ていませんから、たくさん甘えてください。一晩中でも、ずぅっとクレスさんを抱きしめていますよ」

「それは……良い夢が見られそうだな」

「ふふ。ベッドが届くのが、楽しみですね」

「うん」


 クレスは、自分が驚くほど素直になっていることに気付いた。

 かつて、自分の母にすらここまで気持ちを明かしたことはない。

 今までも正直な気持ちを伝えているつもりではいたが、自分と彼女の気持ちをどちらも受け入れることが出来るようになって、少し変わったように思えた。


 弱く情けない自分を――“勇者”ではなくなった自分を、今は認められている。


 そんな自分でも、彼女のそばにいていいのだと思える。

 それはきっと、彼女が『勇者クレス』ではなく、『クレス・アディエル』を見ていてくれるからだ。


「クレスさん」

「なんだい?」

「どうか、クレスさんのことも、たくさんわたしに教えてくださいね」

「え?」

「クレスさんが、今までどんな冒険をしてきたのか。どんな人たちと出会ったのか。どんな魔物と戦ってきたのか。嬉しかったことも、辛かったことも、教えてほしいです」

「……フィオナには、話しづらい話も多いな」

「いいんです。わたしも、クレスさんのすべてを受け入れたいのです。良い記憶も悪い記憶も。すべて一緒になって感じたいです。心を、もっともっと近づけたいんです。そして、二人の思い出をたくさん作っていきたい。それが、良き夫婦だと思うから」

「……そうか。わかったよ」


 二人は自然に身体を離す。

 クレスは言った。


「誓うよ。俺のことは、すべてフィオナに伝える」


「誓います。わたしのことも、これからぜんぶクレスさんに伝えます」


 誓い合う二人。

 このとき、二人の心は限りなく一つに近づいていた。

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