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前編

「あ、熱い・・・」

照りつけるような日差しの下。うだるような暑さ、耳に張り付くように響くクマゼミの鳴き声を聞きながら延々と続く坂道を登見上げると、暗澹たる気分が俺の中に湧き上がる。


中学の受験戦争にもみくちゃになりながらも、何とか無難に地元であるここの高校に入学した俺だが、いや誤算。ここに来て最初の後悔は、この高校がやたらと高い山の上に位置していると言うことだった。坂道の上にそびえ立つように建てられている高校、こんな所に学校を建てる様な奴はきっとヒーコラ言いながら登ってくる俺達生徒を見ながら楽しんでいるんだろう。下手ないやがらせよりよっぽど達が悪いな。


ここにきて既に一年以上の時間が経過しているのだが、この坂の辛さは一向に慣れそうもない、しかもこの坂道をあと一年以上も登らなければと思うと暗澹たる気分はさらに倍増する。


登校するだけで汗が体中から染み出している、肌にまとわりつく汗は、下着を一枚余分に着ているようで決していいものではない。


俺の名は比嘉龍也。入学した当時は、それなりにまだ見ぬ高校生活に胸躍らせていたはずなんだが、現実を知ればこのザマだ。中学と何ら変わりない学校生活じゃないか、ただ物理的に学校までの距離が遠くなっただけ。先入観ってのはこわい。


何で俺はこんなところに入学したんだろうね・・・・

ゴールは冷房が効き過ぎていて逆にお腹を壊してしまいそうな、さむーい教室ってか・・・・・


「よう龍也!スラマッパギー」

汗をたらしながら歩く俺の後ろから男子の声が聞こえる。

彼はゆう君。俺と同じクラスのやつなんだが、コイツかなり変りものでな、


「・・・・・・・・・・・」

朝からうっとうしい、とりあえず無視、こいつは訳のわからんことを永遠と俺に語りかけてくるのだ

「あれ?スラマッパギー素通り?!」


指摘するところそこかよ!?アンタ今無視されたんですよ!?・・・・ゆう君はどこか抜けている・・・もはや病か。


坂を登り切り靴箱でスリッパに履き替える。

「それでさぁ・・・臭いよねぇって・・・・・・」

もういい!朝から野郎のウキウキトークなんざ聞きたくもない。


教室で朝学習のプリントを受け取り一息つく。二年六組、ここが俺達の学び舎だ。俺のちょうど対角線の反対側では、ゆう君がほかの生徒と話をしている・・・・・・・・こころなしか会話が一方通行の様な気がするんだが・・・。



「どうしたの、顔が悪いよ?」

「顔が悪いよ?じゃなくて顔色が悪いよ?だろ!」

聞こえた声に間髪を入れずに突っ込み、顔をあげる。立っていたのは淡い紫色の長髪。彼女の名は九条黎子、クラスの学級委員を務めるヤツだ、と言っても学級委員を決める際に立候補する奴がいなくて仕方なくその役を買って出てしまった・・・・と言った感じなのだが。


「さすがですー、今日もキレがいいですね〜」

清楚な笑みで答える九条、おっとりしている性格なのだが。たまに訳の分らんことを吹っかけてくるのだ

「あ、そうだ」

九条がポケットから何かを取り出す。

「トランプ?」

反射的に眉をしかめながら言う。どうやら占いをしてくれるみたいだ


慣れた手つきでカードをシャッフルする九条、『どっかで見たことあるシチュだな』とかいう奴は帰ってくれ、マジで。

「・・・・あ」

一変して手元を狂わせてしまいカードがバラバラと床に落ちてしまった。

「・・・・出ました」

・・・・・何が?


「今日のあなたの運勢は最悪です、何をしても裏目に出てしまうでしょう」


「ちょ、ちょちょっと待て。あんた今カード撒いちゃっただけじゃん!」

漫画だったら確実に頭にドでかい?マークが浮かぶと所だよな、しかも運勢は最悪、朝の星座占いで十二位になってしまった時よりひどい言われようだぞ。

「・・・これは仕様です」

丁寧語のままの九条、撒いたカードを見下ろしたまま拾う気配がない。


「だって、『あ』って言ったじゃん『あ』って」

「それは呪文です」


「『あ』っていう呪文!?」

浮かんでいるマークが『?』から『!?』に変わったきがする。胸張ってそんなこと言わないでくれ、超不思議キャラよ・・・・・・


などと言っているうちに、チャイムが教室に響く。すごい複雑な気分を残したまま一時限目の授業が始まり、何事もなかったかのように九条は席に着いた。


こんな感じで今日と言う日が始まる訳だ。平凡そのもの、ゆっくりと時間が流れていくような穏やかな一日の始まり。・・・あの、トランプは片づけないのか?俺の足もとに散らばったままなんだが・・・・


――――昼休み――――

俺は教室を抜け、いつもの場所へ向かった。教室では女子たちの仲好しグループが机をいそいそと動かし、みんなでランチタイムを甲高い笑い声と共に始めていた。俺の机を使うのは勝手だが、後で戻しておいてくれよ。


ここは校舎の屋上、高い山の上に立っているだけあって眺めは悪くない。屋上の一角には少し広めの庇が設けられていて、熱いこの時期でも庇の下は不思議と涼しい。持参した弁当を秒単位でかき込むと、片肘をついて横になる。そんな体背をとるなら当然の如く、心地よい眠気が俺を優しく包み込む。

拒絶することなくやわらかなまどろみに意識を預けると、頭振る間の浅い眠りに落ちていった。


まぁ平凡な男子高校生の一日だろう。無論勉強はしているが、あと他に学校で何かやってると言えば寝てるか何か食ってるだけだろ、部活に入る気もないので運動などと言う健全極まりない行動も俺はしない。


とりあえず放課後。午後の授業は昼寝の続きを無意識のうちにやっていたらしく、気がついたら帰りのホームルームも終わっていた。



学校の帰り、校門の前で一人の女子と目が合う。


「おい、乱こんなとこで何やってんだ。」

「おそいっ!何分待ったと思ってんのよ!」


両手を腰にあてがい背の低めの女子が、金髪ツインテールを揺らしながら口をへの字に曲げていた。


「は?何いきなり言ってんだ。おれは待っててなんて言ってねーぞ!」

こいつは、南城乱。俺の家の近所に住んでいる幼馴染だ。俺は今さっきまで友達とだべっていたのだが・・・


「いままでずっと待っていたのか?俺のことを。」

「ちちち違うわよ!勘違いしないでよねっ!たまたまよ、たまたま。」


さっき遅いだのなんだの言ってたのにか?

よくわからんが・・・・まぁいいや。

乱とはクラスが違っていて学校ではあまり話さない。まぁ小学校の頃からの縁でこいつとは合わない日は無い位に会ってるから。クラスが違うくらいがちょうどいいかもしれない。


「そ、それで・・・どうなのよ?」

唐突な切り出し方だな、どうって何が

「クラスでよ、なんかあるでしょ・・・・いじめられ・・ゴニョゴニョ・・・・・・」

高二になって今までのクラスがかわり、話す奴が減ってしまったのは確かだが言うほどのものではない、それなりに今までと変わりなく学校生活を送ってるつもりだが・・・・

別になにも・・・・俺の心配してくれんの?


「べ、別にあんたの心配なんか、してないわよっ!」

妙に突っかかるな、聞いてきたのそっちじゃないか。

「うっさいわね!馬鹿タツヤ!」

俺が何か言い返せばすぐこれだ、黙っていればそれなりのカワイ子ちゃんなのにその性格でプラスマイナスゼロじゃん、人間は見た目じゃないね、きっと神様が俺にそう言ってるに違いない。

分ってます神様!世界中のだれよりもこの事実についてよく知っている自信があります。


「そういえばさ〜」

何がそう言えばなのか俺には分からない、こいつに正しい日本語を教えてくれる奴はいなかったのか?

乱は上目づかいでないか言いたげな顔をしている、よくない兆候だ。

・・・・・な、なんだよ。

「少し小腹がすいたわ、あそこのお店で何か奢りなさい」

ほら来た、乱は指の先をとある喫茶店に向けている。


少しは考えてくれ、俺は今金欠なんだ、欲しけりゃ自分で買え。と言う言葉は外には出さず、胸の内に閉まっておくことにした、言ったところで何が変わる。こいつが言い出したことは例え天変地異が訪れようとも変わりはしないのに。



まったく・・・・・こいつはうまそうに食うねホントに・・・・

夢中になって山盛りになったパフェを頬張る乱、それを半ばあきらめるように見る俺。

この子はもう少し加減と言うものを覚えたほうがいい、まったく、学生食堂の紙パックジュースがいくつ買える値段だと思ってやがる。って言うかそんなに食ってよく太らないな。ダイエットってのはきっとこいつには無縁の話なんだろうな、だって太らないんだもん。あと俺の財布も・・・・・


ちゃくちゃくと山を削り取られていくパフェ、もう既にデフォルトから三分の一ぐらいの量になっている。

とてもじゃないが高二の女子には見えない、そこらの中坊にパフェ食わしたらきっとこんな顔になるんだろうな・・・・・

ふと視線を上げた乱と俺の視線がぶつかり合う、

「こ、こっち見ないでよ!」

だーもう、わかったよ。

顔をほんのり赤く染めた乱から、視線を喫茶店の窓から外に移す。まだ夏は始まったばかり、放課後なのに日は空高く、休む暇なく核融合を繰り返している。誰かあいつに有給休暇をとらせてやれ。



「ただいま〜っと・・・・」

とりあえず今日の授業やらなんやらをこなし無事帰宅、玄関で靴を脱ぎリビングへと向かうと。

「お帰りー」

キッチンから声が聞こえる、俺の姉貴の比嘉ミコト、姉貴はキッチンで今夜の夕食を作っている最中だろう。


姉貴はその真っ白で清楚なロングヘアーを揺らし、顔をこちらに向け、

「で、どうだったよ?久しぶりの学校は?」

「いや、別に久しぶりも何でもないから、なにその夏休み明けの新学期みたいなノリは?」

・・・どうやら俺の周りにはマトモナやつがいないらしい。


俺と姉貴はここの家で二人暮らし・・・・・ではないんだ


親父とお袋は、この近くで旅館を経営していて、いつも忙しいので家にいることは少ないと言うわけ。


窓から外をのぞけばなかなかに立派な旅館、その縁側では忙しなく右往左往する仲居さんの姿。

毎日たくさんの人が泊まりに来るそうだ、実際親父の仕事に興味をもったことはないからよく知らんのだが。

旅館を囲うように生える木々は夏の日差しを受け、煌々とその身を強調し見る者を魅了する。

何とも風情ある景色。俺はリビングから見えるこの風景が結構好きだ。

あ、仲居さんと言うのは旅館などで働く女性従業員のことね。


「あそうだ、今日の晩飯は?」

一応気になる。他にすることもなかっただけで、特に深い意味はない。

「今夜はカニクリーム―――」

「お、やたー」

「ごはんだよ」

「ごはん!?カニクリームごはん!??・・・・」


でも結構いけるかもしれない、と思ったら負けか?



姉貴とのボケ会話もひと段落。俺は二階にある自室へと向かう。

自室はベッドと漫画しか入っていない本棚、壁にはポスターなどの掲示物の類は一切ない

高二の男子、好きなグラビアアイドルのポスターぐらいは貼ってあるものなのだろうが、

しょっちゅう俺の部屋に上がり込んでくる乱に

「なんだこのムッツリエロリー!結局男はおっぱいか!おっぱいなのか!」ってうるさいのだ。

特に好きなグラビアもいないし、貼らないに越したことはないのだが・・・・・


一時間もたたないうちに俺は自室を出ることになる。

まぁ、既に何回も読み返した漫画なんて面白くもなんともないから。飯の時間までリビングで過ごすことにした。飯の時間てまだ大分先のことなんだが・・・・・・


リビングでは姉貴がテレビ見ながら何か食っていた。

「あんたも食べる?葡萄」

テーブルの上にあるのは皿にのった葡萄、深い紫色で一粒一粒がけっこう大きい。

時期としてはなんか早すぎないか?確か旬は秋頃だろ?

「冷蔵庫の中にもまだあるわよ」


そんなに買ってどないすんねん。

とりあえず俺も一つ、果物の良し悪しは分らんがこうやってまったりするのはいい、ゆったりと時が流れていくようだ・・・・・・人間にはもう少しこういう時間があってもいいんじゃないかと思うんだがね。

・・・・・って乱っ!なんでちゃっかり一緒になって食ってんだ!あまりにも自然過ぎて今まで気付かなかったぞ!

「なによ!別にいいじゃない、私の好物葡萄だって知ってるでしょっ!」

しるかっ!っていうかいつからだ!いつから俺の隣に座っていた!

「ミコト姉さんがタツヤに『あんたも食べる?葡萄』って言ったところくらいから」

ほとんど最初からかよ!

「あら、乱ちゃんいらっしゃい、一緒に葡萄食べる?」

「もういただいてまーす」

姉貴も気付いとらんかったんかい。



・・・・・ったく、あいつ飯まで俺ん家で食っていきやがった。

俺にパフェ奢らせておいて葡萄食って飯まで食いやがった。全くなんて食い意地の張った・・・・


乱が帰った後、俺は腹の虫の居所が悪かった、俺の家で飯を食った事は別に今日が初めてと言うわけじゃない。でも限度くらいは考えられるお年頃だろ?


「ふふっ、青春ね」

姉貴の変な笑いとセリフはこの際だから無視しておこう。

「乱ちゃん、タツヤといる時とってもイキイキしてるわ」

そんなんいつものことだろう、逆に元気じゃない乱を見てみたいもんなんだがな。

「んもう、あんたって本当に鈍チンね」

・・・・・?なにがだよ


黒狐っす。もうすぐ小説書くようになって一年が過ぎようとしています、今後ともよろしゅう。

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