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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第九章 聖都フードフェスタ編

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出場者と審査員

 控え室に戻ってきたルルは執事に指示を出して次のドレスを用意させ、今着ているドレスをその場で素早く脱ぎ捨てた。


「わぁ!? ル、ルルさん!?」


 これにはフィオナの方が驚いてしまい、ルルを直視出来なくなってしまう。

 対して何ら怯むことのないルルは、下着姿のままでフィオナに向かってこう言った。


「あなた、次のアピールを最後にするつもり?」

「えっ? あ、は、はい!」

「ちょっとフィオナ! 馬鹿正直に答える必要ないっての!」

「あっ――」


 セリーヌに言われて、やってしまったと自分で自分の口を塞ぐフィオナ。


 するとルルは小さく鼻をならすように笑った。


「ふんっ、本当に馬鹿なのね。でも、それならちょうどいいわ」

「え? ど、どういう意味ですか?」


 呆然と尋ねるフィオナに、ルルは腰に手を当てながら自信満々に告げる。


「前の二人はもう特技審査を済ませているし、さっきのが最後の衣装でしょ。服を見たらわかるもの。もうこれ以上付き合う必要ないわ」

「それって…………えっと、じゃあ、ルルさんも次が……?」

「そうよ。ルルも次のドレスを最後の披露(ラストアピール)にする。当然、残しておいた特技審査も一緒にやるわ。あなたも同じでしょ? そこで提案よ。最後は、ルルとあなた二人で同時に出てみない?」


『えっ!?』


 まさかの提案に、フィオナたちの驚愕の声が揃った。もちろん、他の二人の出場者も呆然となっている。


 ルルは執事が持ってきた煌びやかなドレスを細かく確認しながら続けて話す。


「審査員と観客の反応でわかんないの? この決勝はもう実質的にルルとあなたの勝負なのよ。なら、二人同時に出た方が優劣を付けやすいじゃない。そうでしょ。そうよね? 他の出場者と同時に出ることも問題はないようだし、どう? それとも、ルルとハッキリ比べられるのは恐いかしら」


 チラ、とフィオナに流し目を向けるルル。その目には、自分が負けることなどありえないという強い自信と余裕が多分に含まれていた。


 わかりやすい挑発の言葉と笑みに、フィオナはしばらく言葉を失う。

 しかし――すぐに心を決めた。


「――わかりました。一緒に審査を受けましょう」


 セリーヌたちが一斉にフィオナの方を見る。フィオナは、穏やかな顔でこくんとうなずいた。


 その答えに、ルルは愉快そうに髪を払う。


「ふぅん。身の程知らずに勇者のお嫁さんになるくらいなんだから、それなりの度胸はあるみたいね。いいわ。それじゃあ次で決着をつけましょ。さ、準備をするわよ」


 ルルが身を翻すと、恭しく頭を下げる執事。彼女はそのまま執事の手によって最後の衣装を纏っていく。


 フィオナは一度深く呼吸をしてから立ち上がり、胸に手を当てながら鏡の中の自分を見つめ、心を落ち着かせてから皆の方に振り返る。


「セリーヌさん、エステルさん、リズリット、レナちゃん」


 ずっと支えてくれた四人の名をそれぞれに呼ぶ。

 それから、ハッキリとした声で次の言葉を口にした。


「次が最後です。もう一度だけ、皆さんの力を貸してください!」


 そんなフィオナの瞳には、優しくも力強い意志の光が宿っていた。

 だから、セリーヌたちは大きくうなずいて応えてくれる。


 こうして、いよいよ最後の審査が始まろうとしていた。



◇◆◇◆◇◆◇



 控え室で乙女たちが熱量を上げていた頃、最後のステージを待つことになった審査員席でも議論が過熱していた。


「ウーム……! 1番2番も捨てがたい魅力ではあるが、やはり満点クラスは3番と4番か。二人ともが特出した個性を持っておる。ウェンディ殿はどうだ?」

「異論ありませんことよ。3番の持つ生まれついてのセンシュアルなコケティッシュさをガーリッシュ、キッチュと様々なスタイルで魅せつける変幻自在さ。4番の真正面からエフォートレスな高貴さをこれでもかと突きつけてくるスタイルは甲乙付けがたいもの。大司教様もそう思いませんこと?」

「大司教“代理”です。しかし……そう、ですな。接戦であるのは事実かと。ラストアピール次第、ですかな……」


 次の出場者が現れるまでの間、商店会長モロゾフ、デザイナーウェンディ、大司教レミウスの三人は最終的にどのような判断を下すべきかの話し合いを続けていた。

 決勝の審査では、出場者全員がラストアピールを終えたとき、審査員は誰か一人にしか投票が出来ない。たとえフィオナとルルが二人とも満点級のアピールをしても、優勝出来るのはどちらか一人だけだ。ゆえに、歴代の審査員たちは自然と己の印象を話し合うことが多くなった。他者の視点による印象を取り入れることで、より審査を正確に出来ると考えているからだ。一般観客たちも、それぞれのテーブルで誰が優勝するかを予想して盛り上がっていた。中には賭けをする者もいる。


 そんな真剣な場であるからこそ、クレスもまた今まで味わったものとは違う質の緊張を抱えていた。

 聖女ソフィアが、そんなクレスの頬をツンと突く。


「うわっ!? あ、ああ聖女様か」

「ふふっ。クレス様ったら、カッチカチになっておりますよ」

「そ、そうですか……。いや、まさか審査員というものがここまで大変な仕事であるとは知らなかったもので……。これが決勝の空気か……」


 汗を拭うクレス。

 既に数々のアピールを目の当たりにして、クレスは出場者たちの意気込みというものに圧倒されていた。着飾り戦う乙女たちの迫力というのは、かつての勇者すらをも怯ませる力を持っていたのである。


 聖女ソフィアは穏やかに目を細めながら話す。


「乙女の真剣勝負とあらば、このような空気にもなるというものでしょう。それに、おそらくそろそろ終わりが近いはずです。だからこそ、審査員(我々)も真摯に向き合わなくてはなりません。クレス様。どうか最後は御心のままに――」

「わ、わかりました」


 ごく、と生唾を飲んで覚悟を決めるクレス。

 クレスにとっては、常にフィオナが一番である。審査員としてフラットな意識を保とうと考えていたが、やはりどの服を見てもフィオナが最も美しく見える。最終的に自分が一票を投じるのはフィオナである確信があったが、だからといって他の出場者から目を離すことは失礼に当たる。クレスはそんな覚悟を持って、すべての出場者を正しく審査しようとしてきた。自分に出来ることは、ただそれだけである。


 それでも。



 ――フィオナ……頑張れ…………!



 心の内では、愛する妻を一番に応援してしまう。


 そんなタイミングで、人々の歓声が上がった。


 クレスはステージに目を移す。

 そして我が目を疑った。


「フィオナ……と、ルルさん? ま、まさか……!?」


 想定外の事態に、クレスやソフィアといった審査員たち、そして観客の誰もが驚愕することになった。


 史上初。

 決勝戦での同時ラストアピールが始まったのである――!

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