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デート

 それからフィオナが戻ってきたときには、もう少年たちの姿は消えていた。


「お待たせしてすみません、グレイスさんっ」

「いや、考える良い時間になったよ」

「え? 考える……?」


 フィオナが不思議そうに首をかしげる。


 するとクレスは、何も言わずにそっとフィオナの手を握った。


「ふぇ? グ、グレイスさん?」

「フィオナと行きたい場所があるんだ。少し時間をくれるかい? ――いや、来てくれ。君と一緒に行きたいんだ」


 普段は言わないような強引なセリフと展開。


 クレスはフィオナにどんな反応をされるかと少し緊張していた様子であったが――


「……は、はい! ついていきます!」


 フィオナが嬉しそうに顔を綻ばせてくれたため、内心で少年たちに感謝した。



『――いいかにーちゃん! 女ってのは少しくらいゴーインな男がいいんだ! ユージューフダンが一番ダメだぜ! だまって俺についてこいくらいの感じで引っ張れ!』

『なるほど……そうだったのか……!』

『そんでもって、ロマンチックな場所にいけ! 二人きりになったらプレゼントを渡してキスだ! いいかプレゼントは大事だかんな! わすれんなよ!』

『グレイスさん、気を遣ってくれてすみません。こいつの言うことは軽く流してくれればいいので……』

『いや、助かるよ。ありがとう。君たちは俺の先生だな』

『お、おう! つーかにーちゃん、よくそれでフィオナと結婚出来たな……』



 至極真面目にそんなやりとりを交わしたクレス。

 ずいぶんと年下な少年たちの意見を真に受けた彼は、まずフィオナと共に宝石店へ向かった。そこでフィオナが気に入ったらしい宝石をプレゼントしようとしたのだが、それを彼女に断られてしまい、いきなり計画が頓挫する。


「そ、そんなそんな! 今日はたくさんのプレゼントをいただいてしまったので、これ以上いただくなんて出来ません。わたしのことはいいので、二人でお祭りを楽しみましょう!」

「フィオナ……ああ、わかったよ」


 だがそれにもめげることのないクレスはさらに計画を進め、それからは街で穴場だという大人向けの高級レストランにやってきて食事をする。

 フィオナはまさかこんな場所に連れてこられると思っていなかったのか、終始そわそわしていた。クレスもそわそわしていた。そしてこういった店でのマナーをよく知らないクレスは、年下のフィオナにその手のマナーを教わることになってしまう。これではいけないと反省してしまうクレス。


 こうして慣れない場所で食事を終えたそわそわカップルは、そのまま夜の街へ。さすがに子供たちの多くは家に戻り、これからは大人の時間である。


 そんな夜更けに、クレスはフィオナを連れてある場所にやってきた。


「──わぁ、今日はすごく見晴らしがいいですねっ。月や星がとても綺麗です……!」

「そうだね。祭りのせいか、いつもより街が明るいな」

「はい! クレスさんと一緒にこられてよかったです。それに……ここならクレスさんの名前も堂々と呼べますね。嬉しいです」


 二人がやってきたのは、街の中心部にある『シャーレの丘』。聖女の城へと続く丘の中腹にあり、大変眺望が良いことで知られる、シャーレ教会の聖地の一つである。

 先ほど街に響いた鐘もここに設置されていて、恋人同士で鐘をつくことで永遠の愛が生まれると云われ、街の人々にとってはお馴染みのデートスポットだ。

 が、それは鐘の設置されている入り口側の方であり、『魔力灯』も少ないこの奥の方にはあまり人が来ない。そのため現在も、ほぼ二人の貸し切り状態になっていた。


 フィオナは柵に手をかけて目を閉じ、サラサラとなびく銀髪を耳にかけ、涼しくなってきた夜風を感じ取る。

 それから目を開けて、優しい明かりの灯る街並みを見下ろした。


「クレスさん、今日はいろいろとありがとうございました。とってもとっても楽しかったです!」

「そ、そうか。それならよかった……」


 ――良い雰囲気だと思う。

 そう判断したクレスは、懐からあるプレゼントを取り出そうとした。


「フィオナ。あの、少しいいかな」


 フィオナがこちらを見る。


「はい。なんでしょうか?」


 目が合う。


 その瞬間、クレスはなぜか身体が動かなくなった。


 ――ん? な、なんだ? 誰かに魔術でもかけられているのかっ!?


 とんだ見当違いである。


 彼は、女性にプレゼントを贈ったことがない。


 つまりそれは――純粋な緊張だった。


「……クレスさん?」


 だがそんなことにも気づけないクレスは、かちこちになったまま動けず、何も言えないでいる。

 彼にはなぜか、フィオナがいつもよりさらに美しく見えた。


 フィオナはそんなクレスを見て少し呆けた後、小さく笑った。


「――ふふっ、よくはわからないですけど、大丈夫ですよ。落ち着いてください」

「あ、う、うん……」

「頑張って、クレスさんっ」


 デート相手にデートの応援をされるという謎の展開。

 彼の心情を察してか、先にフィオナが動いた。


「あっ、それではクレスさんの緊張をとくために、先にわたしからいいですか?」

「え?」

「えへへ。じ、実はずっとチャンスをうかがっていて……」


 すると、フィオナはそこで懐から小箱を一つ取り出した。

 彼女がそれを開けると、中には三日月の装飾が施された美しい宝石の耳飾りが収まっている。


 クレスは息を止めるほど驚いた。


「フィオナ……そ、それは、宝飾店で君が気に入ってたもの、だよね?」

「はい。クレスさんにとても似合いそうだなって思って……一目惚れしていたんです。だからその、今日のお礼にお渡しできたらいいなぁって、以前から思っていて」

「以前、から?」


 驚くクレスに、フィオナはこくんと笑顔でうなずく。


「そうなんです。ずっと同じデザインの指輪と迷っていたんですが、わたしがクレスさんに指輪を贈るのは、す、少し重たく感じられてしまうかなと……」

「……君が用事で離れていたとき、もしかして、既にこれを……?」

「は、はい。実はその、クレスさんと一緒に行く前には購入していたんです。だから、クレスさんに買っていただくなんて出来なくて……」

「……そういうことだったのか」

「だ、黙っていてすみませんっ。ですから、クレスさんがあの宝飾店に連れて行ってくれたときは、本当に驚いちゃいました。すごい偶然ですよね」


 照れたように微笑むフィオナ。

 彼女は自分が欲しい宝石を見ていたのではなく、クレスのための宝石を選んでくれていたのだ。


 その事実を知ったとき、クレスの胸は少し熱くなった。


「この宝石の名前は、『ブライトムーンストーン』。月の魔力が込められた魔石で、未来へ進むための力が込められているそうです。実は、私の母も似たものを持っていて……ちょっぴり憧れがあったんです。あ、母というのはリンドブルームの家のことで!」

「フィオナの実母が……そうか」

「あの……わたしから、クレスさんへのはじめてのプレゼント……受け取って、もらえますか?」

「ああ、もちろん」

「よかったっ。少し、じっとしていてくださいね」


 フィオナはその耳飾りを手に取り、軽く背伸びをして、クレスは逆に膝を曲げる。そして多少手間取りながら、一所懸命にクレスの耳に着けてくれた。


「――はい、できましたっ。やっぱり、とっても似合ってます!」

「……ありがとう、フィオナ」


 自分の手で耳飾りに触れるクレス。

 月の石は、心なしか温かく感じられた。


 フィオナはほんのり火照った顔で、とても嬉しそうに微笑む。


「えへへ。男性に贈り物なんて、おじ様以外では初めてだったので……すごく、ドキドキしちゃいました。き、気に入っていただけたらいいんですが……」


 ブライトムーンストーンの宝石言葉は、『この愛を忘れない』。

 それを差し出すことは、永久の契りを意味する。ゆえに聖都のカップルにとても人気のある宝石だ。


 クレスは、そのことをよく知っていた(・・・・・・・)


 だから、わかった。

 彼女はきっと、本当に自分のことを想ってくれている。だから、行動でその想いを示そうとしてくれている。


 ならば、自分も応えなければならない。


 既に緊張はとけていた。


「――フィオナ。俺からもいいだろうか」

「え?」

「君に、これを受け取ってほしい」


 クレスもまた、懐からプレゼントの入った小箱を取り出し、それをフィオナの前に差し出す。


 箱を開けると、そこには美しい宝石の指輪が収まっている。


 三日月の『ブライトムーンストーン』がデザインされた、美しい指輪。


「……え? クレス、さん……? これ…………」


 クレスは言う。



「俺と――――キスをしてください!」



「……へっ?」



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