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後編

そして次の日


いつもの様に屋上で弁当を食った後昼寝をしようとした瞬間、

「タツヤ!」


突然のでかい声で、俺の柔らかなまどろみは一瞬にして吹き飛んだ。

何だよ乱、せっかく昼寝しようとしてたのに目が冴えちまったじゃないか。なんでいるんだよ、

「どこにいようと私の勝手でしょ!」

・・・・・あんたホントに我だな。

乱は俺の隣で弁当箱を開け、サンドイッチを食べ始めた。俺は今さっき胃袋の中に収めたばかりなので、何の気もなくそれを眺めていることにした。

「・・・・・なによ」

せっせと三角のパンを口に運ぶ乱、目を少し吊り上げてこちらを睨んできた。

「・・・・・はい」

暫くして三角の一つを俺に突き出した、俺にくれるのか?

とりあえず乱のサンドイッチの一つを受け取ったわけだが、食パンを切ってそれにレタスやらキュウリなんかを挟んだだけのようだった。これがサンドイッチだと言われればそれまでなのだが、なんか簡単すぎやしないか?

・・・・これ、お前が作ったのか?


「それが何よ」

明らかに『悪い(かコラ)』と言いたげな目線だった。俺が言いたいのは家の人は作ってくれなかったのかと言うことでだな・・・・・

「・・・・・家は、父さんと母さん仕事でいないから・・・・」

それは先ほどとは違って、少し寂しそうな顔だった。

いやそれにしても知らなかった、

「仕事でここを出て行ったのは結構最近のことだったからムリはないけどね」

今までちょくちょく家で飯食ってたのはそのためだったのか、姉貴め知ってたな・・・


今日からでも・・・・・毎晩、俺ん家で食うか?


我ながら思いきったことを言ってしまった気がする。乱は火が付きそうなくらい顔を赤くしていた。


「ま、まぁ。アンタがそこまで言うなら、行ってあげてもいいわよ?」

・・・・・決まりだな。




そして次の日。

俺は永遠とつづく坂道を本気で恨みながら、汗をだらだらに掻きながら登っていた。


昨晩は乱が俺の家で飯を食った、俺が誘ったことを知ると姉貴がやたらニヤニヤしていたのであまり気分は良いいものではなかった。

何か俺悪い事でもしたか?

「べつにぃ〜」

ええい、その変な顔をやめろ姉貴!


相も変わらず頭の中にいるんじゃないかと思うくらい、蝉の鳴き声はやかましく響いていた。

・・・・・・ん?ありゃ乱か・・・・

霞み掛けている眼をこすると前を歩いているのは乱だった。

「よう、乱。」

何の気もなしに、ホント何の気もなしに挨拶をする、

「あ、おはよう・・・・龍也」

・・・・あれ?なんかいつもと違う。何だろ・・・・確かに挨拶を交わしたんだが何処となくそんな気がしない。

妙な感覚にとらわれ、はてと考えているうちに、乱は自分の教室に姿を消してしまった。


その日の放課後。今日一日中、朝の乱の挙動について考えていた。

別に怒っているわけじゃなさそうだ、何故なら今、隣で俺と一緒に帰っているのが乱だからだ。

怒っているのならこいつは先に帰ってしまうだろう、馬声の一つでも俺に浴びせながら。

・・・・な、なぁ。パフェでも食わないか?俺が奢るから。

いくらなんでもこの状況は居心地が悪い、とりあえず甘いものでも・・・・・

「いいよ、今金欠なんでしょ」

・・・・・・!わけがわからん。あの乱がこんなこと言うのは初めてだぞ。


そのまま沈黙を再開してしまった乱に、急にバツが悪くなってしまい、そのまま無言のまま帰宅してしまった。


家のリビングでだらしなく寛いでいると、電話で何やら話す姉貴の声が聞こえた。


会話の内容は全く分からなかったが、あまり良い事ではないようだ。姉貴の顔がいつになくシリアスで相づちを打つ声のも元気がない気がする。


「なんの電話だったんだ?」

受話器を置く姉貴、俺の言葉にはっとしたように

「な、何でもないわよ、別に言うほどでもないわ」

・・・・?

心なしか困った顔で笑っていたように見えたが、たぶん俺の勘違いだろう。



妙な感覚が俺の中をグルグルと動き回って数日。

やっとわかったんだが・・・・・いや、実は最初からわかってたんだが、乱は俺に突っかからなくなっていたのだ。

乱と一緒に帰ることはあっても、無言のまま肩を並べて歩くのみ。

違和感はあるも、まぁ暫くすれば元に戻るだろうと高を括っていたのが間違いだった。

それは無言で歩く途中、乱がこんなことを突然切り出したことから始まる。


「ね、ねぇ龍也。後であんたの家に行ってもいい?」

乱にしては珍しく、控え目な感じに言葉を紡ぐ。普段なら勝手に入ってくんな、と言ってもいつの間にかそこにいる程だったのに、わざわざ俺に許可を求めてきた。

「え?かまわんが・・・」

俺が言い終わるのとほぼ同時、乱は急ぎ足で先に帰ってしまった。

追いかけることも出来た筈なのだが、何故かそんな気にはなれなかった。


そして俺の部屋。俺はいつもと違って、ベッドでくつろいでなどいなかった。

代わりにベッドに座っているのは乱で、何か話そうと顔をあげるのだがすぐに俯いてしまうのを繰り返していた。

やがて決心したのか小さく息を吸い込み、

「あのね、龍也――――――――――。」


その時、乱が何を言ったのか理解するのにはかなりの時間を有した。別に聞き取れなかったわけじゃない、あまりにも唐突で衝撃的なことだったからだ。


て、転校!?


「お父さんがね・・・・仕事がっけこう落ち着いてきたから、こっちにおいでだって。あの家に私一人じゃお金の問題とかいろいろあるからこの際・・・・・って。」


そんな・・・・

「だから・・・・お別れを言いにきたの。今までありがとう、好きだった、幼馴染としてじゃなくて、男の子として」

そう言うと、乱は部屋を出て行った。


乱が部屋を出て行って、数時間が過ぎた、外は紅に染まり、昼間やかましく鳴いていた蝉の音も、クマゼミからヒグラシに交代を果たし、物悲しげな雰囲気を辺りに漂わせていた。


あいつの話では電車で行くとか言っていたな、今頃駅で電車が来るのを待っているんだろうな・・・



まったく・・・・・何でいきなり・・・・・何でもっと早く言わないんだ。反則だろ、最後にあんなこと言うなんて・・・・・・。

部屋で取り合えずじっとしていた。本当に何もすることなんかないからだ、


「タツヤ、入るよ・・・・」

ベッドに横になっていると姉貴が入ってきた、

「・・・・・・なんだよ」

今は正直言って誰とも話したくなかった、でも姉貴は容赦なく切り出して来る

「あんた、乱ちゃんのことが好きなんでしょ?」


それを聞いた瞬間、胸の奥がちりちりと焼ける感覚に襲われた、


「ねぇ、好きなんでしょう」

俺を諭すように問うてきた・・・・わかんねぇんだ、俺がいようがいまいが、乱はかわんねぇよ。


「あんた、乱ちゃんの気持ち聞いたんでしょ?なんで答えないの、乱ちゃんは自分の気持ちに素直になったんだよ。なんであんたはそうしないの」

そんなの向こうが勝手に・・・・・・俺には関係ないだろ・・・・・


「本当にそう思う?」


諭すような口調から苛立ちが垣間見えた、姉貴は何でそこまで言うんだ・・・・・


「だったら、なんであんたの拳は、固く握られているの?」

・・・・・!?、気付かなかった。自分のことなのに、俺の手は爪が食い込むほどに固く握られていた。

こんなに強く握ったら普通痛いのに、それすら今の俺にはなかった。

乱の転校は俺にとって本当に関係のないことなのか?


・・・・・・いや、ある。俺はあの乱の悲しい顔は初めて見た。いつも鬱陶しい位に元気なあいつが、

あんな顔ができるのを初めて知ったのかもしれない。

普通は女の子にあんな顔をさせるもんじゃない、でも俺はさせてしまった・・・・・・気付いてあげられなかった・・・・そんなんで何が「俺には関係ない」だ

時計を見る。電車が到着するまでもう時間がない。


行こう!  


そして伝えよう!


・・・・・・俺も、おまえのことが好きだと・・・・


次の瞬間俺は部屋を飛び出していた、やるべき事は一つしかない。

すっ転んでしまうのを必死に耐えながら廊下を通りぬけた。

玄関を飛び出し駅に向かって駆け出そうとした瞬間、


「あ、龍也さん待ってください」

聞き覚えのある声に呼び止められた、声のした方向に首を傾けると

・・・・・九条!?どうしてここに。

九条は喉の奥でクツクツと笑うと

「チンタラ走って間に合うんですか?」

そう言って一方を指差す、そこにあったのは本格的・・・と言うか、どこぞの特撮で使われているような変わったデザインのドでかいバイクだった、


「学校に遅刻しちゃいそうな時にはたまに使ってるんです。さ、行きましょうか」

そう言ってヘルメットを俺に手渡す。

・・・・ま、マジでか・・・・

九条はバイクのエンジンをかける、重苦しい重低音が仄かなガソリンのにおいと共に広がった。

風を押し切る様に走り出したバイク、九条の知られざる一面だな。まさかこんなバイクを持っていたとは。


駅に向かってかなりのスピードで走るバイク、それを運転する九条がこんなことを切り出した。

「私・・・・と言うか龍也さん以外は結構前から知ってたんです、乱さんが転校するって・・・・乱さんがね、みんなに頼んだんですよ『私がタツヤに直接言うまで内緒にしてほしい』って」


・・・・そうだったのか・・・・

「喧嘩ばっかりしている二人、見ていてとても面白かったです。夫婦喧嘩みたいで・・・・でも

急に普通の女の子になった乱さんは・・・・見ていられませんでした」


そうか、あの時俺が何か言えば事態はこんな重くはならなかったんだろうな


「今は後悔している時じゃ有りません」

・・・・そうだな、駅には間に合いそうか?

「誰に向かって口を利いているんですか?間に合いそうか、じゃなくて間に合ってあげてもいい。ですよ」

九条が悪戯っぽく笑みを浮かばせて言う。何か怖いぞ。

バイクがさらに加速する、夕暮れを支配するヒグラシの鳴き声も、今はドスの利いた重低音でかき消された。


「到着しましたよ」

バイクから降りると、そこに待ち構えていたのは、何とゆう君だった。


「やっと来たか!」

指をポキポキ鳴らしながら言うゆう君は、素早くその丈夫そうな腕を俺の肩に回した。


「時間がねぇ!おまえをホームまでブン投げる!」

な、なに!?ちょ、ちょっとタンマ・・・・・


「目ェ食いしばれぇーーー!」


目じゃなくて歯だろ!と言うのは改札やら売店やらの上空で無様に響くだけにとどまった、つかの間の空中散歩の末、俺は駅のホームに落下する。


ベチャと言うのが一番合っている擬音語かもしれない。


「た、タツヤ!?」

目の前にいたのは、大きな赤いスポーツバックを担いだ乱だった。


「よ、よう」と情けない声が出る。乱は突然降ってきた俺に目を白黒させていた。


あ、あのさ・・・・家の事情とかあるだろうから勝手なこと言えないかもしれないけど。

今までありがとうなんて・・・・悲しいこと言うなよ。

行って欲しくない、行かないでくれ。俺はやっぱり―――――


「私のことが好き?」

なーんで先に言っちゃうかなぁ・・・そうだよ、その通りだよっ。


乱がクスクス笑っていた。

「タツヤん家、まだ残ってたわよね・・・・葡萄」

あ、ああ・・・・帰って、一緒に食うか?



 ―――あの時から数日後。

晴れてカップル成立となったわけだが、クラスの連中は「おめでとう」言うよりも「やっとかコノヤー」と言われ、逆に非難される羽目になってしまった。みーんな気付いていたみたいだね。

転校手続きの方も、無事取り消しができた。これはこれでひと騒動あったのだが、これは別の機会に話そう。

乱の住んでいた家も、今はもう別の住人が新たなスタートラインを切っている。

肝心の乱は・・・・・

「遅い、早くしないと学校に遅刻しちゃうじゃないの、馬鹿タツヤ!」

わぁったよ!・・・・まぁ、俺達と一緒に暮らすことになった。

姉貴や乱の親御さんも、たがいに好き合ってるならと言うことで承諾してくれた。

日を追って、生活に必要なものが送られてくるらしい。


「そういえばさぁ」

ん?やっと『そういえば』の正しい使い方がわかったみたいだな。

まぁいいや、何だ?

「あんたの好物も葡萄だったわよね?」


・・・・・・・・ああ、そうだった。毎年自分の誕生日には大きな葡萄をみんなで食べた記憶がある。一年に一回しか葡萄を食べないと言うわけではなかったと思うのだが、その日はとても楽しみだった。

いつからやめてしまったんだろうな・・・・・・


「だったら、またやればいいじゃない」

ワザとそっぽ向いた乱が言った。

「私が・・・・祝ってあげるわよ。感謝しなさい」



―――――――END――――――――


とりあえず、このお話はこれでおしまい。同じ名前の主人公で別の話を今考えてます。

・・・・面白かったら幸いです。

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