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はちみつ色の天使

作者:ぎょにく
 僕は君より後に歩き出した。そしていつか君を追い越していく、はずだった。

 今でも思い出すのは、大切だった人の笑顔。誰よりも大切だった人の笑顔。僕は毎日が幸せで満ちていた。この幸せがずっと続くと信じていた。
 あの日僕はあなたに連れられ、見知らぬ場所へやってきた。あなたはいつものように笑わなかった。僕は見知らぬ人に連れて行かれて、あなたと別れた。
 それからは冷たい部屋で過ごすことになった。どれだけ待っても、あなたは帰って来なかった。でも、冷たい部屋で過ごすうちに、友達がたくさんできた。みんな、僕と同じようにここへ連れて来られたらしい。みんな、悲しい目をしていた。僕も悲しかった。友達がいたから、なんとかやっていけたんだ。
 ある日を境に顔を見せなくなる友達が多かった。それでも、また新しい友達ができた。みんなで一緒なら、寂しくなかった。

 そんなある日だった。冷たい部屋から出されて、知らない人に連れて行かれた先で、君に出会った。そこは暖かい部屋だった。あの人とは違うけれど、とても温かかった。君と、そのお父さん、お母さん、そして僕。また楽しい毎日が始まった。君は僕を大切にしてくれた。僕も君を大切にしていた。
 君も、お父さんもお母さんも、みんな僕を「ケンちゃん」と呼んだ。僕は嬉しかった。僕も、君を呼んでみた。君はにっこり笑って、僕をぎゅっと抱きしめたんだ。
 君はどんどん大きくなる。僕も大きくなった。僕は君より大きかった。君は色んなことを覚えた。僕も色んなことを覚えた。君はよく出かけるようになった。そして、帰ってきたら僕も一緒にもう一度出かけるんだ。
 ある日、君は疲れた顔をして帰ってきた。君は僕の名前を呼ぶと、にっこりと笑ってみせた。僕もにっこりと笑ってみせた。君は笑顔が眩しかった。

 ある日を境に、君は滅多に出かけなくなった。お父さんもお母さんも心配していた。僕も心配になって、君にどうしたのか聞いてみた。君は泣いていた。君は泣きながら、服を脱いでみせた。君の胸やお腹、背中に、痛そうな傷がたくさんあった。
 痛いの?悲しいの?僕は君に聞いたんだ。君は泣きながら僕を抱きしめた。君はしばらくそうしたままで、やっと泣き止んだんだ。僕が傍にいるだけで、君は元気になれたみたいだった。
 でも、気づけばそんなこともなくなってしまっていた。君は全く出かけなくなり、僕と一緒にいることも少なくなった。君はごはんも食べなくなり、部屋からも出て来なくなった。お母さんは毎晩泣いていた。お父さんは毎晩頭を抱えていた。知らない人が家に来て、三人で何か話していた。僕は何もできなかった。

 そして、あの日がやってきた。夕方、どうしても君に会いたくて、君の部屋に向かったんだ。珍しく部屋のドアが開いていて、君は部屋の中にいた。僕は君に駆け寄った。君は宙ぶらりんになっていた。もう、僕を見ても表情一つ変わらないんだ。
 僕は君の名を呼んだ。君は何も答えない。揺らしても、動かない。僕は急に怖くなった。僕はずっと君の傍に寄り添っていた。
 帰ってきたお母さんを、その少し後に帰ってきたお父さんを、僕は君の部屋へ連れていった。泣き崩れた二人を、僕は必死に慰めた。僕もとてもとても悲しかった。

 あれから長い時間が経って、今僕は君の前にいる。といっても、君は小さくて、ずっと笑ったままだけれど。
 お父さんもお母さんも、あれからずっといなくなった君のために出かけている。毎晩毎晩、泣いているんだ。僕がいつも慰めるんだ。
 僕はもう、だいぶ目が悪い。走る体力も無くなってしまった。もうほとんど、動けないんだ。本当なら、こうなった僕を君が見ているはずだったのに。どうしてこうなっちゃったのかな。
 でも僕は怖くない。きっともうすぐ、君に会えるんだ。お父さんとお母さんに会えなくなるのは寂しいけれど、君と一緒にいられるんだ。やっと君に会えるんだ。
 なんだか眠くなってきちゃったから、少し眠るね。夢でも会えるといいな。

 そのゴールデン・レトリーバーは、遺影の前で眠っているかのように息絶えていた。その顔は安らかで、どこか満足したような、柔らかい笑みを浮かべているように見えた。

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