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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金持ち王子と貧乏姫

作者: ちゃー!

 とある小国からの招待客として、私は富者の国で開かれる舞踏会に招かれ参加していた。

  富者の国は周りの諸国とは比べ物にならないくらいの大国で、ここに暮らす民は皆豊かで幸せそうな顔をしている素晴らしい国だ。それに比べ私の育った国は貧しく、王家といえど慎ましやかに暮らす事を求められた。

 各国の重鎮があつまり、盛大に催されたこのパーティは絢爛たる様子で、テーブルに並ぶ料理やデザートはまるで宝石のように輝いており、貴婦人達の色とりどりのドレスがまるで春のお花畑のようだった。


 これは国一番の美貌を持つシアン王子の十八回目の誕生日を祝う席だった。

 誰よりも美しく、誰よりも華やかな装いの彼は、舞踏会の中心で華麗に踊っていた。


 招かれた貴族達が順に、シアン王子に挨拶し、ついに私の番が回って来た。

 彼の側へ近づくと、王子の水色の流れるような美しい髪がたなびいた。


 美王子の横で腰を落として挨拶し、さらに近付こうと一歩踏み出した時、私は慣れないドレスの裾を踏みつけ、盛大に転けた――。


「!!」


 柔らかい感触が唇から全身を伝う。私の唇は、シアン王子の唇と重なっていたのだ。


「申し訳ございません」


 慌てて側から離れようとすると、彼に腰を掴まれ引き寄せられてしまった。


「とても積極的なお姫様だ」

「えっ? いや、その……」


 突然のことに助けを求めるように周りを見ても、皆陽気に笑うだけで、私とシアン王子の間に割って入る者はいないかった。

 彼の艶のある青い瞳で見つめられ、恥じらうように顔を背ける。


「名も知らぬ、美しきプリンセス。どうか、僕だけの姫になっていただけませんか?」

「へ?」


 突然の申し出に対し、“はい”とも“いいえ”とも答えずにいたら、後ろの方で小さい拍手が聞こえてきた。しかも、その拍手は伝染し、会場中が盛大な拍手が響き渡っていた。

 私が周囲をキョロキョロと見回すと、招待客すべて祝福ムードで「おめでとう」という声まで聞こえてくる有様だ。しかも、富者の国の王様がいつの間にか私の隣にまで迫っており、「息子に釣り合う美貌の持ち主に初めて会った。どうか、息子をよろしく頼む」と、私に握手を求めてきた。

 そのまま強引に押し切られるように、私はこの日、シアン王子の婚約者として、世間に認知されることとなったのだった。


 ※


 私はシアン王子に招待され富者の国へと来ていた。

 あの後、シアン王子と二人きりになる機会があり、その時に婚約の件は一旦保留にさせて欲しいと申し出たら、シアン王子はあっさりと快諾してくれた。

 その代わり、私を城へと招き一週間間滞在して、この国や自分の事を知ってもらいたいとのことだった。

 それなら、ぜひ……と、私も了承し、必要最低限の荷物で富者の国の城へお邪魔させてもらっていた。


 到着後、支度を済ませた私を街案内をしてくれるというシアン王子と、富者の国の城下町へ来ていた。

 富者の国は美しく、太陽の光がキラキラと美しい青い空で輝き、それが彩鮮な建物をより鮮やかに見せており、花壇には色とりどりの花が咲き、私の目を始終楽しませてくれていた。


「僕を真実の愛に目覚めさせたお礼です。この街でなんでも好きなものを買って差し上げますよ」


 シアン王子は、眩しい笑顔で私に提案をした。


「本当に結構です、私はこんな素敵な国に招待していただいただけで充分ですから」

「へー、控えめな女性なんですね」


 彼は、感心したような顔で私をみた。


「どうしたんですか?」

「いえ、女性は大抵僕が何か買うと言うと、喜んで色々ねだってくるものですから」

「そうなんですか? 私はこの街の色彩豊かな景色だけで満足ですよ」


 彼の横で一週間も過ごせるだけで充分で、これ以上望むなんて贅沢、私には興味がない。

 彼は私の言葉を聞き終わると、柔らかく微笑み私に手を差し出した。


「では、心清き姫を思う存分、街案内しましょう」


 私は、少し戸惑っているように差し出された手を取り、彼に手を引かれ街の中心街へと向かったのだった。


 街の中心は、これまた煌びやかで、こちらの店ではピンクや黄色など明るい彩りの砂糖菓子が並び、あちらの店では青や白、紫の綺麗なガラス細工が輝いていた。

 そして、景色に負けないくらい、私をエスコートするシアン王子は美しかった。


「どうしました? 僕の顔に何かついてましたか?」

「いえ、別に」


 私は恥ずかしくて、思わず顔を背けた。

 彼の容姿の完成度に見惚れていたなんて言えるわけがない。


「もしかして、美しい僕に魅入っていたりして」

「そ、そんな!」


 図星をつかれ焦った動きをする私に、シアン王子は悪戯な笑みを向けた。


「顔真っ赤ですよ?」

「!!!」


 私は咄嗟に両手で顔を隠そうとするが、シアン王子に手首を掴まれ阻止された。

 私の両手を押さえ、顔をじっと見つめられる。


「本当に僕に見惚れてたんですか?」

「あ、いや、普通に綺麗だなって……」

「別に恥ずかしがらなくていいんですよ? だって事実僕は美しいですから、それは自然で当たり前のことです」


 すごいナルシストな発言なんだけど、彼が言うと事実なだけに嫌みたらしさを感じない。


「ふふ……シアン王子は面白い方ですね」

「あれー? 本気にしてないんですか?」

「してます、してます。見惚れちゃいました」

「本当に?」

「はい」


 軽口のやりとりのお陰で、少し距離が縮まったように感じた。この調子で彼との距離を詰められるといいのだが。

 シアン王子と露店を見て歩いていると、露店主の中年の男性が声を掛けてきた。


「シアン王子、デートかい? 可愛い子だね」

「この子は違いますよ、ただの街案内です」

「ああ、そうかい。失礼した」


 私は店の方にぺこりとお辞儀をした。


「姫、この店のガラス細工はこの国一番なんです。少し見ていきませんか?」

「ええ、是非」


 店内は大きいものから小さいものまで、色々なガラス細工に溢れていた。

 私はシアン王子の側を離れ、白鳥のガラス細工を手に取って眺めていた。

 すると、店主のおじさんが近づいてきた。


「綺麗だろ。これは国でも最高の職人が作ったものなんだ」

「そうなんですか、本当に綺麗です」

「ところで、お嬢ちゃん」


 店主は、離れたところで、真剣に、ガラス細工を見るシアン王子を気にしながら、小声で私に囁いてきた。


「シアン王子は、恋人を作っちゃすぐ捨てて、よく女の子を泣かしているから気をつけな。女が絡まなきゃいい奴なんだがね」


 店主は、最後に苦笑いを浮かべた。


「忠告ありがとうございます」


 シアン王子とはお礼として街案内されているだけだが、男女二人が仲良く街を歩いていれば、デートだと勘違いされても仕方がない。

 否定するのも手間なので、そのまま流しておく。


「どうかしましたか?」

「あぁ、シアン王子、何でもないですよ。この白鳥の置き物について説明していたのさ」


 店主は先程の会話ん誤魔化し、シアン王子と話し込み始めた。


 私は、店主に言われた言葉を思い返す。

 シアン王子は確かに見た目も美しいし、女性の扱いにも慣れている素敵な男性だ。

 しかし、私とシアン王子が恋愛関係になることはないため不要な情報だった。

 店主のおじさんには悪いけど、今の暴露は忘れよう。

 店を出るとシアン王子は、私の手を引き、その上にラッピングされた袋を乗せた。


「プレゼントです。高価なものではないですが、とても綺麗で貴女に似合うと思います」

「そんな、悪いです」

「開けて見てください」


 せっかく購入して頂いたものを返すわけにもいかないので、私はゆっくりと包みを開けた。

 目の前に瑠璃色の硝子の球体が付いたネックレスがキラキラと輝いている。


「綺麗……」

「良ければ今日の記念に」

「ありがとうございございます。大事にします」


 私は、そのネックレスを胸の前でそっと包み込んだ。


 ※


 シアン王子の城に滞在し二日目の朝。

 私は身支度をし、最後に昨日シアン王子から頂いたネックレスをつけた。

 手に持ち陽の光に当てると、朝露のようにキラリと輝いた。

 私はそれをうっとりと見つめる。

 トントンーーと、不意に扉を叩く音に、私は少しビクりとしてしまった。

 扉へ向かい、開けるとそこにはシアン王子が立っていた。


「迎えに来ました、お姫様」


 シアン王子は仰々しく私にお辞儀した。

 今の彼の美貌にすごく似合っているのだけど、それがなんだかおかしくて、私はクスりと笑ってしまった。


「何を笑っているのですか、変でしたか?」

「違うんです、とても様になっていたからそれがなんだかすごくおかしくって」

「王子様ですから」

「そうでしたね」

「そして、あなたもお姫様もです」


 シアン王子が私の手を取り、口付けをした。

 そっとかすめるように、ほんの一瞬触れただけなのに、その場所からじんわりと冷たさが広がるような錯覚を感じた。

 妙な寒気に身を震わせ、作り笑顔で何とか取り繕った。


「今日は、姫君に贈り物を用意してきたのです」

「贈り物?」

「きっと貴方に似合います」


 彼は金で装飾がされた手のひらサイズの箱を差し出してきた。

 どこから見ても高価な物だろう。壊してはいけないと恐る恐る箱を開けると中にはとても大きなアクアマリンが付いた指輪だった。

 もしこれを身に着ければ、石の大きさは私の指をはみ出すだろう。


「こんな高価なものいただけません」

「お気になさらずに。貴方に身に付けていただくのがこの指輪にとって最大の幸せなのです。どうかこの子のためにも受け取ってください」


 シアン王子はおどけるように指輪の箱を顔の横で揺らした。

 私は彼の強引さに負け、渋々その指輪を受け取った。

 ここで押し問答をしても仕方ないし、一週間後にここを去る時に置いていけばいいだろう。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 こんな大層な品を簡単に田舎の姫の私ごときに贈るだなんて金銭感覚の違いに眩暈がしてきてしまう。


「それと、もう一つ」


 シアン王子が指を鳴らすと、メイドが三人どこからともなく現れた。

 メイドが皆笑顔でこちらを見ている。その笑顔に何か嫌な予感を感じた私は、思わず後ずさりしてしまった。


「この指輪に合うドレスも必要でしょう。貴方のは控えめなデザインのドレスが多いからたまには派手な装いも見てみたい」

「そ……そこまでは」

「いいから。さあ、採寸を開始してくれ」


 彼は扉を閉め去っていき、部屋にはメイド達が残った。

 私は溜息をつきながらも、彼女達を受け入れる。主の命に逆らって叱られても可哀想だからだ。

 そのまま、私はされるがままにメイド達に身体の隅々まで測られた。


 ※


 三日目、私はシアン王子にアフタヌーンティーに招かれた。

 彼は薔薇園にある真っ白なテーブルにつき、こちらへ手を振っている。


「お招きいただき、ありがとうございます」


 私は執事に椅子を引かれ、彼の前へと座る。

 カップに琥珀色の紅茶が注がれ、鼻孔を擽った。


「姫。昨日は驚かせてしまったようで申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな。嬉しかったです」

「僕が貴方に似合う完璧なドレスを見立てますから楽しみにしておいてくださいね」

「ええ……」


 楽しそうな彼とは裏腹に、私の心は暗い気持ちで一杯だった。

 この国は私のいた場所とは違い、何もかもが輝いており、色鮮やかで、そして贅沢だった。

 ドレスを作ってもらっても、この国らしい煌びやかな装いは私には似合わないだろう。そもそもドレスが仕上がるまでこの国にいるかもわからない。


「貴方は僕が出会った誰よりも美しいですよ」


 シアン王子は私の心を見透かしたように、そうフォローした。

 彼の言葉に私は顔を赤く染め、口元を手で隠しながら顔を逸らした。肩を小刻みに揺らしながら恥ずかし気に俯く私の頬に、彼がそっと触れる。


「まるで真っ赤な林檎のようですね。食べたらとっても美味しそうだ」


 彼は私の頬に軽く手を添え、それを下へとゆっくり動かした。彼の手が私の首に触れ、身体が跳ねるように反応してしまう。


「わ、私は食べられませんよ」


 気恥かしさで、頓珍漢なことを言ってしまった初心な女だと思われただろうか。


「それは、どうでしょう?」


 王子は私の手を取り、それを私の口元まで運んで指先に口付けした。しかし、それだけでは終わらず彼は真紅の唇で私の中指を口の中へ導きぬるりと舌でそれをひと舐めした。指先から全身に痺れが走る。

 彼の行為に私の頭は真っ白になってしまい、何の反応も返すことができず、何か言わなければと、やっと絞り出た言葉は「汚いので……」と言う何の芸もないものだった。


「美しい貴方に汚い部分などありません。あぁ……早く……いえこれ以上言うのはやめておきましょう」


 彼は不敵に微笑みながら、私の手を解放してくれた。

 私は彼が触れた手を己の胸元に寄せ、小さく深呼吸をして息を整えた。何度か息を吸うが未だに指先が彼の舌の余韻に浸っている。

 おずおずと彼の方を見ると、シアン王子は頬杖をつきながらこちらを屈託のない笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。彼からは既にいやらしさは消え去り、ただのティータイムモードへと戻っているようだ。

 余りの衝撃に放心状態になってしまった。いけないと思い、気を戻すためにスカートの裾を掴みながら下唇を噛み気合いを入れた。


「姫……」


 彼に呼ばれ顔を上げると、ベリーの甘く、そしてすこし酸味のある香りがふわり口元に広がった。

 私は唇に押し付けられた赤いベリーを勢いでパクリと食べてしまう。


「姫、こちらを向いて笑ってください。貴方の笑顔は女神のように暖かく僕の全てを包み込んでくれるようだ」


 ここまでベタ褒めされると嘘臭く感じてしまうのは私と彼の生活環境の違いのせいなのだろうか。彼は何かにつけてオーバーだが、高貴な女性は本来これくらい男性に言わせるべきなのかもしれない。

 けれど、田舎で伸び伸びと育った私は逆に堅苦しく感じてしまい、彼の甘さにどこか疲れを感じていた。

 愛想笑いで誤魔化しながらスコーンを食べ終わり、ケーキをいただこうとお皿に置いたものにフォークを刺すと、何か固いものに当たりそれ以上進めることができなかった。どうしたものかとケーキを見ると中からキラキラと輝く物体が見える気がした。私はさらに食べ物に紛れ込んだ異物に目を凝らす。


「プレゼントです」

「え?」


 私は訝し気に、もったいないと思いながらもケーキを崩し、中に紛れ込んでるものをすべて露出させた。

 それは、中指の第二関節程はありそうな綺麗な水色のアクアマリンだった。


「これは……?」

「アクアマリンは僕を象徴する宝石なのです。どうぞ僕だと思って肌身離さず持ち歩いてください」

「そんな。昨日もいただいたばかりなのに……」

「僕がしたくてしていることです。どうか受け取ってください」


 強引に押し切られ、私はまたもプレゼントを受け取ってしまった。

 ここで受け取ってしまったことを後々後悔することになるとは知らずに……。


 その次の日もまたその次の日もシアン王子からのプレゼント攻撃は続いた。

 花はもちろん、髪飾りやイヤリング、腕輪に手鏡と昼夜問わず溢れんばかりの贈り物を渡され、私の許容範囲はとうに超えてしまっていた。

 彼はこんな風に毎回沢山の女性に贈り物をして過ごしているのだろうか。そんな事を考えていると胸が焼けるように痛くなった。


 私は部屋で一人、大きな溜息を吐いた。

 ここにいるのはあと二日。正直なところ私は心労で早く家に帰りたくて仕方がなかった。

 山積みにされた贈り物が部屋の角にまとめて置かれている。それを見ないように私は視線を逸らした。

 疲れたが、目的のためにもここで帰るわけには行かない。

 うんざりと頭を抱えたところで部屋の扉がノックされた。今は疲れて誰かに会う気にはなれないが客人の身であるため我儘は言えない。


「どうぞ」


 金具の音をさせながら部屋の扉が開くと、そこには今もっとも会いたくない人物が立っていた。


「シアン王子……」

「こんにちは、ご機嫌いかがですか?」


 私は無言で彼に笑みだけ返した。

 取り繕わないといけないのだが、疲れて演技すらできない。


「調子が悪そうですね。医者を呼びましょう」

「少し疲れが出ただけなので大丈夫です」

「疲れ!? 大変だ。僕に貴方を癒すことはできないでしょうか?」

「そのお気遣いだけで嬉しいです、ご心配をお掛けしてしまったようで申し訳ございません」

「自分が大変な時に僕の事を気遣うだなんて何てお優しい方なんだ。貴方のために花を持って来させましょう。花は心を癒します。それとも音楽隊などどうでしょう。城専属の者がおります。皆一流の者ですからきっと貴方の耳も満足させられるでしょう」


 私は焦りながらこちらへ迫る彼を片手でそっと制した。


「何もいりません。本当に大したことではないので」

「そんな……、もしやこの国が嫌になってしまわれましたか?」


 彼は今にも泣きそうな程悲痛な表情で私の前に祈るように跪いた。


「すごく素敵な国です。けど素敵すぎて私のような田舎者には似合いません」

「貴方はこの国のどの女性より美しく、魅力的だ」


 そこでシアン王子は部屋の角に積まれた彼からの贈り物に気が付いた。

 彼はその山へ近づき、それが贈られてからまったく触れられていないことを悟ったようだった。

 私は見られたしまったことに気不味さを感じると同時に、どこか開き直った気持ちも出て来た。


「僕が気が利かなかったようですね」

「そんなことないです。どれも素敵な物だと思います……」

「では何故? もしやアクアマリンよりルビーの方が良かったですか? それともダイヤでしょうか?」

「そういうことじゃないのです!」


 私ははしたなくも語気を強めるように彼の言葉を遮ってしまう。

 彼は私の怒りに驚き、声も出ないようだった。


「大変申し訳ないのですが、私は高価な贈り物に興味がないのです。私はここよりも大分田舎の国で育ちました。国自体も裕福ではありませんのでこの城のように立派な花壇もありません。だから私は野に咲く花を愛で育ちました。貴方がくれたような強く輝く宝石ではなく川辺に落ちている綺麗な石ころを集めるのが子供時代の楽しみでした」


 彼は私の話を不思議そうな顔で聞いていた。今の彼に私の話は理解できないだろう。


「石より宝石の方が綺麗でしょう」


 ほら、やっぱり理解できてない。やはりこの国の王子はダメなのだ。


「私は男性が女性にどれだけ高価なプレゼントを贈れるかではなく心を大事にしています。私がこの一週間貴方に期待していたのは貴方自身のことを知ることでした」


 私は彼の元へ寄り、下から彼の青い瞳をとらえた。


「貴方自身の魅力は何ですか?」

「僕の……」


 シアン王子は考え込むように黙って俯いてしまった。

 何かを言おうとしてやはり黙ることを繰り返し、数分後やっと口を開いた。


「何もありません。僕には何もないのです」


 彼は近くの椅子に腰を落とし、膝に手をついて己の身の上について語り出した。


「この国の三人の王子はそれぞれ一つづつ才能を持って産まれました。ある兄弟は力をある兄弟は知恵をといったようにです。僕に授けられたのは“美貌”でした。国の誰よりも美しい容姿を持っていた僕は色々な人々に愛されました。他の兄弟より女性は僕に沢山寄って来ました。しかし、彼女達はすぐに僕から離れて行ってしまうのです。それは僕の中身がないからでした」


 彼は両手で顔を覆いながら、大きく首を振った。

 美しい器を与えられた彼は器の中身がないことに悩んでいたようだ。


「僕は特別強いわけでもなく、話題が豊富なわけでもなく、知識が深いわけでもないつまらない男なのです。寄ってきた女性はそんな僕に愛想を尽かしみんな去っていってしまいました。けれど“贈り物”をすれば彼女達は去らずに側にいてくれました」


 彼はずっと下を向いていた顔を上げ、私を縋るように見つめた。


「贈り物を喜んでもらえないと僕には打つ手が何もありません。貴方も離れて行ってしまうのでしょうか?」


 私はゆっくりと首を振りながら彼の手を取り、その手を優しく包み込んだ。


「私は最初に王子と歩いた街案内が一番楽しかったのです。だから……」

「だから?」

「私とデートしましょう」


 私は満面の笑顔を作り、最後の一日をどう過ごすのか提案した。


 ※


 ここは、富者の国の市場の一角。屋台通りの入り口近く、私は麻でできたローブを着てシアン王子の到着を待った。


「お待たせいたしました」


 シアン王子が少し遅れて到着した。彼はいつもと違う亜麻で出来たローブにズボンを履いている。

 帽子を被り流れるように輝く髪も隠し、いつもの派手で煌びやかな印象は一切なくなっていた。


「姫……本当にこんな格好の僕と歩いてくださるのですか?」


 彼は不安そうに己の服の胸元を掴んだ。

 私は彼の手を取り、それをしっかりと握り締めた。


「庶民デートですからこれでいいのです。今日は贅沢は一切禁止。貴方と私で協力し合って楽しみましょう。それに……」


 私はゆっくりと彼の服をそっとなぞった。


「亜麻は充分高価なものなのですよ。こんな格好だなんて言わないでください」


 彼に軽くウィンクをし、私はシアン王子の手を引き市場の中へと引き連れて行った。

 人口が多い国の市場だけあり人々で溢れ、活気があり、商品も豊富で選べる楽しみに目がくるくると動いてしまった。

 横にいるシアン王子は、慣れない場所に戸惑っている様子だ。通りを行き交う体格の良い野性的な男性に対し怖そうに身を縮めている。

 少し可哀想だが、今までの六日間己の価値観を存分に押し付けて来たわけだから、最後くらいは私のスタイルに付き合ってもらおう。


 それにしても大きな市場だ。自分の住んでいる国ではたまに開催される程度で毎日のように常設されていることに国力の違いを感じる。

 店を眺めながらゆっくりと歩いていると、マジックキャンディー屋なる店を見つけた。

 私はシアン王子の手を取りその屋台の前まで引っ張り連れていく。

 マギックキャンディーは中に魔法が込められているお菓子で舐めると何かしらのイタズラ魔法が発動するのだ。

 髪が爆発したり、しばらく声がものすごく高くなったり、中には顔が毛むくじゃらになったりするものもある。

 キャンディーはすべて同じ形をしていて舐めるまでどうなるかはわからない。私はお金を払い二人分のキャンディーをもらった。


「これは飴ですか?」

「はい。食べると驚くような事が起こるのです。せーので食べましょう! せーのっ」


 私達は同時に口の中へキャンディを放り込んだ。

 “ボンッ”という音とともに口から煙が出て私達を一瞬包むと、目の前に姿の変わったシアン王子が見えた。


「ひ……姫の顔が赤く……」


 シアン王子は私の変わった姿に驚き小刻みに震えている。私は店の前にある鏡で己の姿を確認すると全身真っ赤になっていた。まるで悪魔のような出で立ちに私は満足気に笑った。

 今にも失神しそうなシアン王子を鏡の前まで連れて行き彼の姿を見せると、鏡に映っているいるのがまるで自分だとは思わずキョロキョロと辺りを見回していた。

 それはそうだろう。だって彼の姿は醜いブタ人間になっているのだから。

 動物のブタは可愛らしい見た目をしているが今の彼は違う。

 鼻は低い割に鼻先は上へと上がり、目は厭らしく垂れ瞼が瞳にかかっている。二十顎で首が見えなくなっており服が先程までと違いパンパンに膨れ上がっていた。まるで化け物そのものだ。


「ま……まさか、これが僕ですか?」


 やっと鏡に映っているブタのような人間が己だと理解し、頭を抱え狼狽し始めた。

 私はその様を指をさして思い切り笑った。笑い過ぎて腹が捩れそうになり、呼吸困難になってしまった。

 ひとしきり笑い終わり落ち着いたところで、未だにオロオロと焦るシアン王子の肩を叩き、先に進もうとと行動を促した。


「大丈夫です。とってもお似合いですよ。さぁ行きましょう」


 気分が良くなった私は途中のお店でアルコールを買いそれを一気に飲み干した。シアン王子にも薦めるが彼は気落ちしたようで私が差し出したジョッキを首を振って断った。

 つまらない男だ。私は無理矢理彼の口を開き、思い切り酒を流し込んだ。

 喉にいきなり液体を流され驚いた彼は、地面に手を付き嘔吐いていた。それを見下ろしながら、私はもう一杯酒を呷る。

 落ち着いたのか立ち上がろうとした王子の頭に足を乗せ、再び彼を地べたへと戻す。


「ねぇ、豚王子様。貴方はどうしてそんなに醜いの?」

「姫。や、やめてください」

「どうしてか聞いてるの!!」

「うぅ……」


 シアン王子を踏む足に力を込める。ひ弱な彼なりに暫くもがき抵抗したが、動けないと理解したのか私の質問にゆっくりと口を開いたのだった。


「それは……先程のキャンディの魔法で……」

「ちっがぁーーう!!!!」


 私は彼の髪を引っ掴み、無理矢理立ち上がらせ手近にあった鏡に姿を映し出した。

 彼は鏡を見ないように目を逸らす。


「ねぇ、シアン王子。一つ昔話をしてあげる。むかーし昔ある所に森に棲む魔女がいたの。彼女はね一人で魔法を研究して慎ましやかに平和に過ごしていたのよ」


 王子は私の話を眉間に皺を寄せ理解が追い付かないような表情で聞いていた。

 話しを横から割り込んでまた暴力を振るわれるのが怖いのだろうか。私の機嫌を損なわないようにしているのがよくわかって優越感に浸れて気持ちが良い。


「そんな魔女の前に現れたのが貴方たちの父親の現国王よ。国王は平和に暮らす魔女を唆して城へ連れて行ったの。そして魔女に己の子供達を見せたわ。七人の子供はみな何かしらの問題を抱えていた。ある者は酷く軟弱である者はとても愚かである者はとても醜かった。囚われの魔女は王様に頼まれそんな幼い王子達の欠点を魔法で変えてあげたの。そして、王子達は最強の力や天才的な頭脳や誰よりも美しい容姿を持って育った。それが全て偽りだとも知らずに……」

「その話って……」

「美貌の王子は魔法を掛ける前には豚のように太り、肉で顔が垂れた、今の貴方のような容姿をしていたわ」

「そんな……それじゃあ」

「それが貴方よ。シアン王子」


 王子は顔を何度も引っ掻きながら慟哭した。その声は市場中に響き渡り木霊する。

 亜麻の服を着、肥えた姿を晒す彼を誰も王子だとは思わない。


「私を騙して酷い目に合わせ捨てたあのクソ国王にこれでやっと仕返しができたわ!」


 シアン王子が私の足を掴み縋り付いてきた。


「なんでも差し上げます。だから魔女様、どうか僕を元の姿に」


 私は容赦なく彼の手を蹴散らす。


「さようなら、シアン王子」


 私は彼に手を振りその場を立ち去った。

 さて、これで三人全ての王子の魔法を解くことができた。


 力自慢のマゼンダ王子は強さを無くし、戦場でただのお荷物になった。ひょろひょろの身体で剣も持てず敵の攻撃にビクビク震える姿は本当に滑稽だった。

 知恵を極めたイエロー王子が魔法が解け愚かになっていく様は本当に笑えた。己が徐々に阿呆になるのを感じ恐怖にのたうち回っていたのは今まで出会ったどの道化よりも、私に笑いをもたらした。

 市民の血税で女を繋ぎ止めるための高価な物をぽんぽん贈る馬鹿王子は醜い姿を晒している。

 このままもう少し目の前のブタ人間でストレスを発散したいが、この国から逃亡しなければならない今、じっとしているわけにもいかない。

 また、あの国王に捕らえらるなんてまっぴら御免だ。

 私はそのまま、気分良く自分の住処へと帰って行った。

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