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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十一章 神域のラブファイト編

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永久の眠り

 眠り続けるソフィアを迎えに行くため、フィオナは神の世界である神域まで行くことを決めて、クレスやレミウスたちもそれに協力してくれることになった。


 しかし――


「ところで……ど、どうやってソフィアちゃんのところまで行くんでしょう……!?」


 ソフィアのベッド前で悩むフィオナ。もちろんクレスにもその方法がわかるはずはなく、「うーむ」と思い悩むしかなかった。その間にも、黒髪のメイドはテキパキと動いて紅茶に添えるお菓子まで用意してくれていた。

 こうなると、頼みの綱はレミウスである。


「うう……さっきはあんなに勢いよく言っちゃって恥ずかしいです……。だ、大司教さまは、何かご存じではありませんか?」


 フィオナの質問に、法衣姿の大司教レミウスはカップに口をつけた後、難しい顔をして口を開いた。


「……歴代の聖女様たちは皆、心身の成熟と共に自らを呼ぶシャーレ神の声が聞こえるようになると言い伝えられております。それが『天星』の合図であり、教会として聖女様をお見送りする準備の時なのです。しかし、声が聞こえるようになればすぐに招かれてしまい、今のソフィア様のように永眠されてしまうため、その事実や詳しいところなどは、『天星』された聖女様にしかわからぬ感覚かもしれません」

「呼ぶ声……ですか」

「フィオナにも、そういった声が聞こえるのかい?」

「ごめんなさい、今のところは……。となると、自分から行くというのはやっぱり難しいことなんでしょうか」

「少なくとも、教会の歴史上そういった事実は残されておりませぬ。初代聖女ミレーニア様だけは、『天星』前から自由に神域と行き来が出来たそうですが……それも伝説上のものとして、書物や聖歌に残されるのみです」

「そ、そうなんですね」


 あまり直接的なヒントとなるような情報はなく、ちょっぴり困ってしまうフィオナである。自分から行くと言った以上、なんとかしなければ格好がつかないところであるが、なんとかしようにもスケールの大きい話である。何せ神の世界に行く方法なのだから。


 そこで考えを巡らせていたクレスが口を開いた。


「先代の聖女、ミネット様の時はどのような『天星』であったのかお聞き出来ますか?」

「む……」

「もしかしたら、何か糸口になる情報があるやもしれません」


 そんなクレスの言葉に、レミウスはしばし逡巡した後に答えた。


「……ソフィア様がお生まれになり、ミネット様は生命力に満ちておりました。イリア様とご自分との子を、必ず立派な子に育てると。この子が平和な時代の象徴になれるようにと、よく、そう仰っておりました」


 思い出すように目をつむるレミウスの話に、クレスとフィオナは静かに耳を傾ける。


「ミネット様の愛情を一身に受けたソフィア様はすくすくとご成長され、お話が出来るようになった頃には、ミネット様は喜んでソフィア様にいろんなことを話されておりました。それからしばらくが経った頃です。まだ幼かったソフィア様の瞳に、星の輝きが宿りました。その時からミネット様は何かを感じ取っていたのかもしれません。日に日にお身体が弱っていき、とうとうベッドから起き上がることさえ出来ずにおりました。そして……その夜が訪れたのです」


 彼の視線は、ベッドで眠るソフィアの方へと向く。そんなレミウスの回想は、クレスやフィオナにも身近なこととして感じることが出来た。


「ミネット様とソフィア様は、ご一緒にお眠りになっておりました。やがてソフィア様が眠りにつかれた頃、私だけがこの場所に呼ばれました。ミネット様は、『あんまり早く行ってしまったら、神様のご迷惑になってしまうね』と、冗談のように笑っておられ……。それから、うとうとと眠られるようにミネット様の意識が薄れていき、最後に、イリア様とフィオナ様のご心配と、ソフィア様のことを託す旨を私に申しつけられ、お眠りになりました」


 常に淡々としたレミウスの言葉に、そのとき少しだけ感情がこもった。


「それが永遠の眠りであると、当時の私にはわかりませんでした。翌朝になれば、いつものようにお目覚めになられるものと信じていたのです……。最も身近で『天星』を目の当たりにし、神の存在を強く認識して、司教として聖女様をお見送りする。それが大司教の最大の仕事であると教えられておりました。しかし……その頃の私には、すべてを自然の摂理として受け入れることが難しかった。ソフィア様の存在がなければ、大司教を続けていくことなど到底なかったことでしょう」


 ハッキリと断言したレミウスは、メイドから受け取ったカップを掴み、紅茶を一口飲んで呼吸を整える。


「ミネット様の『天星』については以上です。……参考になるような情報は、ありませんでしたね」

「い、いえいえそんなっ! とっても貴重なお話を聴くことが出来て良かったです! それに……ミネット様は、わたしにとってもう一人の大切なお母さん、ですから」

「……フィオナ様」


 生まれてすぐ離れてしまったフィオナには、もちろんミネットとの思い出はない。それでもそう言ってくれたフィオナに対して、レミウスは感謝の意を示すように頭を下げた。


 そこで、レミウスが突然ハッと顔を上げた。


「……一つ、思い出しました」


 彼の視線は、眠るソフィアへ。クレスとフィオナもつられてそちらを向く。 


「ミネット様が『天星』されたあの夜、ミネット様は、いつも大事にしまわれているこのペンダントを、お手に握っておりました。まさに、今のソフィア様のように」


 ソフィアの手元できらりと光る、ペンダントの宝石。

 クレスとフィオナは顔を合わせ、それからフィオナが立ち上がった。


「大司教さまっ、少し待っていてもらえますか! お家に帰って取ってきます!」


 突然そう言い放ったフィオナは、クレスと共にメイドから案内を受けて下まで降りると、クレスと共に飛行の魔術で森へと急ぐ。その光景をレミウスが寝所の窓から呆然と眺めていた。



 ――少しして、二人は息を切らしたまま聖女の寝所まで戻ってきた。


「はぁ、はぁ……! お、おまたせ、して、すみま、せぇん……!」

「そ、それは良いのですが……一体、何を……?」


 戸惑ったままのレミウスの前で、フィオナは握っていた手の中のものを差し向ける。


「……これは! ミネット様の物と同じ……まさか、イリア様の……!?」


 フィオナはにっこり笑いかけて言った。


「物は試しです! 早速、やってみましょう!」



 それからフィオナは、皆が見守る中でペンダントを握ったままソフィアのそばにかがみ込む。しかし特に何の反応もなかった。呼びかけてみても、ソフィアの反応はない。

 次に、フィオナはレミウスに許可を得てからソフィアのベッドに上がり、シーツをめくって、ソフィアと添い寝をするようにくっついてみた。


「フィオナ。何か変化はあるかい?」

「えっと、えっと…………特に、ない、かなぁ……?」


 そんなフィオナの発言に、クレスやレミウスはホッとするような息を吐いた。今にも何かが起こるのではないかと、そんな緊張感が場にあったからである。


「き、期待させてしまってすみません。お母さんのペンダントには特別な魔術が掛けられていたこともあって、二つ合わせれば何か……と思ったんですけれど、特にないみたいです……」

「そうか……でも、なんだか微笑ましい光景だね。そうして二人並んでいると、本当の姉妹なんだとわかるよ。生まれた頃は、そうしていたんだろうね」


 クレスの言葉に、フィオナはシーツの中でちょっぴり照れたようにはにかんだ。レミウスとメイドの無表情な二人も、ちょっぴり口元が緩んでいる。


 フィオナは、妹の寝顔をそばから愛しそうに見つめながら、ソフィアの手に自身の手を重ね合わせた。


「……ソフィアちゃんと、また、おしゃべりがしたいな。メイドさんの紅茶を一緒に飲んで、大司教さまに怒られたってお話を聞いて、クレスさんたちと遊んで、温泉に入りに行って……それから…………それ……から……」


 ささやきかけるフィオナのまぶたが、ゆっくりと下りる。重ねられた姉妹の手の中で、ペンダントがそれぞれ美しい色に輝いていた。


「…………また…………いっしょ……に………………あそん……で………………」


 そうつぶやいたきり、完全に目を閉じてしまったフィオナは、ソフィアと手を重ねたまま穏やかな顔で寝息を立て始めた。


「……フィ、フィオナ? 眠ってしまった……のか? むう、さすがに疲れていたんだろうか」


 そんなクレスの背後で、レミウスがポツリとつぶやいた。


「……『天星』」


 レミウスは動揺した様子でクレスの隣に立つと、ベッドの横に膝をついて言う。



「これは……ひょっとすると…………フィオナ様もまた、神域へ招かれたのかもしれませぬ……!」



 固まるクレスの後ろで、黒髪のメイドさえも愕然と動きを止める。


 フィオナとソフィアの持つペンダントが、共鳴するように輝いていた。


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