後編
休日の公園は小さな子供達で賑わっていた。
中規模の大きさの公園で、鉄棒にブランコに滑り台、砂場などでそれぞれキャッキャッと騒ぎながら遊んでいる。
ベンチの方では子供を連れてきた母親達が談笑している。その他には大人らしい人は見えなかった。
この公園には子供が集まる。
元々そういう場所だったが、ここ最近はある楽しみのために以前より多く集まるようになっていた。
その理由は――
「あっ、お兄ちゃんが来た!」
子供達の視線が公園の入口の方へ注がれた。
手に大きめのカバンを持った高校生くらいの少年が現れた。
「こんにちはー」
公園の中を進みながら少年が挨拶すると
「こんにちはー」「こんにちはー」
と子供達やお母さん達も挨拶を返した。
公園の中央の草地で少年がカバンを降ろし、小さな木のベンチを動かして台にしてその上にカバンを乗せて中身を取り出す。
紙芝居だ。
「いつもご苦労様ねえ」
お母さん連中の一人がその天然パーマの少年に声をかけた。
「いえ。子供が好きですから」
にこやかに伊藤周平は言葉を返しながら準備を整えて紙芝居を始めた。
「あれは、どこかの公園……?」
夢の内容を思い出しながら黒髪の少女、柿沼亜里須は道を歩いていた。
ハンドバッグには以前に父から護身用にともらった例の物を入れていた。あまりおしゃれな物ではないし、普段から持ち歩いているというわけではない。
だけどあの夢に出てきたからには必ず使うのだろう。
「私の正夢は必ず、当たる……」
それだけは確信していた。ならばその運命に逆らわずむしろ積極的に迎え撃とう、そう思った。
あてのない散歩は普段からやっている事だった。
無理に探し当てるという必要もないだろう。
自然に、普段通りに過ごしていればそのうちに実現するのだろう。それが今日なのか明日なのか一週間後なのかは分からないけど。
気が付くととある公園の前に来ていた。
「公園……」
どうしても意識してしまう。中を見ると子供達が集まって熱心に何かを見詰めている。何かを朗読するような声が聞こえてくる。
「紙芝居? 初めて見た」
その雰囲気には引き込まれるものがあった。そしてその紙芝居をしている人物をよく見ると――
「あっ」
彼女には見覚えがあった。間違いない。あの正夢の中に出てきた重要な人物だった。
逡巡したが、やがて意を決して彼女は公園の中へと入っていった。
「――それで、爆弾男は村人たちにこらしめられて心を入れ替えましたとさ。めでたし、めでたし」
一つの話が終わってパチパチパチと拍手が鳴った。
「それじゃあ、しばらく休憩するねー」
周平がそう言うと子供達はバラけた。
今終えた紙芝居を揃えてカバンにしまおうとしていたら、一人の人物が近付いて来ているのに気が付いた。見上げてその人物の顔を見ると……
「!」
周平の胸は高鳴った。間違いない、彼女だ。
驚き、固まっていると、彼女の方から口を開いた。
「紙芝居って、初めて見ました」
「ああ……そうですか……」
何の心の準備も出来ていなかった。これから何が起こるというのか……。
分からないけれど、ひとまず落ち着こうと周平は思った。
「ボランティア、ってわけでもなくて勝手にやってるんですけど……」
必要以上に喋り方が固くなっているとは思ったが、とりあえずは話を続ける事にした。
お互いに名乗り合った後、周平は紙芝居について語る。
「今やったのは『おさわがせな爆弾男』っていう話で、自分で作ったんです。爆弾で村人に迷惑をかける男がこらしめられて改心するっていう話で」
「これ、全部自分で作ったんですか?」
亜里須は感心した様子だった。
「ええ、下手くそな絵だけど。これでも手間はかかっているんですよね」
確かに上手い絵とは言えなかったけれど、色えんぴつで描かれた一枚一枚の絵にはほのぼのとした温かさが感じられた。
「話の方も、簡単な話だけど。次にやるのは『太鼓君と三味線ちゃん』っていう話で。だけど一応はそれなりに調べるんですよ。さっきの爆弾男にしても、『爆弾』っていうキーワードでインターネットで検索したりして。ざっとだけど目を通しておくんですよ。思わずそこに見入ってしまう事もあったりするけど……」
話しているうちに固さも少しずつとれてきたような気がした。いい雰囲気になったかな、と思っていると
「ねー、まだ始めないのー?」
男の子が話し掛けてきた。
「あー、ふみや君。ごめんごめん。もうすぐ始めるからね」
気が付くと他にも待ち遠しそうにしている子供が寄って来ていた。
「ん? 君、見慣れない子だね。名前は何て言うの?」
周平に声をかけられた帽子を被った男の子はピクンと反応して、やや足取りが重そうに近くにまで来て
「ひやだ、いんてつ……」
一瞬の間があって
「古風な名前ね。囲碁の棋士みたい」
と亜里須が反応した。男の子は地面に自分の名前を書き始めた。
『飛矢田因徹』
「難しい字だね。よく書けるね?」
因徹君がビクッとしたように見えたが亜里須が
「自分の字だから頑張って覚えるんだよね」
と言うと周平も
「そういう友達、小学校の同級生にもいたな」
と同意した。だけど何だか可愛げのない子供だな、と感じた。まあこういう子はいるし、紙芝居を見てくれる子なんだからと思い直した。
そして紙芝居を再開した。
「――太鼓君と三味線ちゃんの演奏を気に入った殿様は、『ずっとこの城にとどまってくれないか』と二人に頼みました。だけど二人は『いえ、私達は旅を続けて各地の人達を楽しませたいと思っています』と丁寧に断りました。だけどこの殿様は悪い殿様でした――」
子供達の横手で、亜里須も紙芝居を眺めていた。周平の声は聞き取り易くて、子供達のうけがいいようだった。
子供好きでボランティア精神があって、とても悪い人には見えないなと亜里須は思った。
和やかな空間に和やかな時間が流れていた。
その時――
ドーン、という大きな音がした。
皆がびっくりして音のした方を見ると、公園の片隅の木が火に包まれて燃えていた。
続いてまた同じ轟音が響いた。
砂場からで、近くにいた子供が飛び散った砂を浴びた。そして泣き始めた。
「爆弾だ!」
誰かが叫んだ。
公園内は大騒ぎになった。
母親達は慌てて自分の子供を探して駆け寄り、子供達も母親を探したり立ち尽くしたり。闇雲に動き回る子もいた。辺りは悲鳴と鳴き声で包まれた。
また爆発が起きた。今度は入口が燃えた。
「一体、何発仕掛けられているんだ……」
突然の出来事に周平は戸惑ったが、出来るだけ頭を働かせようとした。
「誰が、何のために……?」
いつの間にか亜里須も近くに来ていた。
「お兄ちゃん、怖いよう」
因徹君が周平の足元に抱きついてきた。やはり子供なんだな、と周平は思った。自分も怖いけどしっかりしなければ。
「爆破テロ……ってやつ?」
亜里須も思考を巡らせた。この公園にばかり爆弾が仕掛けられている。まだ何発あるか分からない。下手に動いても危険のようでもあるし、かと言って自分の足元にも仕掛けられている可能性だって……どうすればいいのか分からない。だけど何とかしたい……
「犯行声明とかあったのかな……」
小声で呟いたが、あろうがなかろうがあまり意味はないと周平は思い直した。時限爆弾なのかリモコンか何かで任意に爆発させているのか。
リモコンだったら犯人はどこにいるのだろう? 公園の近くからだろうが。しかし、誰がどういう得をするのだろう……?
「柿沼さん……」
不安から、周平は意味もなく名前を呼んでみた。
だけど亜里須には聞こえていないようだった。
「……爆発させて、お金を得するとは思えない。となると無差別テロか、それとも……?」
考えていた亜里須が呟くと、また爆発が起きた。ブランコに仕掛けられていたようで、また幸いに誰にもケガはしなかった。だが混乱は一向に治まらず、皆の不安は募る一方だ。
「許せない……!」
悔しそうに亜里須はぐっと唇を噛んだ。周平も歯ぎしりをしたくなる思いだった。こんなにも大勢の人を、子供達を怯えさせて、例えケガ人が出なくても絶対に許される行為ではない。
「一体何だってんだ。何が目的なんだ」
「あるいは、愉快犯?」
亜里須が呟いた。
「愉快犯なら、どこかで見て楽しんでいる可能性もあるわ。公園の中にカメラでも仕掛けてあるか、公園の外から見ているか。あるいは――この公園の中か」
その呟きに
「えー、この中に犯人がいるのー?」
と因徹君が反応した。
そんな言葉を聞いて、周平はそういう発想がある事に初めて気が付いた。もしそうなら犯人の可能性があるのは、俺と柿沼さんとお母さん達に限られる……?
俺は俺が犯人じゃない事を知っている。だけどそれは俺にしか分からない。お互い様で、互いが互いを犯人じゃないと言い切れる証拠を持たない。
言ってる柿沼さん本人が犯人の可能性だってある。だけど……そんな疑いなんて持ちたくない。お母さん達に対してだってそうだ……
「まだ分からないわ。ひょっとしたらって話よ」
亜里須が優しく因徹君の疑問に答えた。
「自分も巻き込まれたフリをしながら、特等席で楽しんでいるっていうのか……?」
可能性を考え出せばキリがない。何かヒントがあれば……
額を手で押さえる周平をチラリと見て
「当然ながら、犯人は爆弾についての知識がある……」
亜里須が言った、その言葉の響きに周平はハッとなった。さっき紙芝居のために爆弾について調べた事を話している。もしかして、本気で俺を疑っているのか……? 背筋がゾクリとする思いがした。
そしてまた爆発が起きた。
「!」
「あー、お兄ちゃん。何か落としたよ!」
因徹君がまだ周平の足元にしがみつきながら声を上げた。草地なので鈍い音だったが、確かに何か落ちたのを周平も感じた。そして地面を見た。
それはリモコンだった。この状況、恐らくは爆弾のリモコンだろう、誰もがそう直感して確信した。
周平は自分にいくつもの尖った視線が突き刺さるのを感じた。
「はっ、何でこんな物が!?」
慌てふためいたその様子も演技と見られても不思議ではなく、むしろそれが必然のように見えた。
「あなた……だったの?」
亜里須が茫然としながらも一歩ずつ近寄ってきた。ハンドバッグから取り出した、警棒を手にして。
「いや、違うんだ。これは……」
周平は顔を上げて必死に弁明しようとするが、その言葉は亜里須の耳にはあまり届いていないようだった。
「あなたなのね……」
亜里須は確信していた。だからこの犯人を絶対に逃がしてはならないと判断した。周平は逃げる事も誤解を解く事も出来なかった。
「間違いない!」
亜里須は躊躇いなく構えた警棒を振り下ろした。
亜里須の振り下ろした警棒は周平の鼻先を掠めてその更に下の胴体の前を通り過ぎ、周平の足元にしがみついている因徹君の体に押し当てられた。
そして亜里須が右手でスイッチを押すと、バチバチッという音とともに電光が走った。警棒型のスタンガンのようだった。
「ううっ!」
という野太いうめき声を上げて、因徹君は崩れ落ちて動けなくなった。帽子がとれて現れた因徹君の髪は意外に薄く、老け顔をしていた。
「あの因徹君がリモコンのスイッチを押す瞬間を見たの。その直後に爆発が起こって。そしてわざとリモコンを落とすところも」
亜里須がさっきの自分の行動について説明をした。
「そうか。犯人は彼に間違いないね。目的は分からないけど。背が低いから子供に混じってても分からなかったけど、完全に大人だねあれは」
命拾いをした周平だったが、亜里須に対して恥ずかしいような気持ちになった。
「俺はただあたふたしてばかりで、冷静に判断して解決に導いた柿沼さんと比べるとまるで大人と子供だね……」
自嘲気味の周平の言葉に対して、一拍置いてから亜里須が口を開いた。
「……ううん、実はね。私、夢を見るんだ。予知夢みたいなものを。だから大体は予想がついていたんだ。全部分かっていたわけじゃないけど……」
「ええっ!」
意外な告白に、周平の声が思わず大きくなった。
「俺も見るんだ。今回の事も見ていたんだ。逆夢なんだけど……」
「ええっ?」
亜里須も驚いた。詳しく聞いてみないと分からないけど、何かの期待を持たせるような非常に興味をそそられる話だった。
やがて公園には通報を受けてパトカーや救急車がやって来て二人とも警察署に言って事情を話さなければならなくなった。
「犯人は四十四歳で、背が伸びない病気でずっとコンプレックスを抱えて歪んだ性格の持ち主だったらしいな。子供達の幸せそうな様子を見ていてぶち壊したくなったんだとか」
「ああ、なんかそうらしいな……」
浩典の好奇心に満ちた言葉に対する周平の返事は気の抜けたようなものだった。
「大変な事件に遭遇したもんだよな。新聞でもネットのニュースでもかなり取り上げられているよ。ケガ人が少し出た程度だったのは幸いだったようだけど」
「だな……」
「犯人の噂とか色々飛び交ってるよ。まあ無責任なデマも多いだろうけど、中には興味深い話もある」
「うん……」
「爆弾の作り方の情報も入手しようと思えば出来るし、全く怖い世の中だよなあ。」
「ああ……」
何を言ってものれんに腕押しという様子だ。
「その犯人はお前に罪をなすり付けるつもりだったみたいだな。まあやり方が杜撰だったようだから、いずれはバレたんじゃないかと思うけど、容疑者になってたらお前もかなり大変だった筈だぞ」
「そうだな……」
周平の反応はまだ薄い。
「まあ最初からお前が狙いだったからだろうけど、普通は子供と思われてるのを利用して女の子の方に抱きつきたいよな」
ピクリとした。やはりここがツボかと浩典は思った。
「ところで、その亜里須ちゃんとは連絡を取っているのか?」
「いや、警察に行って長時間聴取されて……彼女の方が俺よりも更に長く残されて……結局それっきりだよ」
さっきよりはよく喋るようになったけど、表情は相変わらず浮かないままで、むしろ更に沈んだようにも見えた。
「……まあその、なんだ。彼女の顔写真でもネットに載せられないで良かったよな。そしたら今頃はネットのアイドルになってるよ」
気休めにしかならないような浩典の言葉に
「それでも……何かの手がかりになれば、まだそっちの方がましだったかも知れない……」
ぽつりと、周平はそう言って溜息を一つついた。
「そうか……」
浩典はそれ以上話しかけるのをやめた。
週末に周平は例の公園に行ってみた。
警察の調べは終わっていて立ち入り禁止にはなっていなかったが、公園内には誰もいなかった。
あちこちが破壊されていて、修復されないと利用出来ないだろう。その工事もいつ始まってそして終わるのか分からない。
また子供達で賑わう日はいつになるのだろうか……
「はあ……」
何だか、何もかも失ったような気分になった。
まあ、いつまでもくよくよしていても仕方がない。気持ちを切り替えるしかない。
帰ろう。
そう思って周平は足を家路に向け、そして振り返った。すると――
振り返った目線の先には彼女が、柿沼亜里須が立っていた。
お互いの正夢、逆夢の話をしてからおもむろに周平は話題を変えた。
「俺の夢は、将来保育士になる事で……」
<了>
「正夢と逆夢」というテーマで考えていったらこういう話になってしまいました。最初は全くのお気楽な話にするつもりだったのが、「どうしてこうなった?」という感じです(苦笑)。まだ発展させられる可能性もあるかも知れないですが、ひとまずこれで完結という事にしておきます。
登場人物の名前についてですが、アニメ「バクマン」のOP.ED.の歌い手の名前を変形させています。
伊藤周平 ←伊藤祥平「Dream of life」
影山浩典 ←影山ヒロノブ「夢スケッチ」(JAM Project)
柿沼亜里須 ←柿沼亜里沙「BAKUROCK ~未来の輪郭線~」(YA-KYIM)
飛矢田因徹 ←ヒャダイン「23時40分 feat. Base Ball Bear」
ふみや ←指田郁也「パラレル=」
最初に書いていた時は、影山浩典を徳永秀春(徳永英明「夢を信じて」)、柿沼亜里須を渡辺美咲(渡辺美里「believe」)にしていたのですが、タイトルを「Dream of ……」に決定してから全て「バクマン」関係に統一する事にしました。