朝チュン
それから、フィオナが身を起こして愉しそうにくすくすと笑い始めた。クレスがそれを疑問に思っていると、フィオナは晴れやかな顔で語る。
「ふふっ。昨晩は、素直にわたしの言うことを聞いてくれてよかったなって思いまして。以前、シノさんやエステルさんが言っていたんです。クレスさんは真面目な分頑固だから、なかなか自分の意志を曲げないって。それがわたしのためならなおさらだから、いつかそういうときが来たら、縄で縛りつけちゃいなさいって」
「な、縄!?」
「あんまり言うことを聞いてくれないならって、ちょっぴりだけ覚悟をしていましたけれど……必要ありませんよね。ごめんなさい。うふふふっ」
「し、師匠とエステルがそんなことを……。ううむ、無茶はしないよう、肝に銘じておこう……」
腕を組んで真面目に唸るクレス。もちろんフィオナは笑い話として冗談で言ったのだが、クレスの自省と自制に繋がるなら効果的であったかもしれない。
頭の片隅で本当にクレスを縛ったらどうなるだろうかと一瞬だけ考えてしまったフィオナは、シノやエステル、そしてヴァーンにも訊いたある言葉を思い出してほんのり頬を赤らめた。
「それから……実は、いざというときにクレスさんを窘める方法として、もう一つ、わたしにだけ使える特別な方法があると教えてもらえましたけど……こ、今回は使わずに済みました……」
「ん? それは一体……」
「いえっ! そ、そちらはまだ秘密で! 教えてしまうと、効果がないかもしれませんから!」
「ん、そうか。確かにそうだな。だが、その方法が必要ないように気をつけるよ」
「は、はい」
胸をなで下ろすフィオナ。こちらは身体一つで出来る分、縄で縛りつけるよりも覚悟のいる方法であったので、使い処をより慎重に考えたいものであった。
そんなことを考えるフィオナに、クレスは真正面から向き合って告げる。
「フィオナ。今回は本当に心配を掛けてしまったね。すまない。だが、もう大丈夫だ。フェスタ本番に向けて、また生地作りに励むよ。――ただし、もう君にそんな顔をさせないよう、頑張りすぎない程度にね」
フィオナの頬を優しく撫でるクレス。穏やかなクレスの口調を素直に受け入れたフィオナは、「はい」と笑顔で応えた。
これからも長く続くであろう夫婦生活の中で、お互いにまだまだ学び、成長していく必要がある。二人は同時にそう考え、そして二人ならそれが出来ると想い合っていた。
話が一段落したところで、クレスがちょっぴり気まずそうな顔でつぶやく。
「と、ところでその……フィオナ」
「はい? なんでしょうか」
「ええと……その…………だね、そ、そろそろ、何かを着た方が……」
「――え?」
クレスの言葉の意味を理解出来なかったのだろう。不思議そうにこてんと首をかしげたフィオナは、自分の身体を見下ろして何度かまばたきをする。
それから、一気にその顔を紅潮させていった。
「あ、あっ、ああぁぁ~~~~~~~~~っ!」
慌ててシーツを掴み、前を隠すフィオナ。クレスは真横を向いて目を逸らしている。
「ご、ごごごめんなさいクレスさんっ! あのあのっ! わ、わたしクレスさんが眠ったらお片付けをしようと思っていたんですけどっ、看病の途中でつい心地良くなってしまってっ! う、うう~~~ごめんなさい……」
「い、いや……」
がっちりと目を閉じるクレスは、眉間に皺を寄せて何かを我慢するように難しい顔をしている。
そんな彼の反応を見たフィオナは、やがてクレスの身体の変化に気づき、またじんわりと顔を赤らめた。
朝からお互いに恥ずかしいところを目撃しあってしまい、二人の間になんともこそばゆい空気が流れる。窓枠に降り立った二羽の小鳥がこちらを見てチュンチュンと鳴いていた。もしも誰かにこの場面を目撃されれば、昨晩の“お楽しみ”を誤解されてしまうことだろう。
クレスは軽く咳払いをしてから言った。
「よ、よし。それじゃあフィオナ、いつもよりだいぶ早いがもう起きようか? それとも、もう一眠りしようか。君の方こそ、俺の看病で疲れが残っているのでは――」
と、クレスがそう話す途中で、フィオナがそっとクレスの手を掴んでいた。
「――ん、フィオナ?」
すると、頬を赤らめたフィオナはシーツで前を隠したままで言う。
「さ、最近は……その、スイーツ作りのことばかりで、ご無沙汰でした……よね?」
「え?」
「わ、わたっ、わたしは大丈夫です! 元気いっぱいで、その、いっぱいすぎるくらいと言いますか……そのぅ…………い、いつクレスさんに求めてもらっても大丈夫なように準備をしていましたからっ!」
「えっ」
予想だにしなかった発言に、クレスは呆然となる。
――準備?
――何の?
大胆な発言をしたフィオナはさらにシーツから目元だけを出し、ぼそぼそと小声でつぶやく。もう耳まで真っ赤になっていた。
「あ、あのぅ……クレスさんは…………お嫌、ですか……?」
お嫌ではなかった。
もしも自分が想起したことであるならば、お嫌なはずはなかった。
だからクレスは、素直に尋ねてみることにした。
「……いいのかい?」
フィオナは、静かにこくんと首を縦に下ろす。
窓の外のつがいの小鳥が、すりすりと身を寄せ合っていた――。




