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フィオナのアカデミー時代

 それから四人は、応接室でしばらく話をすることに。もちろん、フィオナはドレス姿のままである。


「ところでリズ、ちゃんとお客さんに応対出来た? お兄さんとあんたを二人きりにしたのはそのためでもあったんだけど?」

「え? え、えっと、どう、なんでしょうか……」


 セリーヌに話を振られたリズリットは、困ったようにクレスの方を見る。

 紅茶を飲んでいたクレスはカップを置いてうなずいた。


「リズリットさんにはちゃんと対応してもらいましたよ。心配いりません」


 その言葉にホッとしたように胸をなで下ろすリズリット。セリーヌは感心したように「ほー」と小さく息を吐いた。


「ありがとねお兄さん、気を遣わせちゃったかしら? リズは魔術の才能はあるんだけどねー。性格的に大人しいからもったいない子なのよ。だからうちで接客すれば多少は良くなるかなってね」

「なるほど。だからリズリットさんは制服姿で……。ところで、3人はそれぞれアカデミー時代から付き合いがあったのですか?」

「そそ。お兄さん、その辺のコトまだあんまり知らない感じ?」

「はい。だから先ほどはリズリットさんにフィオナのアカデミー時代のことを伺っていました。よければ続きを聞きたいなと」


 クレスがリズリットに視線を向けると、リズリットはフィオナの方を見た。


「あ、は、はい。えっと、フィオナ先輩がよろしければ……」

「わたしはもちろん構わないですよ。グレイスさんに恥ずかしくないお嫁さんとして、何も隠すようなことはありませ──」


 と、そこでフィオナが一瞬ハッとしたように言葉を失う。


 そしてクレスは、そのわずかな表情の変化を見逃さなかった。


 だからどうかしたのかと声を掛けようとしたところで、フィオナはすぐに気を取り直した様子で笑顔を見せた。


「と、とにかく大丈夫ですよ! リズリットも、遠慮なく話してくれていいからね」

「は、はいっ」


 リズリットの手にそっと自分の手を乗せるフィオナ。後輩に向ける笑みは普段の彼女のそれであり、ちょっとした杞憂だったかと気にしないことにしたクレス。

 またクレスは、あらためてフィオナの格好に目を惹かれる自分がいることに気付いた。

 一人だけウェディングドレス姿なので未だにちょっと浮いているフィオナだが、ドレス姿がとても似合っているので問題はなかった。というかずっと見ていたい。クレスのような男でさえそう思えるほどである。


 セリーヌは頬に手を当てながら、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。


「ほっほ~? それじゃあ、あたしがフィオナの教育係だった頃の話もしていいのかしら?」

「え? あの、それは待っ――」

「そうねぇ、まずは入学したばかりの一年目に寮でおもらししたこと――」

「わ~~~っ!! していません! そんなことしていません!!」


 慌てて立ち上がりセリーヌを止めに行こうとするフィオナ。しかしドレスのせいで機敏な動きは出来ず、セリーヌはそれをわかっているようにからかいながら話を続けた。


「あの頃は小さくて可愛かったわよねぇ。あ、じゃあ講義で下着を穿き忘れてきたこと?」

「忘れてません! そ、そんな人いるわけないですっ!! あれはただお洗濯が──」

「じゃあフィオナが書いてたチョコレートよりあま~~いポエムの話にする? あれでアンタのイメージ変わったのよねぇ。会いたくても会えない男の人に――」

「わぁ~~~~~~っ!! やめてくださいやめてください全部嘘ですグレイスさんっ!!」

「それじゃあこっそり一人でエッチな本読んでたことは?」

「どうしてそんなことばっかり覚えているんですかっ!! やめてくださいグレイスさんがいるのに! それに読んでません読もうとしちゃっただけですたまたまなんです!!」

「あはははは! ねぇお兄さんどんな話聞きたい? もっととっておきの話あるわよー? 例えばこの子の胸の下辺りにね──」

「セリーヌさんッ!! ダメですもう禁止です数年間口を閉ざしてください! グレイスさん違います! ぜ、ぜんぶ何かの間違いで、そのっ」

「あ、ああ……うん。そ、そうか。わかったよ……」


 珍しくおろおろと取り乱してクレスにくっついてくるフィオナ。必死に訴えかけてくる瞳は羞恥心からか潤み始めている。

 だがクレスは、そんな彼女の姿さえ可愛らしいなと思ってしまった。気心知れた相手だからなのか、普段とは少し違って見える印象が新鮮であった。


 リズリットがぽかーんとする隣で、セリーヌが愉快そうにケラケラと大笑いし、やがて目元を軽く拭ってから言った。


「はぁ~笑った笑った。それにしてもフィオナ、あなた本当に変わったわね。うぅん、それが本当のあなたなのかしら。ふふ、良い顔するじゃない」

「――ふぇ? ど、どういう意味ですか?」

「……リズも、そう、思います。フィオナ先輩……なんだか、とってもキラキラして、綺麗です……」

「えっ? リズリットまで……ど、どうしたの?」


 じろじろと二人に見られて困惑するフィオナ。

 セリーヌがスラリと長い足を組み直して話す。


「自覚ないのねぇ。フィオナ、あなたアカデミー時代にそんな顔見せたことある?」

「……え?」

「『魔術以外には興味ありません』みたいな顔してたわよ-? 何を生き急いでるのか、よそ見禁止で一日でも早く卒業したい感じでさ。恋バナなんて一度もしたことないでしょ。それが何よぉ。卒業した途端に結婚(ゴールイン)だなんてさ。しかもまだ15でしょ15! まさか、あんたに先越されるなんて思ってなかったわよ」

「フィオナ先輩がご結婚されると聞いて、ア、アカデミーも、みんな、それはもう大騒ぎでした。もちろん、リズもびっくりで……」

「そ、そうだったんですか? 別に、そんな顔をしてたつもりはないんですが……」


 困ったように苦笑するフィオナ。

 やはり彼女は、アカデミー時代を大変な優等生として過ごしてきたようだとクレスは知る。


「あのねぇお兄さん、この子、それはもう真面目ちゃんだったのよ~? 加えてすごい才能があったしさ。ま、だからこそ魔術の腕もメキメキ上達したんだろうけど。ただ、ストイックに突っ走るタイプは見ててハラハラするのよね。だからあたし、フィオナにリズの教育係を任せたわけ。お互い良い刺激になるかなって思ってさ」

「「ええっ!」」


 フィオナとリズリットが声を揃えて顔を合わせる。どうやら初耳だったらしい反応に、セリーヌは苦笑していた。


「お兄さんは知らないかな。アカデミー(うち)には一人の『高等生(せんぱい)』が一人の『初等生(こうはい)』を卒業するまで指導するっていう教育課程があってね。卒業に必須のカリキュラムなのよ。高等魔術師になれば、教える立場になることも多いからね」

「なるほど……」


 三人の関係の始まりを知って、大いに納得するクレス。

 確かにあらかじめそういう経験をしておかなければ、将来教育者になることも難しいだろうと思えた。


 セリーヌが隣のリズに目を向けて言う。


「だけど、あんたが歴代最短記録なんかで卒業しちゃうもんだからさぁ、またリズの教育係がいなくなっちゃったわけよ。フィオナはリズが懐いたはじめての先輩だったのにねぇ。この子、あんたが卒業するって聞いて結構ショック受けてたのよ? 他の先輩はイヤだーってさ。それであたしが相談受けてたわけ」

「わ、わぁ~! フィ、フィオナ先輩の前で言わないでくださ~い!」

「そうだったんですか……ご迷惑をかけてすみません、セリーヌさん。リズリットも、気付かなくてごめんなさい」

「はわっ! そ、そんな、フィオナ先輩が謝ることではないですっ! リ、リズがダメダメな子で!」


 謝罪するフィオナに、リズリットが立ち上がってわたわたし始める。

 フィオナはドレスの膝上に手を乗せ、少し遠い目をしながら言った。


「……わたし、今思うと、アカデミーにいた頃はただ前だけを見ていた気がします。周囲を見る余裕がなくて、とにかく、早く卒業したいって思いばかりで。自分のことだけで精一杯だったんだと思います。だから、リズリットにとってはあまり良い教育係ではなかったよね。ごめんなさい」

「あ、謝らないでくださいフィオナ先輩! リズは、先輩の背中を目標に出来たから二年も頑張ってこられたんです! 今でも! せ、先輩みたいになりたいってずっと思ってます! 先輩はリズの憧れです!!」

「……そう言ってくれると嬉しいな。ありがとうね、リズリット」


 真剣な顔で近寄ってきたリズリットの頭をそっと撫でるフィオナ。リズリットは嬉しそうにパァと顔を綻ばせ、その笑顔はまるで親に甘えるひな鳥か子犬のようだった。そしてそんな後輩二人をセリーヌが笑って見つめている。


 クレスは安堵した。


 どうやら、フィオナには良い交友関係があるようだと。


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