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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第六章 実家に帰らせていただきます編(新婚旅行編)

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ママチェックの終わり

 あまりにも唐突な再会と、早すぎる別れの合図。

 イリアはちょっぴり疲れたような顔で肩をすくめる。


『今のわたしって当時の記憶を魔術で具現化した(プシュケー)体なんだけどね、これってめちゃくちゃ難しい魔術でさー、ペンダントに残したわたしの魔力を使ってるんだけど、もう保っていられる時間がないの。一瞬の幻。そういう魔術だからね』

「え、え、えっ? ま、待ってよお母さん! 時間? も、もうすぐなの!?」

『うん。すぐすぐ。ほら、身体もさらに薄くなってきちゃった』

「ええーっ!? ど、どうしてそういうこともっと早く言わないの!? そしたらもっと訊きたいこといろいろ整理したのに! ていうかクイズなんてやってるからだよ~~~!」

『だってクレスさんとフィオナクイズするのが楽しかったんだもん! ていうかそもそも、この魔術は将来フィオナが選んだ人を『ママチェック』するために掛けておいたのよ? むしろ正しい使い方なの!』

「ええーーーっ!? そ、そんなことのために難しい時の魔術を!?」


 堂々と胸を張って語るイリアに、フィオナはもう驚くしかなかった。なにせ『時の魔術』とは、『ナイトキャット』のショコラが用いる闇の魔術のように、ごく限られた種の魔族のみが使えると言われる超のつくレアな魔術であるからだ。そんな魔術を結婚相手の調査のために覚えるという破天荒さは、もはや呆れるほどである。というか普通は適正の問題でそんなことは出来ない。


『そっ! やーそれにしてもクレスさんはほんとに良い男の子! 良かったわねフィオナ、クレスさんみたいな人を見つけられて! ママも安心だわ!』

「えっ? あ、う、うん! それは本当にそうだよ! クレスさんはとっても素敵な人で、わたしにとって最高の夫でね、だからお母さんにもちゃんと紹介を――って話をすり替えないで! もう! あんなクイズに貴重な時間使うなんてお母さんのばか~~~!」

『あははは! ほらほらこんなことしてる間にまた時間なくなるよ~? もっと訊きたいことあるんじゃないの~?』

「わかってるよぉ! えーっとえーっと! うう~どうしよう~~~!」


 からかうように笑うイリア。

 相手が母親だからなのだろう。ここまで感情を荒らげるフィオナを見るのは珍しく、クレスはクイズに時間を使ってしまったことを申し訳なく思いつつも、親子のやりとりを微笑ましくも思った。

 フィオナは常に明るく前向きで、年下でありながら自分を引っ張ってきてくれた。母親のような優しさと温かさ、包容力を持ち、年齢以上に大人びて見えるところも多かった。

 しかし、これもまたフィオナの本当の姿なのだろう。

 いくつになろうと、母親の前ではこうして子どもに戻る。二人を見ていると、クレスは自分の母のことを思い出した。

 この貴重な親子の時間を邪魔したくはない。クレスは黙っていることにした。するとイリアがそんなクレスに視線を向け、パチンと可愛らしいウィンクをした。


 一方、フィオナは当然ながら焦っていた。

 この機会を逃せば、もう今度こそ母には会えない。たくさん話したいことが、訊きたいことがあるのに、どこからどう話せばいいのかわからない。そうこうしているうちにもイリアの身体はさらに透明になっていく。

 どうして急にこんなことになったのか。心構えくらいさせて欲しかった。文句の一つだって言いたくなる。けど、もうそんなことで時間を使いたくはない。


 フィオナは強く拳を握った。

 後悔はしたくない。

 後ろを振り返ることはやめる。

 そのためにここに来た。

 笑顔で、未来へ進むために。



「……ママ!」


『はいはい』



 一番大切な言葉を探して――見つけた。



「わたし……ママの子どもで良かった。ママのこと、ずっと大好きだよっ!」



 破顔するフィオナの頬を、大粒の涙が流れた。

 するとイリアは次第にゆっくり顔をうつむけていき、口元だけで笑ってみせた。既に足先から身体が消えてしまっている。


『最後がそれかぁ。ちょっと、勘弁してよぅ。最後は笑顔で、母としての貫禄を見せつけて終わろうと思ってのにさぁ。ああ~~やばいやばい! 消えちゃう消えちゃう!』


 声が震えていくイリアは慌てて目元を拭い、それからすぐにパッと顔を上げた。

 フィオナに負けない笑顔だった。

 美しく輝く、最高の笑顔だった。



『わたしの方がフィオナのこと大好きに決まってるだろー! それじゃあね! わたしを世界で一番幸せな母親にしてくれてありがと!』



 イリアがフィオナを抱きしめる。

 霊体であるイリアに肉体はなく、お互いに感触は得られていないだろう。それでも二人は魂で抱き合った。親子の絆を確かめ合うように。


 イリアがフィオナの耳元でささやく。

 

『――わたしの本当の名前はね、イリア・アルトメリア・リンドブルーム』


 フィオナはハッと目を見開いた。


『わかるでしょう? もう大丈夫。本当の自分を知ったあなたなら、完璧な《結魂式》が使える。そうすれば、二人はもっと長い間一緒にいられるから』

「……ママ」

『これからの長い旅路を、クレスさんと一緒に楽しみなさい。そして、クレスさんを世界で一番幸せなお婿さんにして、フィオナは――世界で一番幸せなお嫁さんになりなさい! はい約束! 破ったらあっちでおしおきねー!』


 最後まで明るく笑いながら、イリアの全身はスゥッと周囲に溶け込むように消えていった。身体を形作っていた魔力がとうとう消費されつくしたようだった。


 フィオナもイリアも、最後までちゃんと笑顔でいられた。

 だから、フィオナは満足していた。

 涙は止まらないけれど。

 悲しくはない。

 最高の別れが出来たから。

 最後に、大切な人を連れて親孝行が出来たから。


「……クレスさん」

「うん」


 クレスはもう、フィオナのすぐ隣にいた。


「本当に、お母さんって、いつもああなんです。急にいろんなこと決めて、周りを振り回して。ずぅっと、楽しそうにしているんです。気付いたら、周りも、みんな笑顔になっていて」

「ああ。素敵な女性だった」

「わたし……ちゃんと出来たでしょうか。お母さんは、喜んだでしょうか」

「もちろんだよ。よく、がんばったね」


 クレスがフィオナの肩に手を回し、優しく身体を抱き寄せる。

 少しだけ間を置いて、フィオナは口を開いた。


「……ありがとうございます。でもわたし、もう泣かないですよっ」

「フィオナ……」

「お母さんと約束した以上は、もっともっと頑張ってクレスさんを世界一幸せな旦那様にしてみせますから! 泣いている暇なんてありません! それが、わたしの使命です!」


 大きな瞳を輝かせて両手を握るフィオナを見て、クレスは呆然とした。

 それから思わず笑い出す。


「……ふっ、ははは! そうか、そうだね。君はやっぱりすごいな。最強のお嫁さんだ」

「はい! 元勇者さんの妻ですからねっ!」


『ファティマ』の大樹が見守るかつての家の中で、二人はしばらく寄り添って笑い合う。


 フィオナの手の中で、イリアのペンダントがいつまでも美しく輝いていた――。


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