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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第九章 聖都フードフェスタ編

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女たちの前哨戦

 ヴァーンが倒れたまま腕を組み、「ほぉ~」と口元をにやつかせる。


「間近で見りゃあなかなかの上玉じゃねぇか。後3,4年もありゃあ期待できんな。オイお前、クレスなんてクソ真面目な野郎はやめてオレ様のむぎゅぉ――」


 喋っていた途中でいきなりルルに顔面を踏みつけられるヴァーン。さすがにセリーヌやリズリット、レナが「うわっ」と驚きの声を上げた。

 そんなことを何も気にしないルルはそのままクレスの傍へ近寄ると、優雅にドレスの裾を持ち上げて会釈をした。


「偉大なる勇者クレス様、お初にお目に掛かります。私のことは、どうぞ『ルル』とお呼びくださいませ。末永く宜しくお願いしますわ!」

「ん、あ、ああ。ええと、よろしく」

「ありがとうございます! 予選でクレス様が⑩点の札を上げてくださった時は、ルルは天にも昇る気持ちでした! ああ、ルルの魅力がクレス様に伝わっているのだと……本当に嬉しかったですわ!」

「そ、そうかい? それはよかった……」


 ルルはクレスの手を固く握ってにこやかに微笑む。その勢いに押されがちのクレスは、どう対応していいものかと目を点にしていた。


 エステルが顔を踏みつけられた哀れな男を見下ろして冷たくつぶやく。


「フラれたようね」

「うるせぇ!」


 するとそんなヴァーンの元へ老齢の執事が歩み寄り、そっと背中を支えるようにして抱き起こした。さらに執事は綺麗な布巾を取り出してヴァーンへと手渡し、ヴァーンはそれで雑に顔を拭きながら言う。


「ったく、オイオイ執事さんよォ、おまえんとこのお嬢様はどんな教育受けてんだ?」


 それには何も答えず、ただ頭を下げる執事。

 ルルはやはりヴァーンのことなど何も気にせず、クレスと楽しそうにあれこれ話をしていた。とは言っても、ほとんど彼女の方から勝手に話しかけているだけである。クレスの隣に座るフィオナのことさえまったく見えていないかのようだ。


 そこで、エステルが執事の顔を見てあることに気づく。


「……あら? ひょっとして、貴方は『シャトー・ル・クレ・ティアノーツ』の?」


 その問いに、執事は恭しく頭を下げた。同時にリズリットも「あっ」と声を上げてそのことに気付く。二人には覚えがあるようだ。


「んあ? なんだよ、お前らの知り合いか?」

「フードグランプリに出店してるお店の方よ。中間順位で第8位の紅茶の店。なるほど……つまりあのお嬢様はそちらでも私たちのライバルということね。貴方もさっき発表を見てきたばかりなのだから、名前くらい覚えていないものかしら」

「ハハァーンなるほどな。ま、オレは下位のヤツらに興味なんざねぇんでな。男なら目指すは上のみ! 下になってもいいのはイイ女とのベッドタイムだけだぜ。せいぜいオレらに追いつけるよう頑張れや執事のじーさん。アドバイスならしてやるぜ。ガッハッハ!」


 偉そうに執事の肩をバンバン叩いて笑うヴァーン。エステルが「猿以下の知能……」とつぶやきながら目を細める。リズリットは懐から一冊の小さなノートを取り出し、執事に何か話しかけたがっているようだが、人見知りを発揮して何も出来ないでいた。なお、ノートには『紅茶ノート』とタイトルが記されていた。


 そんな中で、ひたすらルルから話を振られていたクレスが立ち上がって言葉を差し込む。


「そ、そうだルルさん。せっかくだから、俺の妻や友人たちを紹介したいのだが」


 そう言って、まずは隣のフィオナに目を向ける。すると察したフィオナがすぐに立ち上がって背筋を伸ばした。

 クレスはフィオナの背に手を添えながら口を開く。


「彼女は妻のフィオナ。君とはもう控え室で会っているようだが、自己紹介はしていなかったようだからね。どうかよろしく頼む」

「フィオナです! ル、ルルさんどうぞよろしくお願いしますっ! 本選では、一緒に頑張りましょう!」


 敬愛の意を込めた手を差し出すフィオナ。


 しかし――ルルは無言でその手をじっと見つめた後、雑にパチンと払いのけた。


 そして言う。


「軽々しくルルに触れようとするなんて、無礼な女ね。わきまえなさい」


「えっ――」


 手を払われたフィオナが、呆然と固まる。

これにはさすがに、黙って見ていたセリーヌがテーブルを叩いて口を挟む。


「ちょっとちょっとっ、あなた本当に何様なの? せっかくフィオナが挨拶してるってのにさ! それにヴァーンさんの顔を踏んどいて謝罪の一つもないわけっ?」

「あら、ごめんあそばせ。ルルって価値のないモノには興味がなくて……それこそ小虫になんて目が向かないの」

「はぁ!? ヴァーンさんはどっちかっていうとデカイ虫でしょうが! どこに目ぇついてんのよ!」

「セリーヌちゃんさらっとひどくねぇ!?」


 ショックを受けるヴァーンと軽く吹き出すエステル。どちらにせよ虫になったヴァーンの発言など無視し、セリーヌはヒートアップしていく。


「てゆーかね! さっき控え室であたしのドレスと後輩をバカにしたこと許してないわよ? 無礼なのはどっちだっての!」

「無価値なモノを素直に評しただけじゃない。それがわからないから三流なのよね。やだやだ低レベルなデザイナーって。せめて二流になってからルルに話かけてくれる? 時間のムダだから」

「ぬゎんですってぇ!?」

「きゃあっ。クレス様ぁ、こちらのおばさまがこわいですぅ~」

「だぁれがおばさんよーッ!!」


 猫なで声でクレスにぴったりと寄り添うルル。クレスはどうしたものかと難しい顔をして、フィオナは唖然となり、セリーヌはがるると牙を剥き、エステルがそんなセリーヌの肩を押さえて制止し、

レナが不機嫌そうに頬を膨らませていた。なお、リズリットは執事から何やら話しかけられており、一枚のメモを貰ってペコペコと頭を下げていた。紅茶のレシピか何かのようである。

 ともかく、女たちの激しい前哨戦は既に始まっていた!

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