はらぺこバーベキュー
腹が空いていたのはフィオナだけでなく、よく動いた子どもたちも同様にペコペコの状態。もちろんクレスたち大人組も同様であった。
というわけで、早速用意していたグリル等のバーベキューセットを使っての昼食が始まっていた。コロネットが増えたこともあり、近くにある『海の家』でいくつか食材を購入。肉も魚介類も野菜も焼きまくり、フィオナとエステルが冷たいデザートも用意して大賑わいの昼食となる。
「ふももも! あむむもももも~!」
「コ、コロネちゃん落ち着いて食べて? まだまだいっぱいあるから、ね?」
「はむむ! んぐ、んんんん――わかったのだ!」
口いっぱいに頬張ってはあっという間に食材を食べ尽くしていくコロネットと、そのおこぼれを貰って喜ぶデビルクラーケンのデビちゃん。ヴァーンが「海の魔族も海のモン食うんだなァ」と興味深そうな発言をしていた。
コロネットの食欲はもちろん、子どもの数が多いこともあり、焼く係のクレスやリズリットがいくら焼いてもすぐに食い尽くされてしまう状態である。ボロボロとこぼしながら食べるコロネットを、フィオナは先ほどから忙しそうに世話していた。
そして、そんな光景をレナがなんだか不満そうな目で見つめている。
「おいしーね、レナちゃん!」
「…………」
「あれれ? レナちゃんどうかしたの?」
声を掛けても反応がなかったことで、ドロシーがこてんと小首を傾ける。
するとレナは、肉の載った皿を持ったままフィオナの方へ歩み寄ってくる。
それから皿の肉をフォークで刺し、フィオナの方に差し出す。
「はい」
「え? レナちゃん?」
「だから、はいっ」
レナはフィオナからチラッと目線を逸らし、少々ぶっきらぼうに言った。
「その子の世話ばっかりで、さっきからぜんぜん食べてないでしょ。すこしは落ち着きなよ。はい。口開けて」
「え、えっと……」
「だから、はいっ!」
「う、うんっ!」
レナの勢いに押されるまま、言うとおりに口を開けて肉をいただくフィオナ。ずいぶん空腹だったこともあり、アツアツの肉から溢れる肉汁や香ばしさが染み渡るようだった。
「んん~……おいしい! わたしのためにありがとう、レナちゃん」
「一番お腹空いてたのマ……あ、あなたでしょ。なのに人の世話ばっかりして。ほんとおせっかいだね。食事も大切な魔力の源なんでしょ」
腰に手を当てて呆れたような息をつくレナ。その頬はほんのり赤らんでいる。
それからレナの視線はコロネットの方に向いた。
レナはびしっとコロネットを指差して言う。
「あなたも、もっと落ち着いてたべてよ。そんなんじゃのどにつまるよ!」
「んんん! ――わかったのだ!」
本当にわかったのかは誰にもわからないが、口いっぱいに詰め込んでいたものを飲み込んで笑顔で答えるコロネット。その返答にレナがまた小さくため息をつき、ドロシー、アイネ、ペール、クラリスたちがおかしそうに笑う。
そんな楽しい昼食時間を過ごしていると、やがて別のグループがやってきて、メイド服を着た若い女性が手こずりながらテントを張り、近くでバーベキューを始めようとしていた。その頃にはクレスたちの愉快な食事もある程度落ち着き、ようやく満足したらしいコロネットが座り込んでお腹をさする。
「おいしかったー! もうお腹いっぱいなのだ! デビちゃんもそう言ってるのだ! ごちそうさまでしたなのだ!」
「へーへーそりゃあよかったなァ。どっかのガキ一人のせいで食費が倍以上になってんだがわかってんのか? その費用がオレ様持ちにされてんだが? アア?」
「おお~、ヴァーンはおかねもちなのだ! オトコらしいのだ!」
「そうね。お金持ちで男らしい人が全部支払うのは当然のことよね。ええ、私も深く同意するところだわ。ごちそうさま。さっさと片付けなさい」
「ガキはともかくテメェは調子のんなゴラアアアアァ!」
純粋に目をキラキラさせてヴァーンを見つめるコロネットと、彼女に乗っかって微笑を浮かべながらアイスを食べるエステル。片付け作業中のヴァーンは拳を握りしめて眉間に皺を寄せたが、エステルは涼しい顔で髪を払うのみ。運悪く二人の間に挟まれていたリズリットが涙目になって怯えていた。
「おじさん、いいから早く片付けましょうよ」
「そうだよおじさん! 少し休んでまた遊びにいくよぉ~!」
「もう飛び込みは嫌ですけれど……海はめったに来られる場所ではありませんからね。おじさん、今度は安全な遊びを教えてください」
「おお~、あたしもいっしょにあそびたいのだ! ヴァーンはやくするのだ!」
貴族令嬢三人組と共に、コロネットがヴァーンの周りを囲む。ヴァーンはイライラしながら作業を進めた。
「だー寄るな寄るな! だからおじさんじゃねぇっつーの!! なんでオレの周りにはガキと性悪貧乳しかこねぇの!? もっとボインボインな色気ある女こいや!」
「うわ、おじさん最低」
「おじさんサイテー!」
「おじさん最低ですわ」
「あら。年下の女の子たちにモテモテみたいね。よかったじゃないおじさん」
「だああああうるせええええええええええ!」
心からの叫びと共に片付けを続けるヴァーン。そんな光景にレナが呆れつつ、ドロシーが楽しげに眺めながら片付けを手伝う。
その一方、コロネットの世話を終えたフィオナは、続けてクレスやレナたちの世話も焼こうとしたが、いい加減ちゃんと食べてほしいというクレスたちの意見を受けてようやく落ち着いて食事に移っていた。クレスたちがちゃんとフィオナの分を残してくれていたこともあり、鳴いていた腹を満たすには十分な量である。
フィオナは騒がしい皆の姿を見て、嬉しそうにニコニコしながら言う。
「二人でゆっくりと食べるのも大好きですけれど、みんなで食べるのもおいしいですね、クレスさん。ついつい食べ過ぎてしまいます」
「うーむ。確かに」
隣に座っていたクレスが神妙な顔でうなずき、返事をする。フィオナはくすくすと笑った。
「それにしてもヴァーンさん、最初はみんなに怖がられちゃってましたけれど、いつの間にか仲良しになったみたいですね。い、いじられてるようにも見えますけれど」
「ああ。あいつは以前から子どもに――特に女の子に好かれるんだ。俺は距離を取られてしまうことが多いから、よく参考に話を聞いたものだ」
「そ、そうなんですか? でもクレスさんはずっと前から人気が…………あ、けど、そうかも……」
話を聞いて、思い当たるところがあるように考え込むフィオナ。
勇者時代のクレスに女の子のファンが少なかったはずはないが、今よりもずっとストイックで真面目すぎたクレスに近づきがたい雰囲気があったのは事実である。ゆえに、自然とヴァーンの方に子どもが集まることが多かったのだ。
「以前コロネットと会ったときも、俺はなぜか彼女に怖がられてしまったが、ヴァーンに対してはそうでもなかったな。それにしても、まさかここでコロネットに会うとは思わなかった……」
「ふふ。きっと、今までの出会いにはみんな意味があるんですね。わたしは、これまで街から出たことなんてほとんどなかったから……クレスさんと一緒になって、いろんな人に出会えたことが嬉しいです。はい、どうぞ」
「ん」
フィオナが手元の肉を一枚クレスに差し向け、クレスはあーんとそれを食べた。そしてクレスがもぐもぐと食べる姿をにこやかに見つめ、フィオナは語る。
「セシリアさんやショコラちゃん、ローザさんにも、きっとまた会えますよね。それから聖女様にも――ソフィアちゃんにも、今日のことをお話ししたいです!」
「――ん。そうだな」
「えへへ。クレスさんと一緒にいられるようになって、わたしは毎日、どんどん幸せになっています。これからも……ずっと、そばにいさせてください……ね?」
「それは俺も同じだよ。君と添い遂げることが俺の生きる理由だ。そばにいてくれ、フィオナ」
「クレスさん……はいっ!」
微笑ましい空気の流れる、少し熱っぽくなった夫婦の会話。
いつの間にか、周囲の皆がそんな二人をニヤニヤと見つめていた。それに気付いたフィオナがぽぽっと赤くなるが、クレスはやはり堂々としている。
そんなとき、近くでバーベキューをしていたグループの方から騒がしいやりとりが聞こえてきた――。




