表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

こちらでの投稿2作目となります。


登場人物の名前はある条件で統一されています。

 明らかに俺は動揺していた。

「はっ、何でこんな物が!?」

 足元に転がった物を見て俺は慌てふためいた。

「あなた……だったの?」

 茫然としたような、失望したような、そして死刑の宣告を告げるような声に俺の心臓は縮み上がった。

「いや、違うんだ。これは……」

 顔を上げて必死に弁明しようとしたが、言葉が上手く出なかった。

「あなたなのね……」

 声の主の少女はすでに俺の目の前に迫っていた。そしてその美しい瞳を細めて冷たく俺を見下ろしていた。いつの間にか少女は棒状の何かを手にしていた。

「間違いない!」

 躊躇わずに棒状のそれは振り下ろされた。俺は避ける事が出来なかった。目の前が真っ白になった……。


「そこで目が覚めたんだ」

 昼休み、今朝見た夢を話す伊藤周平は学校の売店で購入した焼きそばパンを手にしながらも食が進まない様子だった。

「ふうん。で、その女の子って知ってる子なのか?」

 話を聞きながら影山浩典は家から持ってきた弁当を淡々と食べていた。

「いや、知らない子だった。だけどストレートのセミロングの、綺麗な髪をした、とにかく綺麗な子だったよ」

 天然パーマである事にコンプレックスでも持っているのかやけに髪を強調して周平はそう話したが、言いながら顔がにやけてきているのに自分で気が付いた。

「ふうん、良かったじゃないか。お前の好みのタイプなんだよな?」

 賢そうに見える眼鏡の縁を指で直しながらからかうように浩典が言うと

「おいおい、冗談じゃないぞ。棒のような物で殴られたんだぞ!」

 思わず周平は声を荒らげて立ち上がった。

 ハッとして気まずそうに周りを見渡すと、近くにいた他の数人の生徒が怪訝そうにこちらを見ていた。だが周平がそっと座って大人しくしていると、やがては誰も気にしなくなってそれぞれが元の会話に戻っていった。

「……それってやっぱり、これから起こる夢ってやつなのか?」

 声のトーンを落として、神妙な顔で浩典は周平に尋ねた。

「……ああ、そうなんだ」


「分かるんだ。年に一回あるかどうかって頻度なんだけど、そういう夢を見た時は他の夢とは違うんだ。見ている最中は妙にリアルな感覚があって、そして起きた後にかなりの疲労感が残って、そして時間が経ってもそれが実現するまでは鮮明に覚えている……」

 やや青ざめた表情で、下を向きながら周平は話した。だからこそ本気で心配しているのだ、という気持ちが浩典にもよく伝わった。

「そうか。不思議な話だけど、予知夢という言葉はあるよな。で、その棒状の物っていうのはハッキリと何かは分からないのか?」

「……いや、分からない。警棒のようだった気もするんだけど、木の棒かも知れない。色もハッキリとは分からなかった……」

 浩典の質問に対して、周平の返答は少し頼りない。

「警棒で思い切り殴られたらただじゃ済まないよな。骨折くらい簡単にするし、下手をすれば死ぬ可能性だって……。木の棒だったら物にもよるけど、ほとんどダメージがないって事もあるよな……。それから周平、間違いなくお前の体にヒットしたんだよな?」

「ああ、そうだよ。その後気を失ったんだ。そこで夢が覚めた」

 浩典は腕を組んだ。

「ふーん……そこが曖昧な気もするな。気を失うのと目が覚めるエフェクトが重なってるような感じで、本当にヒットしたのかな?」

「いや、ヒットはした筈だ。間違いない」

「まあ、目の前にきて思い切り振り下ろされれば普通は当たるよな。とにかく……」

 浩典は周平に向き直った。

「そもそも、お前の夢って逆夢なんだよな?」


「そうなんだよな。というか、逆夢っていう言い方が正確なのかどうか分からないんだけど……見た夢そのままにはならないんだ。必ずどこかが違っている。だけど具体的にどう違うかが分からない」

 言いながら周平は目を閉じて腕を組んだ。

「あの光景は将来必ず実現する筈なんだ。あの子も必ず現れるんだ、と思う。あの緊迫感……だけど、何かは違う。違う筈だ」

 うーん、と考え込んだ周平を見ながら浩典も頭を悩ませる。

「そうか。普通、逆夢っていうと単純に見た夢と逆の事が起きるっていう夢なんだけどな。例えば試験に合格する夢を見たら、落ちたりとか。そしてその通りになる夢が正夢。正夢も逆夢もどちらも予知夢の一種とは言えるらしい。逆夢にしても、将来に起こる出来事を暗示しているわけだからな。その意味ではお前の見る夢は普通の逆夢に比べてもより予知夢の一種というのに相応しいものだな」

 そして一拍おいて、ポンと周平の肩を叩いた。

「まあそんなに悲観するなよ。これが正夢っていうんだったらかなり絶望的な事が起こる可能性が大きいけど、逆夢なんだからさ」

 そうだよな、心配ばかりしててもしょうがないな、と周平も開き直る事にした。


 最初に逆夢を見たのはいつだったのか、ハッキリとは分かっていない。あるいは物心がつく前から見ていたのかも知れない。小学校低学年の頃にはほぼ間違いなく見ていたと思う。高学年の頃の逆夢は覚えている。バスケットボールの球技大会で決勝戦に勝ち進んで、自分のシュートによって優勝を決めるという夢もあった。だけど現実にはそのシュートは外れて、準優勝に終わったのだった。だけど、こんな生命の危険に関わる夢の経験はあまりなかった。一つだけあったのが今から三年前、中学二年の時だった……。

「あれは車にはねられる夢だった。夢では大きなエンジン音がして、それでも気にせずに歩いていたらはねられてしまったんだよな。それで現実には、その音を聞いて足を止めて、それで助かったんだ。あれこそは夢を見ていたおかげで命拾いしたんだよな……」

 家に帰って一人になった周平は過去の逆夢を思い出しながら、何となく声を出してみた。因みに去年見た逆夢は大した事がなかった。家族で買った宝くじのうちの一枚が百万円当たって皆で大喜びしたけれど、実際には一万円の当せんだったというものだ。

 どうしてそんな夢を見るのかさっぱり分からなかった。親戚にも家族にも他に誰も見る人はいなかった。相談してみた事もあったが、年に一度くらいしか見ないしそれをいつ見るのかも分からない。自分ではどうする事も出来ないし役に立つのやら立たないのやらよく分からない、そんな物のために人に心配をかけてもしょうがないし、いつも気にしていてもどうにもならないものだと普段は忘れる事にしていた。

 だけど今朝見た逆夢には非常に危険なものを感じた。そこで学校でよく話す仲の良い浩典に相談してみたのだった。

「まあいくら浩典が頭が良いからって、そう簡単に解決するわけもないよな。焦っても仕方ないか……」

 再び独り言を口にした後、周平はひとまずこの事について考えるのをやめた。


 翌日の昼休憩の時間も、二人は逆夢について話し合った。

「今朝見た夢はよく覚えてないや。だけどやっぱり昨日見た逆夢の方はハッキリと覚えているんだ」

「ふうん。真実味が深まったような感じだな。あ、別に疑ってたわけじゃないけどな」

「分かってるよ。だけど何でこんな夢を見るんだろうな。ごくたまにしか見ないけど、見た時には『見た』という共通の確信があってそして確実にそれに近い事が起こる……」

 周平はしばらく考えるのを停止していた疑問をこの頭の良い友人に軽い気持ちで訊いてみた。

「夢っていうのはレム睡眠中に記憶とか感情とかの整理や精神の回復とかが脳の活動によって行われて……詳しい話は省略するけど、無意識に見たり聞いたりしてた事なんかも含めて膨大な情報が物凄い速さで整理・分析されていって、形を変えたりしながらそれを自分が知覚するんだよな。だから全く見た事のないような景色でも現れたりする」

 浩典はサラサラと立板に水を流すように言う。

「無意識に分析して未来を予想した結果が予知夢となって現れるという解釈もあって、そうした夢を見たという例は過去にも色々あるけど、そこまでハッキリと当たるというのは珍しいだろう。話を聞いているとお前の場合は周りの風景とか、車の時なんかは車種とかナンバーまでピタリと当たってたみたいだし。超能力のレベルと言ってもいいんじゃないのか?」

「超能力ね。それなら……」

 俺よりもお前の方が、と言おうとして周平はその言葉を引っ込めた。超能力的だというのは自分で考えたりもした。だけど、何で自分のような平凡な男にそんな物があるんだろう、と思っていた。それよりも浩典のような頭の良い奴にあった方が似合ってるんじゃないか、と言おうと思ったのだがあまりにも意味の無い発言だと思って口にするのをやめたのだった。

「ん?」

 一瞬怪訝な表情を浮かべた浩典だがすぐに言葉を続けた。

「で、その逆夢って近いうちに実現するのか?」

「まあ一週間以内か十日以内かそれくらいには起きると思うよ。小さい頃のはよく覚えていないんだけど、とにかく近いうちには必ず起きる筈だよ」

「そうか。それで今回のは、どこで起きるのか分かるのか?」

「いや、それが分からないんだ。夢自体は鮮明なんだけど、低い視点から始まって女の子を凝視して、周りの景色があんまり意識出来てなかったというか……」

「そうか。うーん……」

 二人とも腕を組んでしぶい表情を浮かべた。

「それじゃあ、その場所に近付かないようにして予めそのイベントを回避するっていうのは難しいのかな?」

「そうだね。それに元々そんな考えはあまり持ってないんだ。逆夢に出てきた舞台には必ず上がるしかないと思ってる」

 そう言いながら周平は、浩典と自分の考えに微妙なズレがあるのに気付いた。

「経験上分かってる事で、それ自体は避けようがないんだ。だけど何かが必ず違う筈だから、どこが違う可能性が高いのか、どう心掛けて、どう対処すれば助かるのか、最悪の結果は逃れられるか、そういった事を考えた方がいいと思うんだ」

「なるほどな。それじゃあ、改めて例の逆夢について詳しく聞かせてくれよ」

 二人はしばらく夢について話し、意見を出し合った。


「うおおおーっ」

 渾身の力のこもった棍棒の一撃で、目の前の人間は怯んで後ずさった。

 更に追い打ちをかけようと思ったが少し距離が空いたので、周平は武器を棍棒から銃に持ち替えた。そして連射。

 相手の人間――いや、人間の姿形をしたゾンビはたちまち耐久力を失ってその場に崩れ落ちた。しかしゲーム画面の奥からは次々と新たなゾンビが現れて休む暇もない。

 今やっているのはゾンビを撃ちまくるガンシューティングのゲームだが、接近戦となった時に棍棒の武器に切り替えられるという仕様になっている。

「くそっ、また接近されたか」

 再び武器を棍棒に、そして殴る。何発も殴りながら、ふと周平は思った。

 俺が棒を奪ったりして、逆にあの子を攻撃する、なんて事があるのか?

 馬鹿げた考えだと思った。自分にそんな事が出来るとは思えない。

 だけど、そうなれば恐らく自分は助かるのだろう。しかし――

 そうまでして助かりたいと思うのか?

 だが、ひょっとするとあの子は悪者なのかも知れない。それならば正当防衛だし、そうする事が正しいのだろう。

 でもどこでどうやってそんな判断が出来るのというのだろう?

 分からない。

 分からない。

 何が起きるのか、何がどうなるのかも、何一つ分からない。


「ハハハハハ。下手くそだな、周平は」

 ゲームオーバーになった周平に、後ろで見ていた浩典が大笑いしていた。

「何だよ、そんなに笑う事ないだろ」

「いいから見てろ、こうやるんだ」 

 膨れ面をして見せる周平に代わって浩典がプレイを開始した。

「うーむ……」

 大口を叩くだけあって上手いものだ。何をやらしてもソツのない奴だ、と周平は思った。

 浩典に誘われてゲームセンターに来た。途中で妙な考えが浮かんできたけど、現実世界を離れて体を動かして良い気分転換にはなっていると思った。凝った頭をほぐすのには良い感じだ。

「どうだ」

「参ったよ。お見事」

 プレイを終えた浩典に、周平は両の手を左右に開いてみせた。続いて二人はリズムゲームのコーナーへと移動した。太鼓と三味線を演奏するゲームの前で足を止めた。

「おっ、何かこれ面白そう」

「やるか?」

 早速二人同時でプレイを開始。流れくるゲームの画面に周平は心を奪われた。

「あ、これ絵的に凄くいい感じだ! 刺激を受ける」

「そうか。お前、絵には興味あるんだもんな」

 そうして放課後の時間は過ぎていった。


 数日の時が流れたが、逆夢の問題は一向に解決しなかった。そもそも完全な解決など期待出来るとは思えなかったが、有効と思える案が殆ど出ていない。

「下に何か物が落ちてたんだよな。それが何だかは分からないんだよな?」

「うーん、そんなに大きな物ではないような気がするけど……何なんだろうな?」

「棒状の物の色は? 何だかはハッキリしないんだよな?」

「黒っぽかったような。何かは断定出来ないな……」

 話し始めた初日から大して進展していなかった。

「何かハッキリ覚えている事はないのか? 何でもいい、搾り出せ」

「女の子の姿はよく覚えてるよ。綺麗な黒髪に、大きくて綺麗な瞳。服装は……」

「この野郎、真面目に話しているのか!」

 浩典は殴りかかる動作をして、周平の頭の上でピタリと拳の動きを止めた。

「まあ、そんな美少女に殴られるのも一興なのかもな」

「うん。密かに魅惑の香りを感じていたんだよね」

 このっ、と再び殴る真似をする浩典から周平は身を遠ざけた。やれやれといった表情で浩典は

「そう言えば明日は週末だけど、また例の場所に行くのか?」

 と話を変えた。

「うん。そっちの準備で最近ちょっと忙しかったんだよね」

「そうか、大変そうだな」

「まあ、好きでやってる事だからね」

 ニコニコしながら答える周平を浩典は穏やかな目で眺めた。


 目の前にいる天然パーマの少年は、地面に視線を落としてかなり慌てたそ振りを見せていた。

「はっ、何でこんな物が!?」

 少年は明らかに動揺していた。

「あなた……だったの?」

 私は信じられない気持ちだった。だけど、確かに見た。見てしまった。

「いや、違うんだ。これは……」

 少年は弁明を試みているようだったが、その言葉は正直言ってどうでもいい。

 私は手早く、ハンドバックから棒状のそれを取り出して両手で握り締めた。

「あなたなのね……」

 確信を持った。絶対に逃がしてはならない。

 息を飲みながらジリジリと間合いを詰めた。

「間違いない!」

 私は躊躇うことなく手にした得物を振り下ろした。


 そこで目が覚めた。今のは……

「例の夢だわ。たまにしか見ないけど、だけどこれは絶対に近い将来に起こる……!」

 ストレートのセミロングの美しい髪を持つ、美しい瞳の少女は確信を持っていた。

 このリアルさ、この疲労感、そして鮮明に記憶されている夢。

「何であんな事を……」

 状況はよく分からない。だけど。

 あのような行為に及んだ事は間違いない。

 何があったのかは分からないけど、彼女はあのような暴力的な手段を好むような人間ではなかった。

 あのような方法は避けたい。出来る事ならあのような場面そのものに遭遇したくなどない。

 外出しないでずっと家にいれば避けられるのだろうか?

 そんなわけにもいくまい。絶対に不可能でもないかも知れないが、彼女にそんな選択をする気はなかった。

「避けるわけにはいかない。避ける事は出来ない。何故なら――」

 大きく息を吸い込み一度目を閉じて、そして覚悟を決して強く目を見開いた。

「これは正夢なのだから」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ