海の女王
やがて、エステル作の山盛りかき氷を食べ始めたところでコロネットは肌もツヤツヤで元気いっぱいに完全回復した。
「んま~~っ! こんなにおいしいのはたべたことないのだ! 氷のおねえさんはちょっとこわくみえるけどしんせつなのだ! ちょっとこわいけど!」
「素直に褒めてもらえないかしら」
「やっぱり人間はすごいのだ! ずっと海の中にいるより、地上に出たほうが楽しいのだ~! デビちゃんもそう言ってますなのだ! ありがとうございますなのだ!」
微妙にイラッとした様子のエステルのそばで、氷をほおばっては満足そうに笑うコロネット。その無邪気な姿は、近くで一緒にかき氷を食べるリズリット、レナ、ドロシーたちと何も変わらない。それどころか、コロネットの方からリズリットたちにかき氷の食べ比べを提案し、友達のように楽しんでいる。
そんな様子に、チェアにふんぞり返っていたヴァーンが頭の後ろで手を組んで呆れたように言った。
「ハァー。オイオイなんじゃこのお子様会は。どーすんだよクレス」
「どうすると訊かれても困るところだが……もう人に手を出さないというなら、それでいいんじゃないか?」
「そう言うと思いましたァ! んじゃ結局おしおき受けて泣き出して、そんで解放と。あのときと同じじゃねーか!」
んがーと上半身を起こすヴァーン。
そんな二人の会話を聞いて、フィオナがそわそわと近づいて尋ねた。
「あのぅ、クレスさんたちは、やっぱり以前に……?」
「ん、ああ。俺たちは以前にも彼女に会っていてね。あのときもコロネットは子供たちをさらっていたんだが……どうやら、彼女にとってはただの遊びだったようだな。戦っていてわかるんだが、悪意がないんだ。今回も同じだったんだろう」
「そ、そうなんですか……」
「人間サマにとっちゃずいぶんと迷惑な遊びだがな。つーかあのときからまったく成長してねぇなこいつ。オイコラガキンチョ、お前そもそもなんでこんなとこいんだよ」
「――ん? あたしのおはなしなのだ? フィオナのおねえさんたちがイイ人だから、なんでもこたえてあげるのだ! おまかせなの――あぶっ!?」
コロネットがかき氷を持ったまま走ってきてスッ転び、その中身がすべてヴァーンの下半身に掛かって野太い悲鳴が上がった。だがコロネットは悪びれる様子もなく笑顔を見せる。
「それでそれで、あたしにおはなしってなんなのだ? しりたいことがあったらなんでもおしえてあげるのだ!」
なんだか自信満々なコロネット。頭部に乗ったクラーケンもうなずいていた。
そこでフィオナが前屈みに目線を落とし、尋ねてみる。
「えっと、それじゃあコロネットさんに質問してもいいかな?」
「うん! 呼びかたは『コロネ』でいいのだ。『コロ』でもいいよ! みんなそう呼んでくれてたのだっ。それに“さん”もいらないのだー!」
「そ、そっか。それじゃあ、コロネちゃんはどうしてここにきたのかな?」
「みんな楽しそうだからなのだ!」
「楽しそう?」
すぐに返ってきた言葉に、フィオナはキョトンとする。
「うん! あたしたちは、普段はずっと海の中にいるのだ。でも、海は遊べるところが少なくてつまんないのだ。もう人間と戦う必要がなくなったから、いつもたいくつなのだ。だからたまにお外に出てくるのだ。それで、人間たちがわいわいやっているところにおじゃましたのだ! クレスとも、まえにそうやってあったのだ!」
フィオナがクレスの方に視線を送ると、クレスも肯定するようにうなずいた。
「そうなんだ……。ええっと、それじゃあ本当にただ遊びにきただけ……ってことかな……?」
「そうなのだ! デビちゃんが先に遊んでいて、あわててあたしも来たのだ。そしたらおねえさんたちに会えて、ラッキーだったのだー!」
嬉しそうに語ってまたかき氷を頬張るコロネット。
そこでフィオナは思い出す。そういえばデビルクラーケンがドロシーたちを掴んでいたとき、クラーケンはなんだか上機嫌で笑っているように見えたと。あれは人間を弄んでいたのではなく、本当にただじゃれあっていただけのようだった。かといって、あの巨体に捕まった方はそうは思えないだろう。レナたちもその話を聞いて呆然とするばかりだ。
そこでエステルが腕を組みながら言う。
「そう。もしも敵対するのならそれ相応の態度で臨むところだけれど……、貴女たちは、もう人間を襲ったりはしないのかしら?」
「うん。しないのだ。だって、そのひつようがないのだ」
「必要?」
聞き返したエステルに、コロネットは大きくうなずく。
それから両手を広げ、ジェスチャー付で話を始めた。
「あたしのおかーさんは、とってもつよーい『海の女王』だったのだ! だから魔王さまにつかえて、人間たちと戦ったのだ。でもおかーさんが冒険者にやられて、あたしがおかーさんの“絶海”の名前を継いだのだ。そしたら、ちょうど戦争がおわってたのだ」
「え……? それじゃあ今のコロネちゃんは、海の王女様なの?」
「そうなのだ! 海の中ではいちばんくらいにえらいのだ! この冠もその証なのだ。えへんなのだー!」
自慢げに頭部の小冠を見せつけるコロネット。頭に乗ったクラーケンが触手で王冠を指し示していた。そんな過去を語るときでも、彼女は何も変わらない。
「そうなんだ……。で、でも、コロネちゃんは……それで人間のことを恨んでいないの……?」
おそるおそる訊くフィオナ。
勇者と魔王との戦いに決着がついたことで、人間と魔族との戦争には終止符が打たれた。
だが、未だに人間を襲う魔族や配下の魔物たちがいる。彼らにとって戦う理由は『相手が人間だから』というそれだけで事足りた。加えて、人間の手によって家族を失った過去があればコロネットが戦う理由は十分である。もし彼女にその気があるのなら、戦わずに済む――という結末は迎えられないかもしれない。フィオナはそう考えていた。
コロネットは、何度かまばたきをして答える。




