問いかけ
それから四人は、ベルッチ家でアフタヌーンティーを楽しみながらひとときの団らんを過ごす。
しばらくの間はフィオナの卒業のことやアカデミーの話など、多くはたわいのない会話を続けていたが、やがて空気も和んだところで肝心の話となる。
「――さて。それでは、フィオナとの婚約の話ですが……」
フィオナの父が切り出す。
隣同士に座っていたクレスとフィオナは、お互いに緊張の面持ちでいた。
二人はまだ同棲を始めただけで、今すぐに結婚するわけではない。端から見れば婚約者同士ではあるだろうが、そもそも本当に結婚することが決まっているわけでもない。
両親にすべての真実は明かせないことが二人は心苦しかったが、それでもフィオナの身を預かる以上、クレスはこうして来訪しておく必要があった。
「グレイスさんも当然ご存じかと思いますが…本来、この都での成人は16歳からであり、結婚可能年齢も同様です。ただし、アカデミーの卒業生はその時点から成人扱いになりますので、フィオナは既に成人資格を得ているわけです」
「我が娘ながらフィオナちゃんは優秀な子でしたから、あまり早くアカデミーを卒業してしまったのですよね。本当に驚いてしまいました。うふふ。私たちの自慢の娘です」
父に続けて、フィオナの母が穏やかな顔つきで話す。フィオナは少し照れたように下を向いた。
クレスも、アカデミーの内情についてはある程度のことを知っている。
昨日までフィオナが所属していた『聖究魔術学院』――通称アカデミーは、魔術専門の特別学院施設である。聖女がトップに立つシャーレ教会が運営し、ここを卒業した者は生涯仕事に困ることはないと言われていた。
大きな特色として、大陸中、世界中から豊かな才能を集めるために入学試験および入学に関わる費用は一切かからず、特別な成績を修めた者は授業料、生活費すらも免除される。そのため貧富を問わずに魔術師を目指す者が集まる学院であった。かつて大魔導士、賢者などと呼ばれた賢才の中には、生まれついての貧しさをこの学院で覆した者も少なからずいる。
だが、入学試験は相当に厳しいと有名で、筆記試験はもちろん、魔術の先天的な才能、それを扱う技術に、精神的なものすら問われる。
そんなアカデミーの卒業はさらに困難であり、魔術師のランクとなる初等課程から中等課程、高等課程を経て、最終的にアカデミーの定める卒業試験で一定の成績を修めた者のみが卒業可能だ。
ただし、卒業試験は年に一度しか行われず、さらにアカデミーには最高で10年しか在籍が出来ない。
つまり、10歳で入学したものは20歳までに卒業しなければ学籍を失うことになる厳しい世界だ。相当に優秀な生徒でも、卒業までには平均で7年以上はかかると言われている。だが、逆に言えば優秀であればあるほど早くランクを駆け上がり、卒業することが可能である。
そして、アカデミーの卒業者には聖都から特殊な『高等魔術師勲章』が贈られ、それには様々な特権が付与されている。成人扱いされるのもその特権の一つだ。魔術師の仕事は、成人でなくては引き受けられないものが多く存在するからである。
そんな厳格な世界を、フィオナはわずか5年程度で駆け抜けた。これは学院の歴史上最短の卒業記録だ。実際にはさらに早い者もいたが、卒業していなければ記録には残らない。
「いやはや。私どもとしても、まさかフィオナがこんなにも早く卒業するとは思いませんでしたよ。これでフィオナは結婚も可能となりましたが……」
「嫁入りまでここまで早いとは思いませんでしたね?」
くすくすと可笑しそうに告げたフィオナの母に、父は少々難しい顔をしてうなずいた。
それからフィオナの父は小さく咳払いをした後、フィオナの目をじっと見つめて話す。
「フィオナ。あなたはあまりにも若い。まだ焦って結婚するような年齢ではないでしょう。歴史あるアカデミーの卒業生として、未来は大きく、無限に広がっているよ。これからいくらでも夢を叶えていくことが出来るだろう。それでも今、結婚したいのかい?」
その問いに、フィオナは目をそらず答えた。
「はい」
「なぜだい?」
「彼と共にいることが、わたしの夢だからです」
「夢? 彼と結婚することが、かい?」
「はい」
「……結婚して、どうなりたいのかな?」
「彼を、幸せにしたいのです」
「自分が幸せになりたいのではないのかい?」
「……この方は、多くの人のため、ずっと一人で頑張ってこられた方なんです。わたしは……そんな彼をそばで支えたい。隣に寄り添っていたい。それがわたしの夢でした。アカデミーに入ることを決めたのもそのためなのです。一日でも早く、大人になりたかったから。他の未来では、わたしは今以上に幸せにはなれません。わたしは、彼と一緒にいられたら、いつだって幸せなんです」
ためらいなく笑顔でスラスラと語ったフィオナに、彼女の両親は多少驚いてはいるようだったが、それでも、どこかでそれをわかっていたかのように落ち着いてもいる。
フィオナには迷いがない。
彼女はただ、本心からクレスのそばにいられたらそれでいいと思っている。そのためだけにアカデミーを出たというのも、過言ではないようだった。
フィオナの両親はお互いに顔を合わせ、それからうなずきあう。
そして父の方が言った。
「……よくわかりました。フィオナ。それではもう一つ質問だよ」
「はい」
一呼吸を置いて。
「――私たちに、隠してきたことはないかな?」
「え――?」
フィオナが、大きく目を見開いた。