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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第十章 夫婦の定期健診編

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迷える子羊の大司教代理(後編)

 思い出す。

 

 この寝所で、“彼女”は言った。



『レミウス……ソフィアを……おねがい、します……』



 それが最期の言葉だった。


 何も出来なかった。

 ミネットはもっと長く生きられたはずだった。


 レミウスは、己の力など神の前では無力に等しいと思い知った。

 それでも、誓った。

 ソフィアだけは護らねばならない。ミネットのため、ソフィアのために身命を賭する。その強き想いこそがレミウスを突き動かしてきた。彼に生命力を与えた。


 ――しかし今は、迷いが生まれていた。


 古き思想の老いた自分などが、彼女のそばにいてよいのだろうか。

 自分などが、彼女のために出来ることがあるのだろうか。 

 自分は本当に必要なのだろうか。

 

「…………ミネット様…………私は……」


 深く考えを巡らせる中で、自然にかつての聖女の名が口を出る。


 そんなとき、レミウスは足元に何かが落ちているのを見つけた。


「……む」


 手に取る。しっかりとした重みのあるそれは、ソフィアの使っている日記帳であった。鍵付きの、品質の良い使った高級な品である。これは母ミネットから受け継いだもので、ミネットがほとんど記せなかったページを埋めるように、ソフィアが大切にしているものである。

 おそらくはそばの机に置いてあったのだろうが、風か、もしくは小さな客のイタズラで落ちてしまったのだろう。


 しかし腑に落ちない。


 ソフィアはいつも、この日記帳をしっかりと引き出しにしまっているはずだ。何より彼女はこのような迂闊をするような性格ではないだろう。それに今、この日記帳の鍵は開いていた。今までこんな事は一度もなかった。まるで、レミウスに読まれるために仕組まれたかのようですらあった。


「…………」


 レミウスはしばし困惑、逡巡した後、ソフィアの方を見た。

 ひょっとしたらこれは彼女のイタズラで、日記を開いた瞬間に「みぃ~~~たぁ~~~なぁ~~~~!」と起き上がってくるのではないかと思った…………が、どうやらその心配はなさそうだった。


 普段の彼であれば、このような状況で日記帳を開くようなことはしない。


 しかし……今晩の彼は、救いを求めるかのように手を伸ばしていた。


「……お許しください」


 罪悪感と共に、日記帳を開く。

 そこには、日々の出来事が簡易的に、また砕けた文調で記されていた。最近のものだとフードフェスタの記述が熱心なもので、特に他国のお姫様が勇者クレスを狙っていたことについて自身の見解やらが書かれており、そこから愛と恋の違い、理想を現実にするための力、最終的に『愛は勝つ!』みたいな精神論で締められていた。


 やがて最新のものへ辿り着く。

 本日の日付が入った日記。そこにはこう書かれていた。



『晴れ。お仕事いっぱいの後にピアノの練習。

 今日もレミウスに叱られた! 

 だからですね、なんで聖女はピアノを弾けなきゃいけないんですか!? 指つっちゃうの! ぴきーんてなるの! この辛さわかってるのかなぁ! ホント、毎日レミウスと一緒だと疲れるし大変だよ! 寝顔だって覗きにくるしさぁ! 乙女の心わかってますか!』


 申し訳ない。そう思いつつも、嫌われることは仕方ないと感じていた。それが彼女のためになるのならいくらでも非難を受ける。レミウスはそういう覚悟をしていた。


 そう思いながら目を動かし、ハッとした。



『でも、感謝はしてるよ。

 私のこと本気で叱ってくれるのって、レミウスくらいしかいないしさ。

 お父さんのことって何も知らないけど、あんな感じなのかなぁ? いやいや! もっと格好良くて優しいに決まってます! あんなのはパパじゃありません! クレスくんみたいなのが良い!』



 そんな断言と共に、キラキラした男性の顔イラストが描かれている。

 


『私はまだまだ聖女として力不足だけど、ここまでやれてるのはきっとレミウスのおかげ。

 だから、許してあげる。

 ありがとう。

 お母様も、きっとこう言ったよね。

 もういい年だけどさ、私の子供のおしめ替えるまでは長生きしといてください!』



 皺の刻まれた瞼を上げ、目を見開くレミウス。

 それはまるで、彼が読むことを想定したような書き方だった。


 背中が震える。

 込み上げてくるものを堪え、そして、レミウスは決意を新たにする。


 ――彼女のために、最期の時まで尽くさなくてはならない。それが自分の使命なのだと。


 レミウスは迷いを捨て、そして最後の部分に目を通した。



『私は、私のために、私の大切な人たちのためにがんばる。

 だからまずは、運命と戦おうと思います。

 日記が空いちゃうかもしれないけど、そのときは武勇伝でも載せましょう!』



 そこで今日の日記は終わっていた。


 ――“運命と戦う”。


 その一文を見つめ、レミウスの頭にある恐ろしい想像が描かれる。


「――ッ!」


 眠っているソフィアの顔を見た。

 手を組んで、穏やかに、安堵したような愛らしい表情で眠っていた。プリズムヘアーが、月の明かりにキラキラと輝く。


「……ソフィア、様」


 反応はない。

 レミウスは、おそるおそるソフィアの肩に手で触れた。


「ソフィア様」


 揺すってみる。反応はない。


「ソフィア様ッ!」


 詰まるような声で呼びかけ、両肩を掴み、揺さぶる。反応はない。


 ――ソフィアは眠っている。

 ――ソフィアは目覚めない。


 レミウスはハッと気付いた。

 聖女ソフィアの手に、光るものがある。


 それは――美しい宝石のペンダントだった。


 レミウスはその存在を知っていた。先代の聖女ミネットが、親友との絆の証として何よりも大切に持っていたものだからだ。ソフィアはこの輝きもを受け継いだのである。


 あのときの“彼女”と姿が重なった。



 なぜ、それを握っているのか。


 なぜ、ミネットが(・・・・・)目覚めなくなった(・・・・・・・・)ときと同じ姿を(・・・・・・・)しているのか(・・・・・・)



 レミウスはソフィアから手を離し、青白い顔で後ずさりした。



「ま、さか…………だが……そん、な……………………早すぎる(・・・・)ッ!」



 事態を察したレミウスは素早く身を翻して聖女の寝室を出ると、すぐに位の高い神官やサラたちシスター、専属のメイドらを呼び集めた。


 レミウスは確信していた。



 聖女ソフィアは――女神シャーレに招かれたのだと。



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