湾岸水滸伝に産声、上がる!
黒塗りのセダンは高速道路のジャンクションを降りて一路、湾岸沿いの赤レンガ倉庫へと向かった。
古びた倉庫の前には、心配そうに腕を組んで車の到着を首を長くして待っていた男の姿があった。
貧民解放運動の中核を成す一人、日下部太陽である。
車は、やがて倉庫の前まで来て止まりドアが開いて貴婦人と男の子、そして凛花が降りてきた。
日下部太陽は笑顔を浮かべて三人の元へと駆け寄った。
『よかった!無事で何よりだ』
『さぁ、早く中へ入って体を休めてくれ!』
貴婦人の名は杏里、そして男の子はピケットと呼ばれていた。
凛花は日下部太陽に手を引かれ、杏里とピケットの二人と共に倉庫の中へ入った。
『こんな服、窮屈で息が詰まりそう。』
ピケットと杏里はそう言うと小部屋で普段着に着替えた。
その姿は貧民解放運動の旗印が腕に染め抜かれた蒼天の青服だった。
テレビのスイッチを入れると、タイミングよくニュースが流れた。
…………《《貧民解放運動の旗頭、油葉大地氏を失った貧民街の人々
彼らは新たなリーダー杏里と名乗る人物の元へと集結しているもようです。》》
《《偽造通貨、兄弟愛紙幣は当局により回収されつつあります。》》
《《社会の混乱をきたすテロに対し国家保安省は徹底した施策を行うとのことです。》》……
杏里はテレビのスイッチを切って二人の幼子を抱き寄せた。
『ここにいたら大丈夫だからね。』
『ここは、私たちの最後の砦、聖域よ。』
『誰も、お前たちに手出しはできない。』
辺りを見回すと、身なりはボロだが暖かな眼差しで見守る多くの兄弟愛で結ばれた仲間たちがいた。
ここには、不況で仕事を失った派遣労働者や、家を持たないハウジングプア、シングルマザー
年金暮しも、おぼっかない下流老人と呼ばれるお年寄り、そしてサイレントプアと呼ばれる単身女性
様々な人々が肩を寄せあって暮らしていた。
『こんな、人々があえぎ苦しむ格差社会を一日も早く変革しなくては我らの明日はない!』
油葉大地の意思を継ぐ太陽と杏里の言葉に深く頷く大勢の心で結ばれた貧民解放運動の義兄弟たち。
湾岸水滸伝の勇士たちが、この地から次々と産声を上げる。
その中に立つ二人の少年少女、ピケットと凛花。
地より涌き起こりし女神、救世の乙女と彼女を支える後の大賢者の姿である。
今の彼らにできることは、限られているが地道に草の根運動により社会の根底から変革を進めて行く。
まずは通貨発行権を取り戻すことから始めなければならなかった。
現通貨制度を駆逐し兄弟愛紙幣を浸透させる。
そのためには、強きカリスマ性を持った人物が必要不可欠だった。
そこで、杏里と太陽は大地の一人娘、凛花が聖典に書かれた救世の乙女の印を持つ者であることを突き止めた。
凛花の瞳は左目が紅く右目が蒼い、髪は赤銅色に輝いていた。
まさに聖典にある救世の乙女、地涌の女神の容赦を備えていた。
彼女の出現を、大勢の貧民解放運動の仲間が待ち望んでいた。
各地に散らばる貧民たちの心を1つに束ねる強きリーダー。
それが油葉凛花であった。