綺羅星の姉妹
すると、ソフィアはフィオナに抱きついた。
先ほどのじゃれるような抱擁とは違い、強く、フィオナに抱きついてきた。フィオナの服をぐっと掴むその背中は小さく震える。フィオナは、そんなソフィアを優しく抱きとめた。
フィオナの胸に包まれながら、ソフィアはぼそぼそと語った。
「お母様が、最期に教えてくれたの。わたしを産んだのは、お母様じゃないんだって。わたしと双子のお姉ちゃんを産んでくれた人がいるんだって。とっても大切な人だったんだって。でもわたしは、もう一人のお母様のことも、お姉様のことも、捜すつもりなんてなかった。すぐわかったから。どうして、離ればなれになったか」
「……うん」
「わたしの瞳に星の魔力が宿るようになってから、初めてフィオナちゃんを“視た”のは、大聖堂――『祝福の聖園』だった。『聖闘祝祭』が始まる前だったね。フィオナちゃんはクレスくんと一緒にいて、とっても幸せそうに笑ってた」
ソフィアの瞳に綺羅星の魔力が宿る。
フィオナもすぐに思い出した。
まだクレスと結婚する前。聖女が多くの新郎新婦を祝福するための婚姻儀式を見学していたときのことであろう。
そしてフィオナは気付いた。
あのとき、誰かの強い視線を感じたこと。魔力の波動を感じたこと。
ならば――
「……ソフィアちゃんは、その時から、わかっていたの?」
フィオナが尋ねると、ソフィアは胸の中で小さくうなずいた。
「まだ、あのときは確信はなかったよ。でも、『あれ?』って思って。『聖闘祝祭』の時に、もう一度ちゃんと“視た”の。それで、わかった」
「……そうなんだね」
聖女の星宿す瞳――『天星瞬く清浄なる瞳』はそれ自身が強い魔力を持ち、本質を見通す共感覚の能力である。
魔力の量や質、色、流れ、その者が持つ生命力の輝き、さらには精神的な痛みや苦しみさえ視覚的・感覚的に理解し、相手の心を知ることが出来ると云われる。実際のところは聖女にしか理解出来ない感覚だが、ソフィアがわかったというのであれば、そのとおりなのだとフィオナは思った。
ならばあの時から、ソフィアはフィオナが自分の血縁であることに――姉であることに気付いていたのだろう。
生き別れになった家族が目の前にいることを知りながら、それでもソフィアは何も言わずにいた。聖女としてフィオナの結婚を祝福し、プレゼントを贈って。ときには友達として一緒に遊び、湯を共にして、触れ合ってきた。
フィオナは、そこにソフィアの強い決意を感じた。
彼女はずっと秘密にするつもりだったのだ。
聖女はこの世に一人のみ。もしも血縁の姉がいることなど知られてしまったら、聖都はとんでもない大騒ぎになってしまうから。
何よりも彼女は――
「ソフィアちゃんは、ずっと、わたしとクレスさんを守ってくれていたんだね」
「……フィオナちゃん」
「『聖闘祝祭』の時も、ソフィアちゃんはクレスさんの身体を心配していただけじゃなくて、わたしが不幸にならないように考えてくれていたんだよね。だからクレスさんとわたしを引き離そうとしたんだよね。今なら、それがよくわかるよ」
「…………うん」
「ありがとう、ソフィアちゃん。ずっとずっと、わたしたちを見守ってくれて。でも……今度からは、わたしにも見守らせてね」
「……え?」
「大切な妹のことだから。わたしも、ソフィアちゃんの力になりたいよ。わたしに出来ることは少ないかもしれないけど、一緒にお茶会をしたり、遊ぶくらいなら出来るから。それに……」
フィオナはソフィアの頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「たまには甘えてくれて、大丈夫だよ。だから、こういう二人きりのときだけは、姉妹になっても……いい、よね?」
そう言って、微笑んだ。
するとソフィアは両の瞳からぽろぽろと涙を流し、
「――お姉ちゃんっ!」
そう言って、またフィオナに強く抱きついた。
「お姉ちゃんは何も知らずに幸せになってほしかったの! クレスくんと一緒にずっと笑っていてほしかったの! だからわたしは妹になれなくていいと思ってた! 思ってたけど、けどっ、やっぱり嬉しい。嬉しいの! わたし、寂しくても頑張ってきたよ! お母様みたいにならなきゃって、頑張ってきたんだよ!」
「うん。すごく頑張ったんだよね。知ってるよ。偉いね。すごいね。ちゃんとわかってるよ。あなたは、わたしの自慢の妹だよ」
「おねえちゃん、おねえちゃあん」
ソフィアはわんわんと泣いた。聖女ではなく、ただの子どもに戻って顔をくしゃくしゃにしながら泣いた。彼女の姿を見て、フィオナの瞳からも涙がこぼれ落ちた。
先ほどソフィアは、『姉妹が欲しかった』ではなく『お姉ちゃんが欲しかった』と言った。
フィオナにはわかった。
彼女は、本当は気付いてほしかったのだ。受け入れて欲しかったのだ。
自分が、“あなたの妹である”ということ。
ここにいるんだよ、ということ。
産まれた頃から決まっていた人生。決められていた将来。『聖女』という重責ある立場から、人々の前から逃げることもなく、一人で歩き続けてきた。幼くして母を失い、誰に甘えることも出来なかった。目の前に生き別れた姉が現れても本当のことを話せない。それは姉の人生を壊してしまうとわかっていたから。
そんな世界でたった独り、どれほどの努力をしてきたのか。どんな思いできたのか。フィオナには想像するのも難しいことだった。
せめて、妹が頑張ってきたすべてのことをフィオナは肯定したかった。褒めてあげたかった。
法衣に包まれた妹の華奢な身体を、フィオナはそっと包み込んだ。
「わたしは大丈夫だよ。だから、何も気にしなくていいんだよ。わたしの前では、“本当のあなた”でいいんだよ」
フィオナは、ソフィアが泣き止むまでずっと優しく頭を撫でていた――。