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最強のお嫁さんが俺を甘やかします ~もう頑張らなくていいんだよ!~  作者: 灯色ひろ
第六章 実家に帰らせていただきます編(新婚旅行編)

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二人きりの旅

 クレスとフィオナは、まずフィオナの育ての親であるベルッチの家に赴き、旅に出る事情を説明した。今回はただの旅行というわけではなく、ちょっとした長旅になる可能性があったし、何よりフィオナの“実家に戻る”という目的があったからだ。


 フィオナと同じように、ベルッチの母親も子どもが出来にくい体質だった。だからベルッチ夫妻に実子はおらず、養子のフィオナをとても大切にしてくれた。そしてフィオナの子どもを――初孫を大変楽しみにしていることは、クレスもフィオナも承知の上である。だからこそベルッチの家に赴き、出来る限り丁寧に説明をしたところ、夫妻はすぐに事情を理解してくれた。


 さらにベルッチ夫妻は旅に役立ててほしいと、二人にある『プレゼント』を贈ってくれた。その実物を見て、クレスもフィオナも目を丸くする。


「おじ様、おば様。こ、このようなものを用意してくれていたんですか?」

「ああ。本来は結婚祝いとしてもう少し早く贈る予定だったんだよ。ただモノがモノなだけに、作るのに想定外の時間がかかってしまったようだ。だが、タイミングが良かったかもしれないね」

「うふふ、とっても素敵なものよね。フィオナちゃん、クレスさん、せっかくの旅だもの。夫婦水入らずで楽しんでいらっしゃいね」


 ベルッチ夫妻のありがたい気持ちに大きく頭を下げるクレス。フィオナもペコリとお辞儀をして、二人はベルッチの家を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇



 それから一週間ほど掛けて準備を済ませ、良く晴れた風の弱い日を選び、二人は聖都を旅立つことになった。


「ハァ~。オイオイ、マジで二人だけで平気かよ」


 聖都の大広場。休みの日には大きな市場(マルシェ)も開かれ、今朝も行商人たちが行き交う活気ある場所で、見送りに来ていたヴァーンが眠たそうにあくびをしてからそんな言葉を発した。


 クレスは荷物を抱えながら力強くうなずいて答える。


「ああ。心配要らないよヴァーン」

「そうは言ってもなァ。お前らだけじゃホント何やらかすかわかったもんじゃ……いてぇっ!? オイなんだよ絶壁女!」


 思いきり足を踏まれたヴァーンがそちらに目を向ける。

 髪の乱れたヴァーンとは違い、早朝からバッチリと身だしなみを整えているエステルが片腕を組みながら淡々と言った。


「クーちゃんもフィオナちゃんも、二人きりの旅は初めてでしょう。水を差すものじゃないわ。それに、フィオナちゃんの実家の村があるのは西のアイル地方辺境なのでしょう。あちらは元々魔物たちの生息地も少ないし、魔王の影響が少なくなった今ならなお安全なはずよ。美しい観光地も多いし、夫婦旅行にはぴったりだわ」

「んん。まーそりゃそうだがよ。つーか、別にフィオナちゃんがガキを作れない体質でもなんも問題なくねぇ? いやむしろ気兼ねなくヤりたい放題だろ。ガキがなくても愛さえありゃそれでいんだよ! オレなら毎晩いくらでもヤっちゃるぜガハハハハ!」

「死ね……」

「マジでドン引きしながら呪詛の言葉投げてくんなコラ! 今のツッコミどころだろ! テメェが殴ってくるパターンのヤツだろ! つい殴られ待ちしちまったオレの気持ち考えろや!」

「なら今のは冗談なのね」

「ハ? 冗談なわけねぇだろバカか。オレがクレスならフィオナちゃんが二人目三人目と出来るまで毎晩とことんまで付き合いまくって――」

「死ね……」

「そげぶっ」


 氷の拳でぶん殴られて顔から地面に倒れ伏すヴァーン。フィオナが下を向いて耳まで真っ赤になっていた。

 そんなヴァーンを見下ろす少女が一人。


「海のときも思ったけど、おじさんってサイテーな割に意外と面倒見良いよね」

「だからおじさんじゃねぇつってんだろガキんちょ!」


 がばっと起き上がったヴァーンのそばで屈んでいた小柄な少女――レナを怒鳴りつけるヴァーン。レナは耳をふさぎながら涼しい顔をしてクレスとフィオナの元へ来た。


「でも、レナもちょっと心配……かな。二人とも、気をつけてよね」

「ああ、ありがとうレナ」

「ありがとうレナちゃん! 早い時間なのに、見送りにきてくれて嬉しいよ~。何かお土産見つけたら持って帰ってくるからね♪」

「別にそんなのいらないから。レナのこととか気にしないで行ってきてよ」


 フィオナに頭を撫でられて、わずかに頬を赤らめるレナ。彼女も彼女らしく、クレスとフィオナのことを気に掛けてくれていたようだ。


 さらにレナの後ろから二人の女性が声を掛ける。


「んま、ハプニングも旅の醍醐味ってね。良かったわねフィオナ。楽しんでらっしゃい。餞別の服、荷物にならない軽くて丈夫な糸で織ってるからね。雨にも強いわよー!」

「はいっ、ありがとうございますセリーヌさん。リズリットも、アカデミーの方が忙しいのにありがとうね」

「い、いえリズはただお見送りさせていただくだけなので! ど、ど、どうかお気を付けていってきてください!」


 寝坊して髪の跳ねているリズリットにフィオナが笑い、跳ねに気付いたリズリットが慌てて髪を押さえつけ、それを見た皆が笑った。


 それから何事もなかったように立ち上がったたんこぶ持ちのヴァーンが頭の後ろで手を組みながら視線を移す。


「にしても、まさかあんなモンで旅立つとはなァ」


その声に全員の目がそちらへ向いた。

 


 そこにあったものは――なんと小型の『気球』である。



 クレスとフィオナは二人用のバスケットに荷物を積み、最後に皆と顔を合わせた。


「どれくらいになるかはわからないが、そんなに長い旅にはならない予定だ。森の家のことは任せてしまってすまない」

「用事を済ませたら早めに戻ってきますね。皆さん、ありがとうございました!」


 クレスとフィオナの言葉に、皆がそれぞれリアクションを返す。少し離れたところではベルッチ夫妻も見送りに来ており、二人に手を振ってくれていた。なにせ、ベルッチ夫妻からの驚きの『プレゼント』こそが、この二人乗りの気球だったのである。そして、せっかくだからこれを使って旅に出ようと決めたのだ。


「よし、それじゃあ行こうかフィオナ」

「はい!」


 フィオナが『魔導具』――バーナーの火をつけて球皮内の空気を熱する。

 二人のために贈られたこの気球はただの気球ではない。浮力を得るための加熱装置に魔導具を利用し、楽に火を起こし調整することが出来る。また、(ラタン)で作られた丈夫なバスケット下部に取り付けられた二つの棒状の魔導具は風を起こし、推進力を得ることが可能で、いざというときは海や湖に着水することも出来るという。球皮や各部位にも高級品が使われた特注のモノで、相当な値段がしたようだ。


 次第に気球がふわりと浮かび上がり、クレスとフィオナは空へ昇っていく。


「それじゃあ行ってくる!」

「行ってきまぁす!」


 二人が気球の下に声を掛ける。徐々に小さくなっていくヴァーン、エステル、セリーヌ、リズリット、レナ、ベルッチの夫妻、それに街の人々が皆で手を振ってくれた。


 ある程度の高度を得たところで、バスケット下部の魔導具を発動させる。小さな気球は緩やかな風に乗り、聖都の街を離れ始めた。かつてフィオナが壊してしまった建造途中の『聖究の塔』よりもあっという間に高くなる。今や聖女の城も近くに見えるほどだ。


「もうこんなに高くなって……すごいですね、クレスさん!」

「ああ。こんな乗り物は初めてだが、本当にすごいものだな」

「そうですよねっ。みんなに見送ってもらえて、良い旅になりそうです。ただ、ソフィアちゃんにご挨拶出来なかったのが、ちょっぴり残念ですけれど」

「聖女様は忙しいからね。帰ってきたらまた土産話をしよう。彼女も喜んでくれるはずだ」

「ふふっ。はい、そうですね!」


 二人がそんな話をしていたとき――遠くから大きな声が聞こえてきた。



「クレスくぅ~~~~~~ん! フィオナちゃぁ~~~~~~ん!」



 聞き覚えのある高い声に、二人は驚いてそちらの方向に目を向けた。


 気球が接近していたのは、セントマリアの希望の丘――頂に建つ『聖エスティフォルツァ城』。

 その城の最上部。聖女の間に隣接する広い庭。夜のお茶会では定番の場所である。

 そんな庭から、法衣姿の彼女がぶんぶんと両手を振っていた。



「見送り行けなくってごめんなさぁ~~~~い! 気をつけてね~~~~~! 楽しいお土産、待ってまぁ~~~~~~す!」



 かつての“聖闘祝祭(セレブライオ)”でも使用した拡声器(マイク)の魔導具による声が、ソフィアの想いをこちらへと届けてくれた。

 こちらの声が届くかはわからない。

 それでも、クレスとフィオナは顔を見合わせてから同時に返事をした。


 こうして、結婚後初めての二人旅が始まったのだった。

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